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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第3話

第3話 旅の目的、俺の存在

 窓から差し込む、柔らかな朝日。テーブルの上に運んだお膳には、焼きたてのパン、豆類と野菜の煮物、それから炒めた卵と干し肉。

 人間の、朝ごはん――。

 小鬼のレイは、思わず笑みを浮かべた。

 おいしいって、なんてシアワセなんだろう。

 少量の植物と自然エネルギーを得て暮らしていたふだんの自分からは考えられないような、贅沢過ぎる栄養の取りかただった。しかし摂取した余分なエネルギーは、無駄になることはなく、体を増強するか、小鬼としての特殊エネルギーに変換される。

 つまり、「小鬼力こおにりょく」マシマシ。

 人間の生活に合わせれば、なぜか「小鬼力こおにりょく」が増していくという不思議な構図となっていた。
 おいしそうな香りに包まれつつレイは、いったいどれから食べようかと熱心に皿から皿へと視線を走らせていたが、とても大切なことに気付き、急いで顔を上げた。

「朝からこんなに素敵なごはん、レイオル、本当に――」

 長い封印生活から助け出してくれた上に、次々と夢のような経験をさせてくれる魔法使いレイオルに向かい、レイは改めて心からの感謝の気持ちを伝えようとした。

「本当に――!」

 こみ上げる思いにレイの瞳は潤み、きらきらと――。

「私は、人間を辞めようと思っているのだ」

 がたっ。

 突然のレイオルの衝撃発言に、レイは椅子から転げ落ちそうになった。

 ど、どーゆー告白!?

 しかも、今朝起きたとき「目覚めたか」、「朝飯を食うぞ。宿屋の食堂に行くのだ」、「提供された料理を、あっちのテーブルに持っていき、食う」という三つの必要最小限の内容しかレイオルは発言していなかった。
 その次の新たにして貴重な四つ目の発言が、「人間辞める」宣言である。

 どーゆータイミングで、言う!?

「そのため、旅をしていた。私の旅は、いわば『人間の卒業旅行』なのだ」

 人間の卒業旅行!?

 レイオルが旅をしていた、ということも実は知らなかった。だから昨晩宿屋に泊まったのか、なるほど、とようやくそんなささいな発見と納得をしていた。それほど、レイオルからの情報は少ない。

「いただきます」

 レイオルが手を合わせ挨拶をするのにならい、とりあえずレイも「いただきます」をする。

「人間の卒業旅行って、なに……?」

 レイオルが流れるような箸運びで端から順々に料理を口にしていく。いっぽうレイは、箸で取りにくい煮豆に苦戦していた。レイオルの前に並ぶ白い皿たちがあっという間にあらわになっていくのを目にしつつ、どういうタイミングで質問していいか迷っていたレイだったが、煮豆と格闘するのを止め、思い切って質問してみることにした。

「ん。さっきも言ったが、これは私が人間を辞めるという目的のための旅。そしてそれはつまり、人間時代の最後の旅という意味だ」

 ぽかあん。

 なんとなく口が開いてしまった。一瞬飛ぶ意識。窓からは、小鳥のさえずりが、忙しく聞こえてくる。

 ええと。どう聞けばいいのかな。それとも、追求しないほうがいいのかな。

 レイオルは、というと、食べるほうに口を動かし、次の言葉を続ける気配がない。

 てゆーか、人間って辞められるの!?

「どうした。レイ。食べないと、冷めるぞ。つまり、せっかくの料理のおいしさが減ってしまうということだ。それは作ってくれた人に、申し訳ないことだぞ」

 レイオルに比較的まっとうなことを言われ、レイは慌てて食事に専念することにした。

 おいしいって、やっぱりシアワセだなあ。

 食後のお茶までしっかりいただく。カップの中の液体のゆらめきにつられるように、また疑問が湧いてくる。
 
 レイオルの目的と俺、いったいどう関係が――。

 いつの間にかお茶を飲みほしたレイオルが、立ち上がっていた。

「そろそろここを出るぞ。レイ」



 町を遠ざかる。
 石畳から、砂利道、そして藪が生い茂る獣道。
 小鬼である自分にとっては、なんてことのない道だが、人間にとってはとても歩きにくいのではないかとレイは思う。

