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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第11話

第11話 賑やかな旅のはじまり

「私も一緒に連れて行ってください」

 晴天の朝に見る一面の雪のように輝く白銀の髪、情熱を閉じ込めた宝石のように美しい赤い瞳の少女ルミは、小鬼のレイ、魔法使いレイオル、旅の剣士アルーンを見つめ、そう懇願した。

「ルミ。お前は誤解している」

 レイオルが、語り掛ける。

「私とレイは一緒に旅をしているが、こっちのアルーンは別口だ」

 レイオルはアルーンを指差しつつ、元精霊の少女ルミに関係性を説明した。しかも、淡々とした口調で。

「付いていきたいのは、どっちの旅だ」

 えっ。なんか、ルミに名前を付けてあげておきながら、レイオル、冷たくない!?

 レイは愕然とした。確かに、別々の旅ではある。でも、今この段階で、はっきり決めさせなくとも、とレイは思った。
 アルーンもレイと同じように感じたのか、レイオルとルミの話に割って入る。

「待て待て待て。今選べるわけないだろう。彼女は、俺のこともお前たちのことも、なんにも知らない」

 それはそうだよね。

 激しく同意のレイ。状況がなにもわからないルミに、答えられるわけがない。

「ってゆーより、送ってってやんねーのかよ、ルミの故郷の森まで!」

 アルーンがたまらずレイオルに向かって叫ぶ。つい先ほどまで、ルミは自分の故郷へ帰ることを切望していたし、レイオルはルミを故郷に帰す魔法を試みていた。

「徒歩でか。遠い。たぶんだが」

「馬とか……! たとえば馬を買うとかなんとか、あるだろう!?」

「アルーン。お前は、ルミを送っていくつもりなのか」

 ルミの瞳が揺れていた。レイオル、アルーン、両方の顔を交互に見上げる。

「ああ! もちろん! 今まで嫌な思いをさせられた町に、今更ルミがいられるわけがない! いさせてたまるか! そして俺の旅は、修行の旅。目的地はない。自由な旅だ」

「アルーンさん……。私、故郷には戻らなくても……。だって、私はもう、人間になってしまったし、森に帰れても――」

 ルミの声は震えていた。今にも泣き出しそうだった。
 確かに、少女の身では、森の中独りぼっち生きていくことは不可能に近い。

「……そうだな。今となっては、故郷の森で暮らすのは、難しいよな……」

 アルーンは身をかがめ、ルミの目線に合わせつつ、そっと頭を撫でてやった。それから、レイオルのほうに視線を投げかける。

「なあ。レイオル。あんたの魔法で、精霊には戻せないのか?」

「戻せるのなら、とっくにやってる」

 ごもっとも。

 レイは、ルミ、レイオル、アルーンのやり取りを、胸が締め付けられるような思いで見つめていた。

 ルミ……。大丈夫だよ、そう言ってあげたい……。ルミが欲しいのは、その一言なんだよ。ひとりぼっちで、この先どうしていいかもわからず、不安なんだよ。

 それに自分のことで皆が困っている、そう感じさせている現状が苦しいだろうとレイは思う。
 一緒に行こう、レイはそう言ってあげたかった。でも、レイオルの旅は、危険な旅。怪物を倒しつつ、この世界を二度も滅ぼしたという最恐の怪物、ウォイバイルを目指すという過酷な旅。そこにルミを巻き込んでよいのかどうか、レイには判断できなかった。

 アルーンさんに付いていったら、きっといいことあるよね……?

 アルーンは、ルミをまっすぐ見つめ、言葉を選びつつ語り出した。

「でも、そうだな……。故郷の森で今暮らすのは難しくても、そちらのほうへ向かえば、道中住みよい場所が見つかって――、そして人と一緒に町で暮らしつつ森にも行けるとか、そういうこともあるかもしれない。だから、ルミ、とりあえず、俺が一緒に――」

 アルーンさん……!

 幸いにして、アルーンはルミと共にルミの故郷方面へと旅の進路を定めてくれるようだった。
 レイは、顔をほころばせるルミを見て、自分のことのように喜び、そして心の中で祝福した。

 よかったね、ルミ……! やっぱり、アルーンさんはとっても優しい人なんだ……!

「アルーン」

 静かに呼びかける、レイオル。
 アルーンは、レイオルに向き直る。

 レイオル……。きっと、アルーンさんにお礼を言って、ルミを託すんだね――。
 
「アルーン」

 ふたたびアルーンの名を呼ぶレイオル。風が、緑の香りを運ぶ。

 アルーンとルミ、俺たちはここでお別れなのかな――。アルーンもルミも、昨日出会ったばかりだけど、きっとこれが分かれ目。ふたりの幸運を祈りつつ、それぞれの道を――。

 レイが見守る中、レイオルが、言葉を綴る。アルーンに向け――。

「私と一緒に来ないか」

 なんでっ!?

 予想外の言葉に、前のめりに倒れそうなレイ。

 そこは、ルミ、じゃないのっ!?

