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"Opening Theory" by Sally Rooney: 新作"Intermezzo"がやってくる!

新作がやってくる

 2024年7月8,15日合併号のThe New Yorkerに、Sally Rooneyの新作長編である"Intermezzo"の一部が掲載された。先行して7月1日に電子版が掲載され、予告もなんも知らずに9月の新作発表を心待ちにしていた私はというと、ひっくり返ったり、取り急ぎTwitterにポストしたり、あえて平静を装ったりして過ごしていた。Sally Rooneyの新作が発表される時は、書籍の発売前に一場面を抜粋してThe New Yorkerに掲載するのが慣例になりつつあるので予想できたといえばできたのだけれど、完全に忘れてた。最後の新作発表が2021年だからね。数年おきの祭りみたいなもので…。
 Tne New Yorker App上で記事の存在を確認した私は、ソワソワしながら「これを読むのに最適な場面を作らなくては…」と何日か時を待ち、いい感じに頭が忙しくない時を選んで読んだ。普段は「別にそこまで熱心なファンというわけでは」みたいな顔をしているくせに、いざ新作発表となるとこの様である。ごめんなさい。めっちゃ好きです。9月が待ちきれないです。

The New Yorkerの合併号はフィクションもエッセイも盛りだくさんで夏休み的なお得感がある。
クボタさん(赤べこぬいぐるみ)も楽しみにしています。

"Opening Theory" by Sally Rooney

 今回の抜粋部分では、チェスの神童と呼ばれた22歳のIvanと、アートセンターで働く36歳のMargaretが、Ivanの出演するチェスの対局イベントで出会う場面が切り取られている。Ivanは礼儀正しく頭脳明晰な青年だが、きわめて内向的な性格で、スムーズで「ふつう」なやりとりがうまくできないと感じている。Margaretは、周囲から「美人で素敵な女性」と評され、Ivanからすれば羨ましいような「ふつう」を仕事にできるような人。Ivanの人物像は、天才的な頭脳を持つ一方で、記号的なようで繊細なコミュニケーションが理解できないという、いかにも典型的なintrovertという感じだが、とても細やかに描かれるMargaretとのやりとりによって少しずつ深みを増していく。
 タイトルの"Opening Theory"は、無数の分岐によって形作られるチェスの対局における序盤のセオリー、定石のこと。Ivanの話で興味深かったのが、チェスを学ぶ初心者は、まずは無数のopening theoryを頭に入れることが肝だ、というところ。私はチェスについては基礎の基礎しか知らない(作中のMargaretと同じくらいの理解度だと思う)けれど、無数にプレイされてきたゲームのストラテジーとしてそういう概念が必須になるのは理解できる。Ivanは15歳の時にはこれに必要な学習をしており、対局において重要な序盤の動き方は、先人たちによって積み上げられた明確な型として把握していた。この後に明かされるIvanの人生に対する後悔は、チェスの序盤とは対照的に、確立されたセオリーのない問題として提示される。

You can drive yourself crazy thinking about different things you could have done in the past. But sometimes I think, actually, I didn’t have that much power over my life anyway.

"Opening Theory", Sally Rooney, The New Yorker issue July 8-15, 2024. 

 Ivanの人物像も、後悔も、どちらかといえばかなりポピュラーな題材だと思うけれど、それを魅力的に書き上げる筆致、またIvan本人の言うところの"awkward"な性格によって想像以上に転がっていくストーリーには、全く目が離せない面白さがある。Sally Rooneyの描く若い男性あるあるな気がするけど、Ivanは気遣いができる、人に優しい、驕らない、ひどいセックスをしない、責任感が強いなどというやたらに魅力的な人物だった。"You shoudn't…"から始まる自分への言い聞かせとかを人に説明するのにそのまま声に出しちゃう感じとか、ああなんて愛すべきintrovertなのだろう…。こういう感じの男性がSally Rooneyの作品に登場するたび、なんてできた人…いいよなあ、こういう人…と思う自分と、こんないいやつ現実におらんて!!!!少なくとも私はお近づきにもなれんて!!!とキレ気味な自分が対立して暴れてしまう。救いはない。

 「ふつう」に振る舞えないことに苦しむIvanに対し、もう一人の主人公であるMargaretは「ふつう」だったはずの人生につまづき、これまで一貫してきたはずの人生の意味が壊れていくのを感じている。後半部分のMargaretの独白では、何度もnormal、ordinary、meaningという言葉が繰り返される。「ふつう」に結婚生活を送ってきたはずなのに、別居することになった。「ふつう」にキャリアを積んできたはずなのに、仕事相手と寝てしまった。これまで尊重してきたふつうの価値は、今やMargaretを支えてはくれないし、彼女の行動を、思考を、制限して捕らえることもない。Ivanが羨む「ふつう」から脱線することによって、Margaretの物語が始まるのだろうと予感させる内容だった。

It is, of course, a desperately embarrassing situation—a situation that seems to render her entire life meaningless. Her professional life, eight years of marriage, whatever she believes about her personal values, everything.

"Opening Theory", Sally Rooney, The New Yorker issue July 8-15, 2024. 

Life has slipped free of its netting. She can do very strange things now; she can find herself a very strange person. Young men can invite her into holiday cottages for sexual reasons. It means nothing. That isn’t true: it means something, but the meaning is unfamiliar.

"Opening Theory", Sally Rooney, The New Yorker issue July 8-15, 2024. 

輸入本、物理のハードカバー高すぎ問題

 Sally Rooneyの作品はfaberから出版されていて、毎度のこと装丁デザインが素敵で楽しみにしていた。しかしここに来てすごい円安。さらに物理書籍高騰の波。本を買うときは金銭感覚が狂っているので今までさほど気にしていなかったが、Amazonで予約しようとしたら、なんと物理書籍のハードカバーが4000円を超えようとしていた…!じわじわと上がる本の値段に気付かず茹でガエルのように生きてきたけれど、流石に正気に戻らざるを得ない値段。こちとら学生ですが!ということで、泣く泣く電子書籍を予約。Apple Booksで1700円。や、安い…!

 これまでの長編は物理で揃えていただけにちょっと惜しい。来年からはお給料で買えるように頑張りますか…。とりあえず、9月発売の新作"Intermezzo"がすごく楽しみ。これまで世界中で大人気の作品を複数発表してきた著者が、このタイトルをつけた著作となるとちょっと意味を勘繰ってしまう。新たな作風に飛び込む前の間奏曲、なのかな〜なんて勝手に想像しているけど、全然関係ないかも。

特にハードカバーは中まで可愛いデザイン。クボタさんもお気に召したらしい。


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