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  このブログは、
  「生涯、荒唐無稽!」を掲げ、
  ジャーニランという200~500kmを走る
  というクレイジーなレースにおいて、
  その最高峰を目指すとある男の実録である。

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■ 今ある自分は、過去の自分でできている
過去に起こした行動や出会ったご縁の一つ一つが積み重なって、
今がある。


■ 昨日、とあるご縁をいただいて、
コンサルタントのGさんにお会いした。
実際にはZoomを通してでの対面だったが、
僕が抱えている悩みや課題を僕以上に把握されており、
僕が考えもつかなかった角度から問題の解決策を提示していただいた。

ものの1時間の面談だったが、
あまりにも的確に核をついた解決策に、
思考がフリーズして、面談後もしばらくは机の前から動けなかった。

このご縁をいただいたTさん、改めてありがとうございます!


■ 面談内容については、追々形にしていくとして、

Gさんのような方を出会えたのも、
さまざまな方たちとのご縁があったからである。

先のとおり、GさんはTさんのご紹介で、
TさんのFacebookの投稿を、Gさんのコメントした内容に興味を持って、
GさんをTさんからご紹介をいただいた。

Tさんは、HさんとFさんが開いた勉強会でお会いした方である。
Fさんとは、とあるコミュニティの参加者としてお互い参加しており、
「たまたまFさんが大阪に来ると言うタイミングで勉強会をする」
と言うことで、来阪され、FさんとTさん、Hさんと初めてお会いした。
その会の中で、Tさんとは、ほんの少しお話ししてからの繋がりである。

もし、勉強会の日程がずれていて、
僕か、Tさんが参加できなかったら、Gさんとのご縁もできなかっただろう。

ちなみに、このNOTEもTさんに触発されて書き出したという経緯がある。


■ ご縁は他にもある。

昨今、神戸によく行き、さまざまなご縁をいただいているが、
元を辿ればTさん(先のTさんとは別人)のお誘いがあったことがきっかけとなっている。

Tさんに「こんなんあるけど来ます?」と誘われた朝食会で、
主催者のMさんにお会いし、Mさんを通して、
YさんやKさんをご紹介いただき、
また別の交流会にも参加させていただく事になった。
この交流会を通じて、また多くのご縁をいただいたし、
ビジネスとしても拡張しそうな気配がある。


そのTさんとの出会いを辿れば、
2013年に日本縦断3,000kmをしたことに因る。

当時は初めてのサハラマラソンで敗退して、何をしていいかわからず、
Fさん(これもまた先のFさんとは別人の方)に相談したところ、
「日本縦断しましょう!」となった。
厳密には、相談する前から
「こんなんやったら面白いんじゃないですかね?」と、
自分から日本縦断の話を持ち出したのだが( ^ω^ )

その日本縦断の最中に、大阪に立ち寄り、
先のコミュニティの方が会を開いていただき、
そこでお会いしたのがTさんであった。

■ そして、相談したFさんとの出会いも、
新卒で入った会社の仕事の仕方に疑問を持ち、
新聞やビジネス雑誌にその答えを探すかのようにザッピングしている時に、
ふと目に入ったFさんのメールマガジンに登録してからの繋がりである。

当時は、メールマガジンを通じて発行主であるFさんを知るだけだったが、数年後にベトナムにいる時に
「えいやっ」で30万のセミナーに申し込んで初めてFさんと対面した。
そこでお会いした方々が集うコミュニティが前述のFさんやTさんとのつながりを生んだのである。

Fさんの影響力はこれだけに留まらず、
サハラマラソンもFさんのメルマガを通して存在を知った。
当時は、まさか"自分が走る事になる"とは露程も思っておらず、
何度かのサハラマラソンの文字も受け流すだけだったが、
ベトナムでの自堕落な生活で太り、
何か起死回生の一手(?)になるものを、
と思っている矢先に思いついたのが、サハラマラソンであった。

そして、減量を図りながら、走ることと真摯に向き合い、長い距離を走るためにフォームを研究したのが、今の走り方の基礎となっている。


■ ランニングコーチとして人様に教えるようになったのも、
日本縦断を終えて、大阪の実家に帰り、ぶらぶらしているところに、
Fさんのコミュニティの方が「みんなでランニングしませんか?」と挙げているのを見て、なんとなくその場に足を運び、
そこで、ごくごく普通に走っていた僕に、
走り方や僕の経歴を知って
「すごいですね!走り方を教えてくださいよ!」
とおっしゃった方がいた。

その言葉を聞いた時は、
「ふぇ?(・・?)」と始めは思ったが、
「望まれるのであれば期待に応えよう!」と自分のやっているランニングを言語化して、人に伝え出したのがきっかけで、ランニングコーチを始めた。

今でこそ、
"こうすれば走れる"や"楽に長く走れる"、
"こういうことは必要"
といったことは理解しているが、

当時はズブの素人がただただ勢いだけで日本縦断しただけで、
知識も経験も何もかも不足していた。

だから、幾度となく自分の体で人体実験をして走りを研究したり、
ジムのトレーナーとして勤務し、体の構造も学んだりもした。


そのおかげもあって、
今ではたくさんの方に嬉しいレビューをいただくようになったが、

そもそもベトナムで怠惰な生活を、
もとよりベトナムで仕事をするようなことがなければ
太ることもなかったであろうし、

新卒の会社に満足していれば仕事への疑問を持つこともなく、
したがって、ビジネス雑誌を読むことも、Fさんのメルマガを読むことも、サハラマラソンと出会うことも、日本縦断をすることも、
すべてなかったわけである。


では、なぜベトナムで仕事をするようになったかというと、、、、

いや、流石に長くなりすぎるのでやめておく。
聞きたい方は、コメントいただけるといつでもお話しする。


■ どんな出会いも何が起こるかわからない。
日常的に出会うさまざまな方とも、
すれ違うだけで終わる方もたくさんいるし、
どれもこれもご縁を拾うことはできない。

でも、そんな中でも、
自分から望み、自分から動けば、何かは生まれる。


かつての僕が、新卒で入った会社で納得せず、
ただただ悶々と過ごすだけでは、
ビジネス雑誌に手を出すことがなかっただろう。

踠き苦しんでいた時期ではあるが、
20代の社会人になりたての僕が踠ける最大限の行いが
"ビジネス雑誌に手を伸ばすこと"だったのかもしれない。

それでも、その手を伸ばしたから雑誌は掴めたわけで、
それがきっかけでさまざまなご縁があり、
ランニングと出会うことにもなり、
昨日のGさんとのご縁もいただくことになった。

そして、これを読んでいただいている読者の方とも繋がっている。
こんなに嬉しいことはない。


今日もお読みいただき、ありがとうございました!


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