 動揺するレイ。

「なんで俺!?」

 意味わからんといった具合に叫ぶ、アルーン。
 レイオルは、黙ってうなずいた。きょとんとするほかない、レイとルミとアルーン。

「説明しよう」

 わからないのなら、説明する。それがレイオルのスタイルのようだった。レイオルスタイル。
 レイオル、すっ、と軽く両手を胸元辺りに上げる。右手と左手、それぞれ手のひらを握った形で。

「聞くのだ。皆」

 いや、改めて言われなくても聞いてるし、聞くしかないじゃん。

 たとえ聞いてなくてもレイオルは説明を続けるだろう。

「ルミは、元精霊。おそらく、様々な面で魔法のサポートがいるだろう。そこで私が必要。それでいながら、ルミは、少女。おそらく、繊細な部分は『真人間』のアルーンのサポートがいるだろう。だから、アルーンも必要」

「真人間って、なんだよ」

 アルーンが、たまらず口を挟む。

「まともな人間ってことだ」

「……レイオル。お前は、自分が変わってるってこと、よく自覚してるようだな」

「ああ。よく自覚している。己を自覚する私は賢明である。それはそれとして、説明はまだ終わっていない。聞け。真人間」

 真人間は余計だ、それに聞けとはなんだ、と不満を述べつつアルーンは続きを聞くことにする。

「つまり、ルミには私もアルーンも必要。ついでに言えば、レイも必要かもしれない」

 俺はついでなんだ、とそのときレイは思ったが、説明が長くなってしまうのでそこは受け流すことにした。

「必要と、必要」

 レイオルは、握った右手と左手を、自分の目の前で、ぽんっ、とくっつけるようにした。

「だから、私とお前の旅が、くっつけばいいのだ」

 レイオルの旅とアルーンの旅が、一緒になることを身振りで表現、というところのようだった。

 どういう説明!?

 言いたいことはわかったが、なんだか納得いかない空気が流れる。しかし、レイオルは自分の主張を言い終え、謎の得意気な顔をしていた。名案だろう、とでも言いたげな。

「お、お前……」

 アルーンは、両ひざに両手を当てるようにして、力なくうなだれた。それから――、きっ、と顔を上げ――。

「めんどくせーっ!」

 なんか話がいちいちめんどくせえ、アルーンはレイオルに掴みかかっていた。

「……不服か?」

 ぎろり、切れ長の目の中、レイオルの瞳がアルーンを見下ろす。

「不服じゃねーっ! もちろん、いい案だけど、別にいいと俺は思うが、しかし……」

 ただひたすらに、めんどくせーっ、というアルーンの雄叫びが、小さな丘の上で響いていた。

「あ。レイ。よかったな。賑やかになりそうだぞ」

 アルーンの手から解放されたレイオルが、なにごともなかったかのようにレイに言葉をかける。レイとルミは、顔を見合わせた。

「うん――!」

 レイがはちきれんばかりの笑顔を浮かべたあと、つられるようにルミも笑った。

 よかった……!
 
 空の青の高いところ、雲が流れていく。
 いつまでなのか、どこまでなのかわからない。とりあえずの間、四人は一緒に旅をすることになりそうだった。



「ルミ。私の目的地は決まっている。お前の故郷から離れることになるが、いいか?」

「はい……! もちろんです……!」

 レイオルの問いに、ルミは声を弾ませた。

「私の旅は、怪物と戦う危険な旅だ。アルーンは、旅の間怪物退治で報酬を得ていたとのことだし、剣の腕を磨きたいらしいから、たぶんちょうどいいと思うのだが、お前は大丈夫か?」

 ルミは、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐに赤い瞳を細めた。

「私、きっとお役に立てると思います……! 皆さんに、幸運を運んでみせます……!」

「ほう、頼もしいな」

 レイオルは、笑った。

「ふふふ。たくさんの怪物の屍を、踏み越えてみせようぞ……!」

 そして、例の鬼神のような笑い声を響かせた。ルミはただ、微笑んでいた。
 微笑むしか、なかったのかもしれない。

「レイ」

 レイオルとルミのあとを、少し離れて歩くレイとアルーン。アルーンが、レイに声を落として話しかける。

「帽子集めの旅に、怪物が関わるのか?」

 アルーンは、レイオルとレイが帽子集めの旅をしているとまだ信じていた。
 レイは微妙な笑顔を浮かべ、あいまいな返事をする。
 そのとき、レイオルの大地を揺るがすような笑いは、まだ続いていた。

「ふむ。それにしてもあいつ、変わってるとは思ってたが――、底が知れないな……」

 レイは、こくんとうなずいていた。もう、同意しかない。

 でも――。

 レイは、アルーンを見上げ、とびきりの笑顔を送る。

 でも……!

「レイオルは、優しくてすごい魔法使いなんだ」

 アルーンは、どう思うんだろう? 俺のこと、旅の本当の目的、伝えたら、どう思うんだろう……?

 輝く緑が、賑やかにそよぐ。
 ため息のあと、アルーンも笑みを浮かべていた。やれやれ、と呆れているような笑みだった。

「面白くなりそうだな。俺の旅」

 アルーンは空に向かって手を伸ばし、まぶしそうに太陽を見つめていた。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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