化け物たちのバカ騒ぎ 1

※note公式の創作大賞2023・イラストストーリー部門(下記リンク)の応募作となります。
拙いですが宜しくお願い致します。

https://note.com/jump_j_books/n/n41a2046855d6

あらすじ
主人公の九条華乃(人間に化けた妖狐)は『アルバイト(とある高校で、女子生徒を襲っている女吸血鬼の捕縛)』でとある学校へ向かう。サンザシ等吸血鬼の弱点である物を武器として用いて対決するが、どれだけ弱点とされる物をぶつけてもすぐに傷が修復してしまい、華乃は窮地に陥る。武器を失い一度は、女吸血鬼に捕まる華乃。そこで彼女は、女吸血鬼の名前と、彼女がどんな傷でも治る理由を知る。何とか状況を打破しようと試みるもやはり吸血鬼に勝てず死を覚悟するが、そこに彼女の『養母』が助けに現れる。結果として吸血鬼を捕縛するが華乃は自分の未熟さを痛感して落ち込むも、養母の言葉を聞き立ち直る。


「あら、これで終わり?」
 と眼前の少女は、笑みを浮かべて問いかける。
 薄紅色のメッシュが混じる長い黒髪はハーフアップにまとめ上げ、小柄な体は純白と深緑を基調にした学校の制服を帯びている。
 教卓に行儀悪く頬杖をついてこちらを見上げるその姿は、どこからどう見てもごく普通の女子高生にしか見えない。
 いや、顔立ちそのものは普通どころか、かなり整っていると言っていいだろう。
 小さく形のいい鼻筋。細く形のいい眉。小作りの顔の中で、こちらを上目遣いに見つめる大きな眼。

 これといった装飾品は身につけていないにもかかわらず、机と椅子が立ち並ぶ味気なく殺風景な教室の中でその姿は、一輪の花を生けたように瑞々しく可憐に見える。
 ――その背中から生えた、黒いなめし皮でこしらえたような小さな翼と、紅い瞳に宿る禍々しい眼光を除けば。
「くっ……」
 私はその姿を鋭くねめつける。
 今の自分の姿がひどい有様だという自覚はあった。おそらく顔面は血の気が引いて蒼白だろう。
 両足を包む黒い薄手のストッキングはあちこちが裂けている。いや、ストッキングだけではなくその下の皮膚も避けて血がにじみ、ところどころ赤黒い汚れが目立つ。靴はここに来るまでに脱ぎ捨ててしまった。
 上に羽織っていた白いロングカーディガンは脱げかけ血で汚れ、その下の水色のシャツがあらわになっている。
 それでも私は、手にしたリボルバーに銃弾を込める。
 銃口を向けるのは、当然目の前の少女だ。
「およしなさいな。そんな無粋で役に立たない玩具を使うのは」
 それを見つめる少女の声には恐怖や狼狽の響きなど微塵もない。むしろ、気だるげですらあった。落ち着き払った――というよりは子供の無駄な行為をたしなめるように大人びた口調は、まだ幼さが残る容姿にはあまりにもそぐわない。
 だが私はそれを疑問には思わなかった。思う間すらなかった。
 何故なら次の瞬間――彼女の足が私の腹を蹴り上げていたから。
 何の変哲もない黒い靴下と白い上履きに包まれた、少女の細くしなやかな足。
 その外見からは信じられないほどの筋力を込めた蹴りを食らい、私は後ろの黒板にまともにぶつかった。その際に、握りしめていたリボルバーを落としてしまう。
 腹に大きな杭でも撃ち込まれたような衝撃に、私は一瞬呼吸が止まった。
 私がぶつかった黒板はみしり……っと音を立てて大きくきしみ、表面に無数の亀裂が走る。
 とても少女の力とは――いや、人間の力とは思えない威力だ。
 いや、実際人間ではないのだ、眼前の可憐な少女にしか見えぬ存在は。
「ぐっ!」
 衝撃と苦痛に耐えきれずに、思わず口から呻き声がこぼれる。
 体勢を立て直そうとするがそれもかなわず、思わずその場に崩れ落ちてしまう。
「あらあら、ごめんなさいね。少しやりすぎちゃった」
 悪びれる様子もなく少女は言い放つ。
 彼女は、倒れた時に私が手から落としてしまったリボルバーを無造作に踏みつけた。
 紙細工のおもちゃのごとく、易々とリボルバーを踏みつぶしてから少女はしゃがみこみ、私の髪にそっと手を触れる。
「綺麗な髪ね……金で染めた絹糸みたい」
 恍惚とした様子で言う少女の言葉を聞きながら、私は顔をしかめていた。
(まずったな……これは。どこでどうすべきだったのかな)
 脳裏で時をさかのぼり、この少女と相対する前の記憶を掘り起こす。

