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古代、鬼は先住民の神だった?② ~ギリシャ神話から縄文人~

どうして「鬼」は頭に角があるだけで、邪悪とされるのか?
そのことに疑問を感じ、少し前から調べ始めました。そして世界中に、角を持つ「神」が存在していたことを知りました。
ギリシャ神話では全能神ゼウスをはじめ、ほかにも角を持つ神々が登場します。ケルト神話やエジプト神話も、角のある神々が存在します。
また、旧約聖書に登場する預言者モーゼや、東方遠征のアレクサンダー大王も、二本角がある人物として有名です。詳しくはこちらで書いています。

〈ツノが示すのは、豊穣・気高さと力強さ〉

海外では、角(ツノ)は「高貴さ」と「力強さ」を表します。
ヨーロッパでは、ツノを持つユニコーンは聖獣です。
また鹿の角は、一年の四季の巡りの中で、自然に生えて、痛みなく抜けていく・・。それは繊細さと豊穣の象徴でもありました。
日本でも奈良の春日大社や、広島の宮島で、ツノを持つ鹿は「神使い」とされています。茨城県の鹿嶋神宮でも、鹿は「神鹿」と大切にされています。
動物界でも、キリン、鹿、サイなど、頭に角が生えている動物は草食動物で、性格が優しいです。牛のパイソンなんかはちょっとパワフルですが・。
それが人間に角がはえると、途端にダークなイメージとなる。それはなぜなのか?

海外の場合、キリスト教がメジャーな宗教になってから、頭に角を持つ存在は「ダーク」かも?と言われるようになりました。
キリスト教は一神教。ほかの神々を認めません。
そのため「キリスト」教を信じる教会側や支配者層は、それまで人々が信じていた原始の神々・・。つまり「角」を持つ神々の正当性に疑問を投げかけることで、古き神々への信仰を薄め、かわりに新しい神の信仰をうながしました。
つまり「角」を持つ存在は恐ろしい!というイメージを抱かせることで、先住民が信仰してきた神々への崇敬を揺らがせました。そうして次々と権力者たちは、新しい宗教である「キリスト」教の優位性を確立していきます。
それ以後、ヨーロッパの多くの国でキリスト教は信仰され、国教となっていきました。
ちなみに欧州では今も、鹿の角は魔除けとされ、玄関のドアなどに飾ったりします。


〈古代日本では、魔物は「醜(しこ)」。鬼は、山の神だった?!〉

それでは日本はどうだったのでしょうか?
日本で鬼が「邪悪」とされたのは平安時代から。それまで魔物や怨霊は、「物(もの)」や「醜(しこ)」と呼ばれていました。
確かに魔物や怨霊はお世辞にも、美しいとは言えません・・。
古代、鬼は「山の神」というイメージで、畏敬の対象でした。
今でも奈良県の奥吉野にある天河大辨財天社では、「鬼は優しい神であり、我々の祖先。だから好き」と大切にうやまわれています。
天河大辨財天社の始祖は、修験道の開祖・役の小角に仕えた前鬼・後鬼。
そう、先祖が「鬼」の神社なんです!
そして、修験道の開祖・役の小角は賀茂氏の末裔でした。

もともと「鬼」の漢字の語源は、姿が見えないものを意味する漢字「隠(おん)」が転じたそうです。
山の奥深くにおだやかに住んでいた人々・・。それが「穏」の語源です。
そう、縄文人こそが、鬼と呼ばれる前の「穏」と呼ばれた人々でした。
人間の暮らしに山は欠かせません。山は、木の実や薬草、山菜・木材など、さまざまな恵みをもたらします。同時に、熊やイノシシなどの猛獣もいます。豊穣と恐れの両方が存在する日本の山・・。
そして深山に住み、姿を現すことが少ない「穏」と呼ばれた人々。

だから山の麓に住む人たちは、薬草の知識を持ち、薬を作れて、さらに熊などの猛獣を狩る森の民に対して、畏敬の念を持っていました。
そして「穏」と呼ばれる人々は、穏やかで争いを好まない・・。それが本来の縄文人でした。

それが一変したのは奈良時代の大化の改新から。
藤原鎌足と中大兄皇子がはじめた日本統一は、「大化の改新」としてスタートします。詳しくはこちらに書いています。

大化の改新は、「朝廷」の名のもとに日本を一つの国に統一する試み。
そのためには、山のふもとに住む人たちから「畏敬」の念で愛されていた縄文の力をそぐこと。そして日本各地の縄文王国を滅ぼすことも避けれません。そしてそれは、日本がたどった大きな歴史の転換でもありました。長くなったので続きますね。




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本だけでなく、実際に現地に行ったりして調べていますが、わからないことが多いです。だからこそ魅かれる縄文ミステリー!縄文の謎解きははじまったばかりです。(*ᴗˬᴗ)⁾⁾💕ペコリン