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006:ついつい目のいく窓際の席【ユーメと命がけの夢想家】

前回

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 変化に乏しい我々の職場に、久方ぶりのニュースが飛び込んできた。
「我が造成課のエディカンプレラくんが、栄えある社長賞を獲得した!」
 課長の紹介に、もちろんわたしは驚いた。ヒマ社員の巣窟と陰で言われる造成課から受賞者が出るなんて思いもしなかったのだ。それも、エディカンプレラくんが。

「スターバーストによる生命体生成術が、高く評価されたのだ」
 エディカンプレラくん。造成課のヘンなの筆頭格。
 わたしたちの仕事は泡づくりだ。濃厚なミルクのなかに〈素〉を垂らすことで、泡沫をつくる。この泡のことを、我々の専門用語で〈宇宙〉と呼ぶ。

 とはいえ泡はそのうち消えてなくなる。どうせ消えてしまうものを延々つくりつづけるわけで、これが造成課の閑職たる由縁だ。
 では泡のなかの諸々はどれも同じなのかと言えばそんなことはない。数ある泡のなかで、たびたび〈素〉とミルクの微粒子が反応して、カラコヘリアモントという現象が発生することがある。
 つまり、泡沫のなかで爆発的に物質が誕生する。カラコヘリアモントを経た宇宙は、あまたの星が集い、銀河を形成する。その模様はなかなかきれいなもので、つまりわたしはそのうつくしさに魅了されてしまったわけだ。

 こうして銀河の密集した〈宇宙〉を形成した泡を集めて観察してうっとりするのがわたしの日課なのだ。

 ところが、エディカンプレラくんである。
 彼はあろうことか、銀河に銀河をぶつけるのをもっぱらの日課としているのである!
 それも、楽しそうに!
 あんなうつくしいものをごちゃごちゃにしてしまうなんて、彼の美的センスを疑うこともしばしば。実にけしからん。信じられない。ひどい話だ。

 ……でも、彼はそれをよしとした。
 そして、とんでもないテクニックを編みだしたのである!

 〈宇宙〉を造成すると、偶発的に生命体がつくられることは、かつてから知られていた。
 生命体とは外界と膜で仕切られ、代謝をし、複製する物体のことだ。ただ、わたしも含め、社内でほとんど関心がなかった。どちらかといえば有機物の生成という観点で関心を寄せた社員がちらほらいたくらいだろうか。

 生命体なんて、偶然の産物以上のなにものでもないし、その星が滅べば生命体もまた滅ぶ。複製するといっても自動的に泡をつくってくれるわけでもなし。発展性がないのだ。

 ま、泡づくりに発展性なんて必要ない。というか、これを自動化させられたらわたしたちは辞めさせられてしまう。そうはなってほしくない。現状維持がもっとも素晴らしい。
 とにかく我々は数を生み出し、安定的に発生させていればいい。そうすれば、課長から叱責を受けることはないのだから。

 だから宇宙のなかの銀河を衝突させようなんて思いつくエディカンプレラくんは異端児でヘンなので、ワケわからんの代表なのだ。よって、デスクで一喜一憂する彼の姿は、良くも悪くも目立つのだ。
 それにしてもエディカンプレラくん、宇宙に生命体をはびこらせていたなんて驚きだ。しかも偶発的なものを丁重に扱うわけではなくて、雑な感じに量産をしていたというのだから。

 課長が話す受賞の経緯をまとめると、我らが社長は、生命体を複数の星でほとんど同時に生み出すことができるようになる点にいたく感動したという。
 しかも頻度を調整すれば、惑星内で高度で多様な生命体群を形成することも可能だという。
 そのカギとなるのが、スターバーストだ。

 スターバースト。
 格好よく言ってはいるけれど、銀河同士を衝突させることを業界用語で言っているに過ぎない。銀河同士がぶつかれば、当然爆発的に星が誕生する。
 惑星が増えれば、偶発的に生命が誕生する惑星の数も増える。
 エディカンプレラくんがとりわけ注目している被検銀河の観測惑星σも、生命が存在する惑星のひとつなのだった。

