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幕間005:構造と理屈なき展開【ユーメと命がけの夢想家】

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「ある脚本家は、世の中にあふれるすべての物語の構造を、10の類型にまとめたというわ」
「貴種流離譚とか、勧善懲悪とかいう話?」
「それは説話の類型ね。見るなのタブー、なんてのもそうだけど置いといて。とにかく物語というのは数あれど、その構造というのは出つくされていて、いわゆる〈オリジナリティ〉というのは、もっと別の部分に宿るんでしょうね」
 今日のユーメは、いつも以上にぶつくさとぼやいている。僕に向けて話してるようでいて、自らの考えを深めようとしているようにも思える。

「つまり、ありきたりな構造をしていても、いい作品であれば、読み手は新鮮さや面白さというものを感じ取ってくれる、ということなの」
「それは分かる」
「逆に言えば、盤石な構造だと思っていても、陳腐で新鮮味に欠けると感じる場合だってあるってこと。そして、その多くは――独断と偏見が多分に混じっていることを承知の上で――ありきたりでつまらない〈オチ〉を目にしてしまったときに、抱いてしまうものなの」
 ああ、ユーメが言いたいことは分かった。
「つまり夢オチはサイテー、と言いたいんだな。でもいいだろ、書きたくなったから書いたんだ。こんなオチ、こういう機会でなきゃなかなか使えないんだし」
「愚かね。そんなつまらない結論ありきでこんな回りくどいことを言いたいんじゃないの。夢オチだってループオチだって、上手くハマればいい作品だもの」

「じゃあなにを言いたいんだ」
「……君、オチに困ったから使ったでしょ」
 その節がまったくなかったとは言わない。冒頭1/4を過ぎても、ラストがどうなるか見当もつかなかったのは認める。

 今回の話は、「とにかく部屋が異世界になってしまった感じを描きたい」という考えだけで書いた。すなわち、ゲームのコレクションの内容がどうとか、夢なのか現実なのかだとか、山本と修一がどういう関係だとかは、僕にも分からない。なにも考えていない。
 この物語のなかに〈作者の意図〉なるものがあるとするならば、変わりゆく世界の描写、アパートの描写だけだといえる。それ以外は、物語らしくみせるための添加物にすぎない。

「ずいぶん開き直ってるのね」
「言い訳したり取り繕ったり誤魔化したりするよりかはマシだろう」
「【幕間】を読んでから本篇を読む人にとっては、意欲減退の要因にしかならなそうだけど」
 その点は大変申し訳ない。
 けれども、態度を改めるつもりはない。
 〈添加物〉と先述したけれど、それは決して手を抜いたわけではないからだ。
 書きたいもの、物語の核となる部分だけを書いたとしても、それは物語になることはない。意符と音符で漢字が成るように、核だけ書いても人には伝わらない。その前後の積み重ねによってようやく、核心部分を予感させることができる。少なくとも僕はそう考えている。
 だから、世の物語には、多かれ少なかれ〈添加物〉が含まれているわけであり、これがあるからこそ、物語としてのかたちを保つことができるのだ。

「だから今回の作品は、オチがどんなものであれ、よかったんだ。山本コレクションの危機を救う方向でもよかったし、宇宙空間のなかでサバイバルをするのでもよかったし、なんなら爆発オチでも構わなかった」
 ユーメの冷ややかな視線が突き刺さるけれど、本当にそうだったのだ。
 そして、どんなラストシーンにするかを考えているうちに、あることを考えるようになっていた。

「ジャパニーズホラーってあるだろ?」
「まあ、あるけど……君、相変わらず話が飛躍するね」
「正直、僕はホラーがあまりにも苦手で、こうやって話をするだけで背筋がぞくぞくして気味悪いんだけど」
「じゃあ話さなければいいのに」
 せっかく恐怖に耐えながらこれを打ち込んでるんだから、おとなしく聞いてくれ。

「日本のホラーって、欧米のものと比べて、〈理屈じゃ通用しない気味悪さ〉ってのがあるように思うんだよね」
「まあ、よく言われる話ね。普通、テレビのなかから女の人が出てくるはずないし」
 欧米のゴーストやモンスターは、明確な殺意をもって襲い掛かってくるし、牙や斧やチェーンソーなんかで、あからさまに傷をつけようとしてくる。
 一方で、日本の幽霊や怪異は、得体のしれない方面で恐怖を与えてくる。呪いだったり、髪が伸びたり、首が伸びたり、10円玉から指が離せなくなったり。
 もちろん、例外はあるけれど。ただ、欧米のホラーは、殺されるからとか、グロテスクだからとか、なにかしらの理由があっての恐怖だ。日本のホラーは、襲いかかってこなくても、臓器や血をぶちまけずとも、突っ立ってるだけで、怖い。