 大学生の生活の割合を多く占めるのは、学業とアルバイトだ。
 中にはアルバイトなどする必要もないほどの裕福な家庭出身の学生もいるのかもしれないが、あいにく私はそうではない。
 いや正確には、『養母』はアルバイトをする必要はないと言ってくれたのだが、私はなるべく自分の力で自分のためのお金を稼ぎたかった。
 と言っても私のアルバイトは、よくある飲食店での接客業務や塾講師、あるいは家庭教師などではない。
「仕事がある。今、受けられそうか?」
「ああ、大丈夫」
 かかってきた電話に簡潔に受け答えをしてから、私は与えられた情報を元に準備をする。
 アルバイトまでまだ時間がある。私はそれまで講義に出たり図書館にこもりレポートを書いたりして過ごした。
 時折友人とも会話もするが、私は基本的に一人の方が落ち着く。
 いや、可能な限り一人でいなければならないという半ば強迫観念じみたものが私の中にずっとある。
 勉強も『アルバイト』も、誰の手も借りずに一人で成し遂げねばならないという思いが。
 講義が終わり、私は大学を出て教えられた目的地へと歩みを進める。
 途中で人だかりができている場所に出くわす。
 どうやら誰か体調不良で倒れたらしい。私と同年代に見える若い女性だ。
 その友人らしき女性がそこにしゃがみこんでいるが、狼狽して
「どうしよう、どうしよう……」
 とつぶやいてうろたえている。
「救急車は呼びましたか?」
 私が声をかけると、女性ははっとしたように顔を上げて
「い、いえ……まだです」
 そう答えて慌ててスマホを取り出そうとするのを、私は手で制して
「私が呼びます」
 と告げて電話をかける。現在地と女性の様子を簡潔に伝えて電話を切る。
「あの、ありがとうございます」
 礼を述べる女性に首を振り、ふと周囲に視線を転ずると数人の野次馬がわいていた。撮影でもするつもりか、何やらスマホを取り出している者もいる。
「人が倒れていることを、面白い見世物だと勘違いしてるなら、よそに行っていただけますか?」
 研いだように鋭い視線を向けながら言うと、相手はひるんだような表情を浮かべる。
 私は野次馬と言う奴が嫌いだ。人間の気持ち悪くて下卑た一面がむき出しになっていてツバでも吐き掛けたくなるくらいに。
 人間そのものが嫌いだというわけではない。人が人を助ける光景は素直に好ましいと思えるだけに、その真逆――人が人の不幸を面白がる様子には、どうしても嫌悪感を覚えてしまうのだ。
 救急車が来るまで女性たちのそばに寄り添い、来たら静かにその場を去った。予定より遅れたが、目的地にたどり着くことはできた。

「高校……か」
 見たところ何の変哲もない建物を眺める。
 時刻は深夜。周囲には警備員等の姿もない。『人払い』は既に済んでいるようだ。
 躊躇なく踏み込む。足音を忍ばせることもなく、黙々と歩みを進め――
「……あら、可愛いお客さん」
 運動場に佇んでいた一人の少女は私の姿を見つめて、笑みを浮かべた。
 服装は半袖の制服。深夜に一人で、手荷物も持たずに悠然と佇んでいる。忘れ物を取りに学校に戻ったようには見えない。
 私は無言で懐からリボルバーを引き抜き、そのまま躊躇なく銃口を少女に向ける。
「どうしたの?」
 眼前の少女が、可愛らしく小首をかしげて見せる。
 見知らぬ人間にいきなり銃を突きつけられているとは思えないほど、落ち着き払っている。
 恐怖や不安どころか、困惑の様子も見せないままだ。
 