「おめでとう、エディカンプレラくん」
 席に戻った彼を、同僚が囲う。
「どうもどうも」
 なんて頭を下げたかと思うと、早速泡の観察をはじめる。同僚のねぎらいなんかより、宇宙のこれからのほうがずっと関心があるのだろう。

「しかし驚いたな。スターバーストを繰り返すことで、いとも簡単に生命体を増やすことができるなんて」
「別に僕は、生命体を増やそうとしてるわけじゃあないんだよ」
 エディカンプレラくんは、泡のなかを覗きながら答えた。

「そもそも、スターバーストは新星をつくるための術であって、生命体をつくるための術ではない。そこは履き違えないでほしいかな。僕らはそこまで干渉できないし、生命誕生の発端は惑星環境にゆだねられてる」

 宇宙空間には、数多の物質が漂っている。
 けれどもそのほとんどがアルトリマタラタと無機物であり、生命体に欠かせない有機物は、特殊な環境下でなければ発生しない。
 特定の元素がそろった状態で雷に打たれるなり、ウラン235鉱脈に隣接する間欠泉であったり。そんな都合のいい環境を整備するのは、夢想課の仕事であって、造成課の仕事ではない。
 わたしたちができるのは、せいぜい銀河と銀河がぶつかるよう調整することくらいなのだ。

「新星を生むため。そう、そこなんだよオレが不思議に思うのは」
 エディカンプレラくんと同僚の話は続く。わたしは盗み聞きを続けた。
「その力と生命体の多様化、それがどう関係あるってんだ」
「スターバーストによる生命体生成術において、肝となるのは、宇宙線なんだ」
「宇宙線……そうか、超新星爆発と同時に発生するものな!」

 新しい星が爆誕するときに生じる激しいエネルギーの塊ともいえる。
 銀河の中心で巨大な爆発が起きたとしても、宇宙線はどこまでも飛んでいき、銀河の端っこまで到来することだってある。

「まあ、当初はただ爆発させて遊んでただけなんだけどさ、ガスと地殻と液状の水を備えた惑星のなかに、激しい宇宙線を浴びると面白い反応を示すものがあったんだ。どんなのだと思う?」
「もったいつけずに教えろよな」
「液状だった水が、固体化したんだ。不思議だろう?」

 エディカンプレラくんが語るには、どうも宇宙線には、気化した水が飽和し細かな液体および固体に変貌する作用を持つらしい。
 我々の用語で端的に言うなれば〈雲〉が発生するというわけだ。

 さて、雲は一般的に白色をしていて、恒星の光を地殻や海洋よりも多く反射する。
 光を反射するということは恒星の熱を吸収せずに跳ね返すということであり、そうなれば惑星表面の温度は下がる。温度が下がれば、〈雲〉の主成分は固体化した水、要するに〈雪〉となり、それが地殻に降り注ぐ。
 雪は白色をしている。よって恒星の光は反射され、惑星表面温度はますます下がる。すると海洋も固体化する。寒冷化のサイクルに入り、やがて惑星は一面が白く、全球凍結にいたる。

 こんなくだらないことを、しかも勤務時間中に見つけだすのだ。ただのヒマ社員ではここまではいかない。
 エディカンプレラくん、君はヒマのプロフェッショナルだ。

「……水が固体化する経緯は理解したが、それって生命体にとっては厳しい環境なんじゃねえのか? とても生命体が多様化するようには思えんし、ほら、なんだっけ、光線を浴びて代謝をする……」
「光合成?」
「そうそれ。まともにできやしないだろ」
「できないね。火山や深海なんかを除いて多くは死滅する」
「だろうよ。それに、一度凍りついた惑星が元に戻ることなんてあるのか?」
「面白いことに、惑星には修復機能が備わってるんだ」

 その話に、きれいにまばたく泡沫を眺めつつ、わたしはほぉと感心した。
 惑星はその内部から、頻繁にガスを噴出しているようで、そのガスのうちいくつかは、熱をためるものがあるらしい。
 噴出活動は全球凍結後もなお活発におこなわれるようで、結果的に水の多くは液化するのだそうだ。

