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娘が通った珍しい学校

中学受験をして行った中高の学校は、私立のカトリックの女子校でした。
家からも近く、自転車で通っていました。

娘がこの学校を選んだ理由の一つは、『オーケストラ部』がある事でした。
とても珍しいと思います。特に、中学から『オーケストラ』に参加出来るというところです。
「入学式」「卒業式」は『オケ部』の生演奏がある学校でした。
『オーケストラ部』はとても人気の部で、入部する子も多かった様です。
「バイオリン」希望だったのですが、希望者が多すぎて「ビオラ」に回されてしまったほどです。
小さい学校ですから、縦割り交流があり、中学1年から高校3年まで、仲良く部活動をやっていました。
楽器も、学校にあり、購入しなくても演奏できる様になっていました。
毎日きっちり練習もあったのですが、娘がいた「ビオラ」は、案外緩くて、中庭で、まったりしながらの練習だったそうです。
年に一回、定期演奏会はあったし、九州の『オケ部』が介してのコンクールもあり、色んな曲(主にクラシックでしたけど)を覚えました。「007死ぬのは奴らだ」「カルメン組曲」などなど、、、

オケ部の定期演奏会

ただ、毎日の部活の大変さと「ビオラ」の演奏技術の難しさから中学だけで辞めてしまいました。
高校になってからはゆる〜い「華道部」で副部長をしていました。

この学校は授業も珍しいものがあって、体育の授業に、『バレエ』がありました。
基礎的なものですが、一応、バレエシューズも履いて、「アン・ドウ・トロア」とやっていた様です。
もちろん小さい頃からバレエを習っている子もほどほどにいたので、身体の硬い娘は、努力しても叶わなかった様ですが、楽しんでいた様です。

卒業生にバレリーナいました

そんな学校ですから、体育祭の時は、対抗ダンスなんて物もありました。
組に別れての体育祭で、これも、中高校生、一緒にします。
高校2年生が主になって、ダンスを創作して、皆んなで踊るのです。
その出来を点数評価してもらい、順位をつけるのです。
ダンスが苦手な娘にとっては、踊りを覚えるのも大変だった様で、もちろん、高2はみんなを引っ張る役だったのですが、ダンスの振り付けは、上手い人達に任せて、どうにか踊っていたようです。

体育祭のダンス

かと言って、娘は運動オンチではありませんでした。走ればそこそこ早かったし、リズム感もいい方です。
ピアノもずっとやっていたのに手と足をそれぞれ動かす事が苦手だったのは不思議です。

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