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あのとき、『友情』を選ばなければ。


くどうれいんさんの『うたうおばけ』に出てくる恋愛のエッセイを読む。
「そんなことある!?」と疑いたくなるほど、ときめきと青春の香りが漂ってくる。

同時に、自分の恋愛の宝箱の蓋がパカっと開く。
そしてその中から、忘れていた恋の思い出が、飛び出してくる。
記憶の奥底から、湧き出してくるのだ。


本書の、ときめきの塊のような一篇「暗号のスズキくん」を読んだあと。
わたしの奥底から湧いてきたのは、高校で同じクラスだった「遠藤くん」のことだった。


遠藤くんは、本名は遠藤ではない。
でも、サッカー選手の遠藤保仁にちょっと似ていた。
だれにでも態度が変わらない男の子で、わたしのように男子と仲良くない人間にも、気さくに話しかけてくれた。


別の記事に書いたとおり、私は長く「K君」という男の子が好きだった。
K君と同じクラスだった時、遠藤くんもそのクラスにいて、私は危うく遠藤くんに乗り換えそうになってしまった。
それくらい、遠藤くんは親しみやすくて、笑った顔が眩しかった。




国語の授業で、有名な短編小説を読む「読書タイム」があった。
先生の持ってきた箱から、一人ひとりが本を一冊選び、静かにそれを読む。

好きな時間だった。
わたしは武者小路実篤の『友情』を選んだ。


そして、目の前の席には遠藤くんがいた。
彼は、その時間なぜか後ろを振り返り、私によく喋りかけてきた。

いやに馴れ馴れしくて、思わせぶりな言葉をあれこれ並べる遠藤くんに、「こいつ、軽いやつめ」と思いながらも、男子にちょっかいをかけられる女子になれた気分で嬉しかった。
K君もいいけど、遠藤くんもいいな、と思いかけていた。


「どっちが先に読み終わるか、競争しよ」

遠藤くんは、自分の小説と私の『友情』とを指差してそう言った。


「いいけど、私読むの速いよ」

私は、絶対に負けまいと張り切った。
今思えば、そこは負けといた方が良かったのかもしれない。
「遠藤くんて、読むの速いんだなあ」と褒めておく方が、女子として可愛かった。

しかし、無駄な負けん気を発揮した私は、遠藤くんより先に読み切ろうと、武者小路実篤の『友情』を斜め読みした。
内容は、まったく入ってこなかった。


顔を上げると、爽やかな風が吹いてカーテンが揺れ、隙間から何度も水色の空が見えた。
窓際の席の、一番前の遠藤くんと、そのすぐ後ろのわたし。
わたしは、遠藤くんの読むスピードを確かめるのを理由に、何度も何度も遠藤くんの背中を見た。


「読み終わったよ」

背中を指でトントンと叩いて小声で伝えると、遠藤くんは分かっていたかのような笑い顔で「◯◯さん、速いなあ」と言った。
漫画みたいだと思った。


それからも、喋ることが増えた。
あるときは、偶然途中までいっしょに帰ることになった。

校庭の横の歩道を、自転車を押しながら並んで歩き、おいおい彼氏彼女みたいやんと浮かれた。
この頃、少女漫画はまったく読んでいなかったが、やっぱり漫画みたいだと思ったし、青春じゃんとも思った。


でも、悲しいかな。
遠藤くんはだれにでもそんな感じだった。

いつも賑やかな男子の輪にいたし、どの女子とも仲が良かった。そんな彼の態度に「八方美人」とか「女たらし」と言う声も聞いた。
あれだけ人が良さそうに見えて、実は裏でめちゃくちゃ性格が悪い、なんて噂もあった。

私としては、どちらでもよかった。
遠藤くんと、仲良くなれたことが嬉しかったし、もっと仲良くなれたらいいと思っていた。
それは、友達としてか、恋人としてか、自分でもどっちつかずだった。



だから、ハッキリ言われた時は、内心ちょっと動揺した。 

「もし◯◯さんが男だったら、めちゃくちゃ仲良くなれとった気がするわ!」

文化祭の、出店の準備をしているときだった。
またもや班がいっしょになって、ひとり浮かれていたわたしに向かって、いつも通りの口調で言ったのだ。



つまり、気が合うけど、それだけだ、と。
そう解釈した。

同性同士なら、もっと友情を育めるのに。
いっしょにサッカーとかして、買い食いして、どの女子が可愛いかなんて話をする男子たち。
そんな間柄になれたのにね、って。


ああ、そうだよね。
恋、じゃないのよね。
あなたのその思わせぶりな態度に、まんまとハマってしまっていたけど。
遠藤くんにとって、私はただのクラスメイト。
同性だったら友達に入れてもらえたけど、異性だからそれにもなれないってか。 



あのとき、なんで武者小路実篤の『友情』を選んだんだろう。

恋愛小説でも選んでおいたら、結末は変わっただろうか。
中身はひとつも覚えていないが、あのとき斜め読みした『友情』は、ずっとわたしの記憶に残ることになった。


遠藤くんとは、なんとなくその文化祭の言葉をきっかけに、また距離があいた。
遊び相手の期間、終了とでもいうように。
やっぱり彼に弄ばれていただけなのだろうか。
それとも本気で、仲良くなるつもりでいてくれたのか。


どのみち、どちらに転んでも「恋愛」には発展しなかったであろう。
この青春は、いつの間にか忘れていたが、くどうれいんさんのエッセイを読んで、こうして思い出すことができた。

遠藤くんが、今どこでどうしているか、まったく知らない。
ないと思うが、頼むからこのnoteだけは読まないでいてほしい。



そして。
くどうれいんさんの『うたうおばけ』。

度々ときめき、何度もため息をつきながらながら読んだせいで、読み終えるのに時間がかかってしまったが、ようやく読了だ。

表紙も含め、なんときらめいた一冊だろう。
軽やかで澄んだ言葉たちと、正直すぎて笑えてしまうのに嫌味のないエピソード。
この本は、一生大事に持っておこうと誓った。



また、どこかでふいに、心にしまっていた恋愛の宝箱から、ぽんと何かが飛び出すだろうか。

自分にもそんな思い出があったなんて。
そのことが、嬉しいような、むず痒いような。

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