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【創作長編小説】天風の剣 第144話

第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第144話 ひとりでできることなど、ほんのわずかだ ―


「シルガー……!」

 キアランは、息をのむ。
 雪に覆われた森に降り立ったキアランと花紺青はなこんじょうの前には、シルガーとシトリン、みどり、蒼井がいた。
 降り注ぐ一筋の日差しを浴び、堂々とした姿勢で佇むシルガー。その手にしっかりと掴まれていたのは天風の剣。そして、足元には巨大な怪物の死骸。それから、シルガーの背には――。

「お前、四天王になったのか……!」

 漆黒の四枚の翼、魔の者の王者の印があった。
 シトリン、みどり、蒼井が微笑んでいる。

「そーだよ! シルガーってば、私たちが駆けつける前に、ひとりで倒しちゃったんだから!」

 えへん、となぜかシトリンが偉そうに胸を張る。

「ひとりじゃない」

 シルガーが訂正する。

白銀しろがね黒羽くろはも一緒だ」

 シルガーのゆっくりとした低い声が、雪原の中、染み渡るように響く。

「え? 白銀しろがね黒羽くろはもここにはいないよ」

 花紺青はなこんじょうが、不思議そうに尋ねる。シトリン、みどり、蒼井もシルガーの言葉の意味がわからず、シルガーの顔を見た。

「私のために、血を分けてくれた。パールに勝てたのは、彼らのおかげだ」

白銀しろがね黒羽くろはが――」

 キアランは驚き、四天王シルガーを見つめた。シルガーは、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「ひとりでできることなど、ほんのわずかだ。大きな変化の陰には、必ず複数の力や思いが積み重なっている」

 白い雪が目の前を遮り、たどり着く先を求めて落ちていく。

 まるで、人間のような笑顔――。

 大きな漆黒の四枚の翼を背負う異形の者。しかし、その声、言葉には、その恐ろしい姿かたちとは裏腹に、果てしない大地を手探りで一歩ずつ歩む、人間のような響きがあった。

「これから、白銀しろがね黒羽くろはのところへ向かう。分けてくれた力を、返さねば」

 四天王に変化したおかげで、エネルギーは回復した、私の血が白銀しろがね黒羽くろはに合えばいいのだが、と付け足す。それから、

「だが、その前に」

 いったん言葉を区切り、シルガーはキアランをまっすぐ見つめる。

「キアラン。アステールだ」

 シルガーは、手にした天風の剣を、キアランのほうへと差し出す。

「ありがとう……! 本当にシルガー、ありがとう……!」

 どれほど礼を言っても足りない、キアランは感激に声を詰まらせる。
 冷たい風が、勢いをつけ通り過ぎる。
 キアランを見据える銀の瞳に、一瞬鋭い光が帯びる。

「……私が、お前から天風の剣を奪う可能性を考えたことは?」

 キアランが受け取ろうと手を伸ばしたとき、シルガーが静かな声で問う。

「え? なに? なんだって?」

 木々の間から突き上げるように風が吹き、キアランの黒髪が乱される。キアランは、ただ目を丸くしていた。

「……いや。なんでもない。愚問だな」

 きらきらと舞う、粉雪。天風の剣は、シルガーからキアランへと手渡される。

「アステール。すまなかった。本当に――」

 キアランは、天風の剣を一度胸に抱いてから、大切な宝物をしまうように、鞘に収めた。
 シトリンは、シルガーの足元に目を落としていた。

「……あいつ、変なこと言ってたけど、なんだったんだろう」

 シトリンのあどけない瞳に映る、パールの亡骸。もう、そこには、翼はない。

「変なこと? どんな?」

 キアランが尋ねた。

「私たちが、人間や高次の存在みたいだ、って。私たちの攻撃や、シルガーの衝撃波は、痛いんだ、って」

 皆、顔を見合わせた。

「痛いってことは、効いてるってこと?」

 花紺青はなこんじょうが首を傾げる。

「たぶん。でも、シルガーの炎の剣は、痛みが少ないんだって。今の僕にはそう感じられるって、言ってた」

 変だよね、とシトリンは首を傾げつつ、人差し指を柔らかなカーブを描く顎のあたりに当てた。
 
「そうか。やつは、そんなことを――」

 シルガーが、ゆっくりとうなずく。

「え? シルガー。わかったのか?」

 思わず尋ねるキアラン。シルガーは、謎めいた笑みを浮かべていた。

「高次の存在が受け取れるもの。壁を突き抜けられるものは、魔の者以外の力。私の体で作った炎の剣は、その瞬間瞬間の想いのこもりやすい衝撃波と違って、物質に近い、魔の者の塊みたいなものだからな」

「は?」

 皆、シルガーの言っている意味がよくわからないでいた。

「倒すまでには至らないが、想いは確実に届いていた、ということなのだろう――」

 ますます大きく首を傾げるシトリンと花紺青はなこんじょうみどりと蒼井もそれぞれ腕を組み、首だけじゃ収まらず体も斜めに傾いていた。体は、斜めにならなくてもいいわけだが。
 キアランは、なんとなくシルガーの言わんとしていることがわかったような気がした。

 シトリンもシルガーも他の皆も、人間と、変わらない――。

 高次の存在、パールの犠牲となった最初の高次の存在、ヴァロ、シリウスが、パールを倒すために皆の攻撃を受け取ってくれたのではないか、キアランにはそう思えて仕方なかった。
 パールという巨大な脅威は去り、天風の剣を手にし、シルガー、白銀しろがね黒羽くろはの無事を知ったキアラン。しかし、喜びの中にあっても、キアランにはどうしても早急に知らねばならないことがあった。
 居ても立っても居られない、自分の身の安全のことよりはるかに大きく頭の中を占め続ける、重要な気がかり――。

「みんな、アマリアさんは――」

 シトリンの顔に、たちまち悲しみの色が広がる。

「オニキスに抱えられたまま……。気配が、消えちゃった――」

 アマリアさん――!

 激しさを増していく風。暴れるような雪が、キアランの頬を、胸を叩き続けた。



 くそ……。今宵、空の窓が開くというのに――。

 オニキスは、屈辱と苦痛に顔を歪めた。

 手っ取り早く、回復する手段はないか……!

 気を失ったアマリアを抱え、オニキスは独自に作った空間を移動し続けていた。

 あの化け物め……!

 異様な力だった。高次の存在を食い続け、力をつけ続けたということは、空の異変やパールの醸し出す魔のエネルギーから、そしてパールの言葉から、オニキスにも察しがついていた。

 高次の存在を、食い続けた……?

 オニキスの中、ひとつの閃きが生まれる。

 そうか……。あるじゃないか。早く、力をつける方法が……!

 世界は、破壊されなかった。禁忌は、すでに破られている。
 オニキスは、笑う。

 たくさん、集まっている。ひとつくらい、なんとかなるだろう――。

 アマリアは、眠り続けている。
 あの化け物と違い、私の趣味嗜好とは異なるが、オニキスはひとり呟く。

 薬だと思って――。一口くらいでも、重要な器官であれば、おそらく効き目はあるだろう。

 たとえば、人間でいう、心臓。
 オニキスは、空間を出る。
 ちょうど、金の光がふたつ、すぐ目の前にあった。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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