「この学校で、女子生徒が数名、原因不明の貧血を起こして倒れたと聞いている」
「ええ、そうよ。それであなた誰?この学校の生徒のお姉さんか何か?」
 と少女は可愛らしく小首をかしげながら、問いかける。
「それ、君が犯人だろ?私は君を捕まえにきた」
 私は無表情で言い放つ。
「私が犯人?どうして?」
「まあ犯人と言うのもちょっと変かな……だって君、吸血鬼だろ?」
 私の声に、少女はすっと目を細める。
「――大当たり」
 返答と同時に笑みをこぼしたその口からは八重歯にしてはやや大きく、そして鋭すぎる歯が覗いていた。
 そして大きな眼の中の瞳は、禍々しいほど赤い色彩をたたえていた。
 私は躊躇なく発砲する。
 乾いた銃声がはじけて夜の静寂を引き裂くと、少女の華奢な腕も肉が引き裂けて血がはじける。
 だが少女は痛みや恐怖に泣き叫ぶどころか、つまらなそうな表情で鮮血を垂らす自分の腕を眺めている。
 軽くその腕を一振りするや否や、時間が巻き戻るように元のなめらかな白い腕に戻る。
「ちょっと、制服が台無しになっちゃったじゃない。ひどいわ」
 制服の袖は裂けたままのため、少女は不満そうに唇を尖らせて私に文句を言った。
「ごめんよ」
 私はそれだけ言うと、再びリボルバーを少女に向ける。
「おやめなさいよ、そんな普通の銃弾いくら撃ったって……」
 少女の言葉を最後まで聞かず、二発目の銃弾を容赦なく撃ち込む。
 再び肉が裂けて無惨な有様になった腕を、少女はまたもつまらなそうな一瞥をむけるが
「……?」
 興味のなさそうな眼差しが、訝しそうに細められる。
 先ほどと違って腕の傷が治らない。
「……ああこの銃弾、最初の一発とは違ってセイヨウサンザシやトネリコで作ってあるのね」
 そう呟く少女は、その可憐なかんばせをかすかに忌々しそうにしかめた。
「正解」
 私はそう言って、続けざまに銃弾を撃ち込む。
 少女は、文字通り人間離れした身体能力を駆使して躱す。が、躱し切った瞬間を見計らって、私は懐に隠し持っていたもう一丁の拳銃を抜き出し、居合のような早打ちを行った。
 少女はまたも吸血鬼の身体能力で回避する。が、完全には躱しきれなかったらしい。
 乾いた銃声が響くと同時に、脇腹に浅い裂傷を負った。
 私は同じ要領で、なおも二丁の拳銃で絶え間ない銃撃を続ける。少女の姿をした吸血鬼も、サーカスの軽業師じみたアクロバティックな体さばきで躱し続けるが、やはり完全に回避はできず身体のあちこちに浅い傷が刻まれる。
 あらかじめ装填していた銃弾をすべて撃ちきり、私は素早く銃弾を込める。
 その隙に少女が瞬く間に距離を詰めるが、私は大きく横跳びに躱しざま、銃弾を放つ。
 乾いた音と共に、銃弾が少女の胸を貫通した。――だが
「……え?」
 思わず私の口から、呆然とかすれた声が漏れる。
 吸血鬼の弱点たるセイヨウサンザシやトネリコで形作られた銃弾で胸を貫かれたにも関わらず、胸に穿たれた傷が見る間に再生していく。
 少女はその間にも、全く減速する様子も見せずにこちらに突進してくる。
「ちっ!」
 とっさに大きく横に跳ぶも、完全に回避はできなかったらしい。
 足が浅く裂け、とっさに片手で掲げた拳銃が吸血鬼の蹴りによってものの見事にへし折られて、手から弾き飛ばされる。
 地面に転がった拳銃は無残に破壊された鉄の塊と化しており、もはや使い物にならないのは一目瞭然である。
 破壊された銃を握っていた手にも、蹴りの威力が浸透してしびれるように痛む。
「……ち」
 私はかすかに顔をしかめながらも、残ったもう一丁の銃を構えなおそうとして……不意に眉をひそめた。
 いつの間にか、周囲を白い霧がすっぽりと包み込んでいた。
 ミルク粥のようにねっとりと濁った白い霧は、意志あるものの如く少女を包み込んでいた。
「……やばいな、これは」
 本能的に悟る。このままここで彼女に銃弾を撃ち込み続けても、勝機はない。聞かないと知りつつも、牽制の意味を込めてとっさに残りの銃弾をすべて少女に向かって撃ち込む。
 放った銃弾の行方を確認することもなく、私はそのまま身をひるがえして校舎の中に走り込む。
 