「で、そのガスのなかに二酸化炭素というものがあって、光合成によって大量の酸素が生み出される。酸素呼吸は、生命体にとってエネルギー代謝のいい呼吸方法なんだ。そして生命体は、いかに効率的な代謝をおこなえるか、いかに自らの同士を多く複製するか、まるで工夫でもするかのように、その姿を変容させ、多様化するんだ。ほかにもいろいろな要因があわさることがほとんどだけど、生命体というのは、何度か危機的状況に陥れたほうが、多種多様な姿をするようになるわけだ」

 これがエディカンプレラくんの生命生成術なのだった。もちろんこの現象は観測惑星σただひとつだけではなくて、環境の整った惑星の多くでもたらされた。

「コツとしては、安定してきたタイミングで凍らせる。惑星がプレートテクトニクスしてくれてるなら、生命体はしぶとく生き残ってくれるはずさ」
 生命体に対する信頼の深さが、ほかの社員とまるで違った。

 とはいえ、わたしは正直、そこまですごいとも思えずにいる。
 いや、別に僻みとか妬みとか抜きで、微細な惑星のいくつかに生命体が寄生しようがなかろうが、泡沫のなかできらめく銀河のきらめきに変わりはないのだ。
 わたしはこの場所から、ただのんびり泡をころがして見るだけのひとときを味わっていられるのであれば、それでよかった。

 造成課の仲間たちも、似た考えらしい。わたしたちの本分は泡をつくることだ。
 ミルクに〈素〉を垂らして、かき混ぜる。きれいな泡を見つけたら、こっそりデスクにコレクションして、あとはなんら変わらず。

 もしここが造成課ではなくて、夢想課や方向課だったら、まったく違った反応が連鎖したことだろう。彼らは、新たな発見や境地や法則はサンプリングして培養して検証しなくてはならないと考えてるような連中だ。さぞや息苦しかろうなと思わずにはいられない。

 造成課は、のんびりしているのだ。
 エディカンプレラくんの受賞に対する出来事はこれくらいで、それからしばらくのあいだ、変化の乏しい素晴らしい職場に戻ったのだった。
 では、もうずっと動きがなかったのかといえば、そうではなくて。

「なあなあ、ちょっと、これ、見てくれないか?」
 今度はエディカンプレラくんから、同僚へ声をかけるのだった。
「ん、ああ……なんだい」
 同僚はそっけなかった。社長賞の熱はすっかり冷めている。

「被験銀河の観測惑星σ! ほらこれ、驚きの生命体だ!」
 一方エディカンプレラくんは、薄い反応なんて気にせず、ぐいぐい来る。
「星喰いの生命体、だ!」
「なんだそりゃ」
 鬱陶しいものでも見るような視線を向けるものの、エディカンプレラくんはそれを興味と捉えたらしい。

「よくぞ聞いてくれた!」
 彼はぱちんと手を叩くと、宇宙を抱えて同僚の前に立ち塞がった。
「ここだ、惑星σのここだ。火山カタストロフィで絶滅するもんだと思ったんだけどね、ついに全大陸への進出を果たしたんだ」

 エディカンプレラくんの押しに負けたのか、あるいはヒマつぶしをすることに決めたのか、同僚の彼は泡のなかの微細な銀河の、これまた小さな惑星のなかでうごめく生命体の群れをまじまじ見た。

「……驚いた。分類群が繁栄してるもんだと思ったが、単一種じゃないか」
「ああ、そうなんだ。同じ属の種は、先のカタストロフィでいなくなってしまった。星喰い生命体だけが生き残った」
「単一種だけでここまで繁殖するなんて、今まであったか」

「あるといえばあるけど、彼らほどのサイズの生命体ではまずないよ。ここまで繁殖してしまうと、普通食物が不足してバランスは保たれるはずなんだけど、こいつら、星を喰うから」
「で、その妙なネーミングはなんなんだ」

「なんと、地殻の破片を使うんだ。その破片を用いて、他の生命体をエネルギー源にする。星を利用する生命体なんて、聞かないだろう? それってつまり、星を喰ってるようなものじゃないか」
 つまりこの生命体は、破砕した岩盤を用いて、それを牙や爪の代わりに他の生命体を狩るらしい。石槍とか石斧みたいな感じで。

