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【創作長編小説】天風の剣 第67話

第六章 渦巻きの旋律
― 第67話 最後の力で ―

「アマリアさん……!」

 キアランの目は、アマリアたちを掴んだパールの右手の行方を追う。

 パールの封印がとけた……!

 キアランは、自分を包み込むアンバーの作った大きな泡ごと、勢いよく浮上した。
 そして、ハッと息をのむ。
 巨大な目が、キアランの眼前にあった。青く不気味に光る、パールの目。
 パールは、アマリアたちを掴む右手を自分の顔の横に置き、顔をキアランに近付けたのだ。
 パールの大きな口が開く。漆黒の巨大な空間――。

 ドンッ……!

 キアランの左側に、爆発が起こる。

 うっ……!

 強い水流が起き、たくさんの泡の勢いにキアランは流されそうになる。
 パールの巨大な左手が、前方に注意を取られているキアランを、今にも掴もうとしており、それをライネの魔法攻撃による爆発が阻んだのだ。
 パールの視線が、ライネとヴァロのほうへと移る。

「ライネ! ヴァロさん!」

 パールの左腕が、今度はライネとヴァロに迫る。
 大きな光が弾ける。
 シルガーの光線が、パールの左腕で炸裂したのだ。
 わずかにパールの腕の動きが鈍る。その機をヴァロは逃がさなかった。
 ヴァロは素早く、パールの腕の軌道から逃れていた。

 ゴウッ!

 また、強い水流がキアランを襲う。

 あ……!

 キアランの目の端に、弾き飛ばされる誰かの姿が映る。

「! アンバーさんっ!」

 パールの尾による攻撃が、アンバーに命中していた。
 大きく弾かれ、はるか後方に飛ばされたアンバーの姿をキアランの目は捉えた。
 しかしすぐにアンバーは、体を一回転させそれ以上の後退を止め、パールに向き直る姿勢をとった。

 アンバーさんは、なんとか無事のようだ……!

 ライネの魔法攻撃と、シルガーの光線の攻撃が続く。
 攻撃は、すべてパールの体に命中しているが、パールの様子は変わらない。
 突然、パールは大きく口を開いた。

 ゴオオオオ……!

「うわっ……!」

 パールの口から、衝撃波が放たれた。それは、破壊を目的とした巨大なエネルギーの放出だった。
 ライネとヴァロ、シルガー、そしてキアランは、なんとかそれをかわして直撃を免れたが、激しい水流の乱れに翻弄された。アンバーの姿は、キアランの目で確認できなかったが、少なくとも水流の影響は受けているに違いない。
 キアランは襲い来る水流に、なすすべもなく流される。そのとき――。

「うっ!?」

「危なかったな。キアラン」

 キアランは、泡ごとシルガーに受け止められていた。
 キアランの後ろには、鋭く隆起した深海の岩礁があり、危うく激突するところだったのだ。

「ありがとう、シルガー! ヴァロさんとライネは……!」

 キアランがシルガーに質問したときだった。

「シルガーさん! ライネさんを、頼みます!」

 え?

 ヴァロはキアランの右側に来ていた。そして、今まで抱え、守っていたライネから手を放す。

「ヴァロ。どういうことだ」

 シルガーは疑問を感じた様子だったが、言われた通りヴァロに代わってライネを抱える。ライネは首を振り、ヴァロになにかを訴えようとするが、深海の中では魔法と薬草による呼吸で精いっぱい、意思を伝えることができないでいた。
 ヴァロは、静かに告げた。

「私なら、やつの急所を知り、皆さんにそれを伝えることができる、そう確信しております」

 え……? なぜ、そんなことが……?

 突然のヴァロの告白に、キアランもシルガーも戸惑う。

「なにを言っている」

 シルガーが問う。そのとき、ヴァロは謎めいた微笑みをたたえていた。そして、落ち着いた声で言葉を続けた――。

「やつの体の中に、入ります」

 ヴァロさん! なにを言って――。

 キアランは、ヴァロの顔を見た。
 ヴァロの真剣な顔がそこにあった。金の光に包まれたヴァロの姿は、冷静で、凛として神々しく――、圧倒するような迫力さえたたえていた。