「くそっ……なんなんだ、あれは。最初は効いていたのに……霧が出たら効かなくなった……?」
 私は独りごちながら、廊下を進み続ける。
 明かりをつけるわけにもいかないので、周囲は真っ暗……というわけでもなかった。
 窓の外を染めあげる霧は、何故かぬらりと生白く輝いていた。
 そのおかげで昼間のように明るく、周囲を見通すことはできるが何となく薄気味の悪さを覚えながら私は、ひとまず適当に教室の扉を開けてその中に入りこむ。
「……さて、これからどうするか」
 私は身をひそめながら、ふうと息をつく。
 とりあえず電話で、単独での捕縛に失敗したことを伝えて応援を呼ぶしかないだろう。
 自分の未熟さを痛感させられて、正直なところ悔しくてたまらないのだが仕方ないだろう。
 だが――
「……繋がらない、か」
 スマホを睨みつけて、私は歯噛みする。
 ひょっとしたら、この霧が電波を遮断しているのかもしれないが。
 これからどうすべきか。冷静な思考を紡ごうとしても、頭の中は焦燥と混乱と不安が入り乱れるばかりで、この場をなんとかできるだけの打開策など到底思いつけそうにない。
「……見つけた。こんなところにいたのね。言っておくけど外部と連絡を取ろうとしたも無駄よ」
 あどけなさを残しながら、悠然と落ち着き払った声をかけられた瞬間、私の背筋がぞくりと凍った。
 教室の扉を開けた少女は、ゆっくりと足を踏み入れてくる。
 ここにたどり着く前にどこかで着替えてきたのか、身にまとっている制服は傷一つない新品のそれだ。
 そして華奢な背中には、黒い鞄を模したような小さな羽が生えている。吸血鬼が持つ多種多様な力には、変身能力もある。
 ここまでの移動にも、足ではなくあの羽による飛行を使ったのかもしれない。
(どうする?どうすればいい?)
 私は焦りと恐怖を相手に見せまいと必死に自制しながらも、少しずつ後ずさり、黒板の近くまで後退する。
「あら、これで終わり?」
 黒板の前に据えられた教卓まで近づいた少女は、頬杖をついて悠然と問いかけた――。

 万事休すとは、こんな時に使う言葉なのだろうか。
 リボルバーを無残に破壊され、蹴りをまともに食らって頽れた私は、自分の髪をやさし気な手つきで触れてくる少女を見ながら、そんなことを思っていた。
 蹴りを食らった衝撃の後に、波のように押し寄せてくる苦痛に思わず吐き気を催してしまう。とても戦える状態ではない。
 だが、文字通り最後の力を振り絞れば、この場から逃げ切ることぐらいどうにかできるだろう。
「……え?」
 私の髪をなでていた少女が、かすかに驚いたような声を出して目を丸くする。
 ふわりと、何かが私のロングカーディガンを押しのけて出た。
 それは、私の流れるように癖のないまっすぐな髪と同じ、淡い黄金色の尻尾だった。
 少女がそれに目を奪われて一瞬呆然とした。
 その隙を見逃さず、私は大きく跳躍して少女から距離を取る。

「尻尾……あなた、人間じゃなかったのね。犬……猫……。違うわね。ああ、そうだ、確か『妖狐』って言うんだったかしら?」
 尻尾の大きさと形から私の正体を察した少女は、あわてず騒がずただ小首をかしげて言う。
 私はそれに答えることなく、ただ完全な狐の姿に戻って疾走する。
 走る。奔る。豊かな尻尾を揺らめかせながら、細くしなやかな体で、ただただ無心に。
 校舎から飛び出る。
 ミルク粥のように真っ白く濁り、そのくせ魚の鱗のようにぬらりと輝く不可思議な霧にも戸惑うことなく、まっすぐ駆け抜けようとするが――
「がっ!」
 後ろから、強い一撃を食らって跳ね飛ばされる。
「残念でした」
 後ろから響く可憐で涼しげな声を聞きながら、私はたまらず地に倒れ伏した。
 周囲を包み込み染め上げる真っ白な霧とは対照的に、私の意識は暗闇にずぶすぶと沈み込んでいった――。


第二話 https://note.com/jolly_lily783/n/n00f19992fe68

 第三話 

第四話(最終話)


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