 どうして他の旅人みたいに、人の道を歩かないんだろう。

 あっ、人の道を歩かない、つまり、人間を辞めるって、そういうことかな、などとレイは閃いていた。

 ちょっと違う気がする。

 山道になっていた。そのころには穏やかだった日の光も遮られ、冷たい風が吹き、今にも雨が降り出しそうな空模様となっていた。

「なかなか、遭遇しないものだ」

 レイオルが、独り言のように述べた。実際、独り言だったのかもしれない。

「それとも」

 藪も、飛んでくる虫もものともせず、大股で前を歩き続けていたレイオルだったが、突然レイのほうを振り返った。

「半日やそこらでは、まだまだ養分として足りないのだろうか」

 じっ、とレイを見つめるレイオル。

「お、俺の養分……?」

 そうだ、とレイオルはうなずいた。
 それから、レイオルは続けた。あいかわらずの、感情の起伏の感じられない声で。

「レイ。お前には、うまそうな『おとり』となってもらう必要がある」

 うまそうな、「おとり」って……!?

 雨が降り出してきた。

 あ、雨。

 ぽつり、ぽつりと降り出した雨が、本格的になっていく。
 レイオルは、その場を動こうともしなかった。
 レイに据えられた、雨の色を取り込んだような水色の瞳――。

「私は、『魔』を摂り過ぎた。そして強くなり過ぎた。怪物どもが、おかげで近寄ってこない」

 え……!?

 あっという間に強くなる雨足。雨粒が視界を遮る。レイオルの表情が、レイには見えない――。

「私はまだまだ、『魔』を摂り込みたいのに、だ」

 手駒って、働くって――。

 聞きたいことが、うまく言葉として出てこない。

 レイオルが俺によくしてくれるのって――。

「人間ではあるが魔に近づいた私のエネルギーと、人間の調理したものを食べ、人間の生活になじんだ小鬼のお前のエネルギー。そのふたつのエネルギーが合わされば、なじみ深いが奇異なものとして、怪物の関心を引く効果が出ると思ったのだ」

 服やごはん、ふかふかの布団、俺に人間の素敵なものをプレゼントしてくれた理由は、すべて――。

「怪物も力の強いものを摂取し、より強くなりたいという欲がある。そして、もともと人間は連中の大好物。それに私は自分のエネルギーを極力抑制している。人としてのエネルギーも、魔のエネルギーも。だから、そんな今の私とお前の組み合わせは、脅威としてよりはまず、力を高める魅力的な餌として映るに違いないはずなんだ」

 ざざざざざ。

 藪をかき分けてなにかが走る。雨の音を遮るような大きな音――。

「ようやく来たか……!」

 レイオルが、音のするほうへと向き直る。

青雷光せいらいこうの剣――!]

 レイオルが叫ぶ。
 レイオルの手には、いつの間にか青く光る剣が握られていた。
 そんな不思議な光景を、レイはぼんやり眺める。

 俺は、ずっとひとりだった――。

 枝葉の陰から、二つの大きな目がこちらを睨んでいる。

「貴様は、私とレイの初めてのお客様だ……!」

 レイオルは、現れた怪物に向かって叫んだ。
 雨に濡れた黒い体は、長く後方へと続き、その全貌は見えない。おそらく、巨大な黒い蛇のような怪物なのだろう。
 レイはただ、その恐ろしい光景を呆然と瞳に映し続けた。
 今までの疑問、すべての答えがわかった気がした。
 静かに、心の中で答えをなぞる。

 レイオルは、本当にただ、俺を利用したかっただけなんだ――。

 逃げ出す気は、失せていた。

 俺はこれからも、ずっとひとり――。

 襲い来る怪物の大きな口も、レイオルの握りしめた不思議な剣の軌道も、ただの映像として映っていた。
 怪物の巨体になぎ倒される木々の音、剣が硬いものに弾かれる音。
 轟音が聞こえているはずなのに、どれもが遠い世界の出来事のように感じられた。
  
 ひとりぼっちなんだ――。

 打ち付ける雨の中、レイの大きな瞳から悲しみがひと雫、こぼれ落ちていた。

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