「ああ。おまけに、エネルギーにするための生命体すら、自前じゃないか」
「非効率この上ないよね」
 のろけだ。エディカンプレラくんは、星喰い生命体を愛玩している。

 星喰い生命体は加えて、狩るときに石を使うのと同じ要領で土を掘り返し、光合成生命体を育て、それをエネルギー源にもするらしい。なんと回りくどいことか。
 がしかし、食物連鎖の輪を彼ら自身の重力場に置く試みのおかげで、単一種での爆発的繁殖を獲得したといえるのかもしれない。

「彼らが喰らうのは、石だけじゃない。鉄にアルミにカーボン、大気に海流にプレートテクトニクス、星々のまばたきさえ利用するんだ」

 星のまばたきを役立たせる点はとても興味深い。
 泡のなかのきらめきは、ただそれだけでうつくしい。
 となると、もしかすると星喰い生命体も、わたしと同じように星を見てうつくしさを抱くのだろうか。

「それだけじゃない。かつて生命体だったもの……僕はそれを〈化石燃料〉と勝手に名付けてるんだけど、これもいいエネルギー供給源になるんだ。さらにはウラン235まで」
「ウラン235? それってたしか、惑星σで生命体が誕生するきっかけになった物質だったな。さぞ有効に活用してくれてることだろうよ」

「そう! そしてつい今しがた、星喰い生命体は惑星σを発ち、近隣の衛星や惑星に降り立った!」
 それからは、すぐの出来事だった。
 あまりに一瞬の出来事だったので、わたしもエディカンプレラくんも同僚も、ただ経過を眺めることしかできなかった。

 星喰い生命体は、あっという間に各星に寄生を始めた。
 泡沫ひとつぶが生まれるよりも、星をひとつ寄生するほうがずっとはやかった。
 やがてこの生命体は、既存のメカニズムとはまったく異なる自己複製の手段を手に入れた。
 世代交代の流れはゆるやかになり、それと反比例するようにして繁殖の速度を上げていった。
 惑星σはとうに喰い尽くされ、周辺の衛星や惑星も喰われて死んだ。
 けれども星喰い生命体の繁殖力は圧倒的で、エディカンプレラくんの宇宙は星喰い生命体で埋め尽くされた。

「時空を超える術を身に着けたんだ」

 その一言が、ひとつの宇宙が滅ぶ辞世の句のように聞こえてしまったのは、次の瞬間には、泡のなかの星という星がすべて食い散らかされ、灰色の、すべてが無となった世界に帰し、泡はぱちんとはじけて消えたからだった。

 しばらくわたしたちは、呆然とその、かつて泡があったその一点を見つめるばかりだった。

 沈黙がつづいて、それから、わたしは少しずつ緊張をほぐし、やがて脱力した。

 やれやれ。
 やっぱり、なにがあろうと、世界は無に還るんですよ。

 その運命からは逃れられない。
 わたしたちは、泡のなかに夢を見てはならないってことだ。

 この中を覗き込んだとき、見てもいいのは、銀河のきらめきだけ。

 それだけでいい。

 そういうことなのだ。

 まあ、いいヒマつぶしにはなったかな。

 そう思って、机にコレクションしている、泡のつぶたちを見る。

 思わず、思考が止まりかけた。
 うつくしいかがやきを見せていた銀河団のきらめきが、あれよあれよと灰色に変わっていく。

 ひとつぶだけじゃない。
 あれも、これも、どれも……!

 もちろん、覚えのある侵食だった。

 星喰い生命体は、宇宙をも飛び越え、その繁殖力を拡大させていたのだ。

 泡という泡が、灰色になる。

 これは、緊急事態だ。

 わたしは叫んだ。

 正確には、叫ぼうとした。

 手遅れだった。

 星喰い生命体は、わたしたちのことを見ていた。

 そう、見ていたのだ。

 あの窓際の席から。この世界を。

 ……。


テーマ:ついつい目のいく窓際の席
「お題.com」(https://xn--t8jz542a.com/)より

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