個展まで、振り返り。その4
前回はムサビ通信時代の話をした。
今回はその集大成といえる卒業制作と当時のセクシャリティについてまとめる。
卒業制作は1年かけて制作をした。
卒制ノートといわれる卒業制作にむけてドローイングなどまとめるノート(F10)一冊と、100号を2点描くのが課題だった。
通信の卒業制作は平面に限った。
(おそらく半立体でも大丈夫だったのかな?)
壁に掛けれるものでなければいけない制約があった気がする。その点、通学生とは違って画一的だな、と当時は思った。
100号を2枚描く、ということはそれなりの環境を整えなければ描けない。
私は運がよく、当時働いていた鉄工所の第二工場の上の階が物置になっていてそこを自由に貸してもらっていた。職場の会長のご好意だった。
(こんな感じで私は絶対絵を描かなければいけない環境にはまっていくことが2度3度ある。結構運命だと思っている。)
私は、私自身のことを描きたかった。
当時はまだホルモン注射はしておらず、スカートを履かない・短髪なボーイッシュな女性という感じだった。
自分がトランスジェンダーなのか、Xジェンダーなのか。性的嗜好が女性に向けてなのか、男性でも大丈夫なのか。性別はそもそも関係ないのか。
かなりジェンダーに迷いがある期間だった。
今もそうだが、Xジェンダー、ノンバイナリージェンダーなどは社会的認知も少ないため、社会的に存在価値がないように私は感じてしまう。
性別欄の選択肢は今でこそ"その他"の項目があるが、私は小さい頃から(今も)"女性"を選ばなけれなならないことが多い。
選択肢がなければ社会に認められていない。
社会で生きているのに自分の存在はない。
そういう思いが昔はかなり強かった。
その葛藤をどうしても卒業制作にしたくて、日頃感じていたトイレのマークをモチーフにした。
当時、通信時代の先生から教わったジャスパージョーンズが私は好きだった。記号的なモチーフを羅列するジャスパージョーンズをまねて、トイレのマークを羅列し、だんだんと崩れていくような、溶け合ってなにかわからなくなっているような作品を描いた。
一つ目の作品のタイトルは”こたい”
縦や横で区切られているような線は、社会的な枠組みを表現している。
それを飛び越えるような形態や色。すべてが統一され”こたい”となっている。
二つ目の作品は、私自身の身体について。
この時期はまだホルモン注射をしていなかった。
つまり身体は女性の身体のまま。
でも幸いなことに私はいわゆる女性らしい体つきでは元々なかった。
しかしお風呂上がりの自分の裸は毎度とても嫌な気持ちになった。
生物的にどうしても女性というものを感じざるを得ない。
卒業制作を制作していくなかで、ロバート・メイプルソープという写真家の作品を観た。どこからどこまでが男性で女性なのか、写真で身体の形態を撮り探っているような作品は影響を受けた。
私はマネキンのトルソーにも着目し、女性的・男性的な身体とはなんなのか。そうでない身体とはどういう身体なのか模索した。
そうして出来上がった作品が”器官なき身体”だ。
この作品タイトルは、哲学者のジル・ドゥルーズの言葉から拝借している。
ドゥルーズは、器官なき身体を身体的な欲望に依存していない身体として概念を構築している。
私は欲求を満たす段階の先にある、性別を意識しない、ヒトとしての身体はどういうものなのかをトルソー的に作品に表現した。
2つの作品はかなりやり切った感があった。
講評では初めて自分の作品について話した。うまく説明はできなかったが、今でもこの作品たちを作り上げた思い出と実物の作品は思い入れが強い。
この2つの作品を作ったあと、もっと自分を掘り下げ、他者に観てもらいやすい作品にしよう、と考え作ったのがUNKWON ASIAに出展した作品たちだ。(個展までの振り返り。その2)
UNKWONからは新たな人たちと出会い、いろいろな場所で展示を行っている。特に初めての個展は思い入れが強い。
2020~2022年はかなり活動していたと思う。
次は作家活動をしながら感じる、自分のセクシャリティと表現の関係性についてまとめる。