「今回の作品を書くにあたって、そんな〈理屈じゃ通用しない気味悪さ〉ってイメージがつきまとって離れなかったんだ」
「それにしては、ホラーって感じの話じゃない気もするけど」
「ホラー的なものを摂取してないから、そりゃ書けるわけない。でも〈理屈じゃ通用しない気味悪さ〉っていうセンテンスは、活かせる気がしたんだ」
「確かに、今回の作品は最初から最後までしっちゃかめっちゃかな感じで一貫してたね」
 言い方言い方。

 でも、実際しっちゃかめっちゃかなのだ。
 夢のなかの話だから、理屈が通ってなくても不思議と納得してしまい、そのまま話が進んでしまう。かと思えば、ボロアパートやジャングルやの描写はやけにリアリティがある。夢から覚めたと思えば、広大な砂漠のなかに、布団と自分がぽつんといる。もはや、夢なのか現実なのか、わけが分からなくなる。
 オチ含め、ありきたりな物語であることは承知の上だ。それに、似た話でなおかつずっと面白い物語ならば、きっと『世にも奇妙な物語』で既出なのだと思う。
(一応断っておくが、僕はホラーが苦手なので、『世にも奇妙な物語』も観たことがない。あれはホラーの部類だと勝手に認識している)

 ありきたりかもしれない。既出かもしれない。陳腐でつまらないかもしれない。誰にでも思いつくような物語なのかもしれない。
 でも、それをちゃんと書く、ということは、なによりも尊いことなのではないかと、そんなふうにも思う。
 つまり僕は……こう言うと、今まで長々語ってきたことの正反対を言うようで、戸惑うかもしれないけど、ウソでも偽りでも誇張でもない、この作品を、唯一無二のもので、新鮮味があって面白くて、僕だけが思いつける特別な作品だと確信をもって書いたのだ。

 僕は自信というものをどこかに置き忘れてしまった人間だ。
 それでも、僕が書いた作品については、かろうじて胸を張ることができる。そこに魂が刻まれているからだ。
 ただ、昨年の8月に、その〈かろうじての自信〉が音を立てて瓦解した。
 もう僕はなにも書くことができないし、書いたものもなんの価値もないのだと疑えなかった。
 だから、久しぶりなのだ。
 こうして、根拠のない自信を抱ける僕と再会するのは。

「さて、そろそろ次のお題と邂逅しようか」
「今日はやけに駆け足気味じゃない?」
「そういう日もあるさ。結構話した心地ではあるんだけどね」
 〆切直前というわけでもないから、心の余裕はある。いやむしろ、早く次の作品に取り組みたいとさえ思うわけで。
 まあ、ユーメとの語らいをおざなりにしている感じは、あまりよろしくはないと思いつつ。

 『お題.com』から、ランダムお題をひとつ。
 次なるテーマは。

【ついつい目のいく窓際の席】

「……んん」
「なに、すごく神妙な顔つきで」
 にまにまと見つめるユーメは、とても楽しそうだった。
「もちろん、という言い方は逆に独断的で、自分がスタンダードだと言い張ってるみたいで大変恐縮なのだけど」
「高慢なのか控えめなのかはっきりしないね」
「このお題を見て、〈学校〉のワンシーンが真っ先に浮かんでしまったんだ」
「別に、いいんじゃないの?」
 しかし、天邪鬼な僕は、こうも思うのだ。
 〈学校〉なんてワードは、このお題のなかに入っていない。家の窓かもしれないし、職場かもしれないし、汽車かもしれない。学校以外の窓際の席で書きすすめたほうが、おしゃれだしいいのではないか。
 創作的な引きだしを考慮してみても、〈学校〉という便利舞台に頼りきりで、他の設定を増やすべきなのでは、などとも思う。

 その一方で、プロデューサーな僕は、こう考えるのだ。
 どうせこだわれば時間が足らなくなる。第一印象は大切にしていこう。舞台は学校だ。それ以外の舞台だって、これを続けていればいくらでも書けるだろう、と。
 いやしかし、それでは書いてるんじゃなくて、書かされてる感じがするわけで……。

「つまり、平常運転ってことね」
 相変わらずユーメはニッタニタと笑みを洩らす。こいつ、もしかすると毎度のお題決めで見せる僕の反応を、心から楽しみにしてるんじゃなかろうか。まったく、趣味の悪い奴だ。

「ま、期待せずに楽しみにしてる」
 そして、いつものように僕の背を軽くたたいてくれた。
 ついつい目のいく窓際の席……一体その席で、なにが起こっているのか。
 僕も楽しみだ。
 さあ、また短い1週間が始まる。僕の頭のなかは、次の物語のことでいっぱいだ。

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