「私がパールに吸収され、パールの体と同一化したとき――、つまり、私が彼の一部となったとき、彼の急所がどこにあるのか、それがわかると思うのです」

 キアランは、ヴァロの言葉の意味が理解できなかった。驚きのあまり、とっさに言葉も出なかった。

「私は、彼になるのですから、彼のことはすべてわかるはずです」

 ヴァロは、こともなげにそう話し、少しいたずらっぽく笑った。
 一瞬の沈黙。深海の底に、ヴァロの言葉がゆっくりと沈殿していく――。
 シルガーの、静かな声が問う。

「同一化? お前は死ぬ。まあ、死ぬというより、同一化ということは、とっくに死んでいるということだ。それでどうやって我々に伝えるというのだ?」

 ヴァロの緋色の瞳に、激しさと力強さが増す。

「私の最後の力で、やつの急所を金色に光って知らせます……!」

「ヴァロさん! そんなこと、だめだっ!」

 泡の中、キアランは声を荒げた。ライネも、激しく首を横に振る。

「……本当に、そんなことが可能なのか」

 シルガーは、あくまで淡々としていた。

「ええ。吸収されてしまった仲間のエネルギーの状態からの推測ですが、早い時間ならば、強い信念と意識の持ちようによっては、可能かと」

「本当か」

「ええ。彼は、突然のことでパールについてなにもわからないまま飲み込まれてしまい、また、外部への影響を抑えることに集中していたため、そんなことまではとてもできませんでしたが……。今の私なら、きっと……!」

「シルガー! 止めるんだ! そんなこと、させちゃいけない……!」

 キアランは、叫ぶ。ライネも、シルガーに必死で訴えていた。

「ヴァロ」

「はい。シルガーさん」

「もっとお前とも話してみたかったな」

「はい」

 シルガー! 止めろ! 止めるんだ……!

「お前の命、無駄にはしない」

「シルガー!」

 キアランは、愕然とした。シルガーには、ヴァロの最期の作戦を止める気はない。
 ヴァロは、シルガーの言葉に微笑んでうなずく。
 シルガーは、笑った。それは、唇を大きく吊り上げた、恐ろしい形相、狂気の笑み――。

「私がやつを倒し、代わりに四天王になってやる!」

 シルガーの激しい気迫に、ほんの一瞬、ヴァロとシルガーの間に火花のようなエネルギーの衝突が起きる。
 しかし、ヴァロは包み込むような微笑みを絶やさなかった。シルガーの狂気を、静かに受け入れるように。

「ヴァロさん! シルガー! ばかなことを言うのは止めろ!」

 間違っている、キアランはそう強く思った。この恐ろしい相手との戦いの中、誰かが命を落としてしまうのは――決して認めたくはない、絶対に阻止したいが――、大きな悲しみとして受け入れざるを得ない。しかし、誰かの命が黙って犠牲になる、そんなことが正しいわけがない、そうキアランは思っていた。
 ヴァロは、揺るがなかった。

「……ぜひあなたが四天王になる、その様子まで、見届けたかったですけど」

 ヴァロの穏やかな声に応えようとしたのか、いつの間にかシルガーの笑顔から、毒々しい狂気が消え失せていた。

「……残念だな」

「ええ。残念です。でも、待っています」

「……ヴァロ。確かにお前は『名を持つ存在』だった」
 
 ヴァロは、くすり、と笑った。

「高次の存在のあの集団の中に、名のあるやつはいないようだ、そうおっしゃってましたっけね」

 シルガーはうなずいた。少し首を傾け笑った後、改めてヴァロをまっすぐ見つめた。

「お前のことは忘れない」

「ええ。私も。シルガーさんのことは、魂に刻みます。この世界を去っても忘れません」

 見つめ合う、緋色の瞳と銀の瞳。そこには、深海の暗黒の空間であったが、青く輝く光差す海のような穏やかな時間が流れていた。

「さらばだ」

「さようなら……! 皆さんのご無事を、最期まで祈っています……!」

 ヴァロは、にっこりと微笑んだ。シルガーは、微笑みを返し、そして遠ざかるヴァロに向かって頭を下げる。

「ヴァロさん!」

 キアランは、叫んだ。手を伸ばし、叫ぶ。シルガーに泡の動きを止められているようで、キアランはヴァロを追うことができない――。
 ヴァロはまっすぐ突き進んだ。パールの衝撃波をかわしながら。
 パールが次の衝撃波を生み出そうと口を開いた瞬間、その瞬間をヴァロは見逃さなかった。
 ヴァロは勢いよく進む。パールの口の中、喉の奥へと――。

「なにをしようとしているのです!」

 ヴァロの行動の真意をはかりかねたアンバーが、そばに駆け付け、急いでヴァロを止めようと手を伸ばす。
 カナフが、アマリアが、悲鳴を上げる。

 ヴァロさん……!

 四天王であるアンバーの素早い動きも、先ほど受けた衝撃の影響と海の中という特殊な環境のせいで、距離には勝てなかった。
 ヴァロは、一瞬だけ振り返り、微笑みを残しつつ自らパールの中へと消えた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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