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ガールズバンドクライの舞台は「いつ」なのか? 3つの説から謎に迫る

6/10追記あり

『ガールズバンドクライ』が熱い。
毎日周回してる。誇張ではない。

ストーリーがいいのだから、仔細な部分にまで手が加わっていることだと思う。
(そして、観察すればするほど気になる点や疑問点も浮かぶわけで、この「気になる」が深堀りの原動力になるのだ)

物語に登場する小物や背景、セリフ、演出その他諸々から、この作品がどのように企画され、構成され、制作されたのか、その軌跡を辿るのである。

というわけでいくつかの着眼点でもって『ガールズバンドクライ』を深堀りしていきたい。

シリーズ化するかは定かでないが、第一回は、
【ガールズバンドクライの舞台は「いつ」なのか? 3つの説から謎に迫る】
と銘打って、
本作がいかに深掘りし甲斐のある作品であるか、皆様をご案内したい。

また、この記事は10話現在判明したものを列挙している。
11話以降の描写で判明することもあるし、その際は都度追記をする。

はじめに:意図的に隠されたXX年

突然脱線してしまい恐縮であるのだが、
僕は以前、別の作品で似たような試みをしたことがある。
2022年に放映されたアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』である。

詳細は上記記事を参照していただきたいが、
アニメ(そして原作も)『ぼっち・ざ・ろっく!』は舞台が何年であるかを特定するのは比較的容易であった。

そのため当初、『ガールズバンドクライ』も容易に何年が舞台であるか判明するものだと思った。
しかしその予想は裏切られることになる。
本作は『ぼっち・ざ・ろっく!』と違って、意図的に物語が「いつ」の話であるか隠されている。

というのも『ガールズバンドクライ』には、年月日を示すものがことごとく省かれているためである。
アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』と比較しやすい題材として、ライブハウスのポスターを比べてみると、

©東映アニメーション
5話20:54
©はまじあき/芳文社・アニプレックス
2話14:35

一見分かりづらいかもしれない。しかし『ガールズバンドクライ』ではライブの開始時刻は書いてあるものの日付の表記は一切ない。
(OPEN/STARTの時間が表示されているのに日にちが書かれていないのは、よく考えて見るとライブ告知ポスターとして不可解である)
一方『ぼっち・ざ・ろっく!』では、

©はまじあき/芳文社・アニプレックス
2話14:35
(一部切り取り)

上記3枚のポスターに日付が記載されている。
左のポスターは2021年8月27日、
真ん中のポスターは2021年2月10日、
見切れているが右端のポスターは3月17日あるいは5月17日だと分かる。

よってライブハウスの画像だけでもざっくり2021年前後が舞台なのだろう、という推察が可能である。
このような鍵が作中全体に散りばめられているので、最終的にアニメ版のぼっちが結束バンドに加入したのは、2022年5月9日月曜日であるところまで導くことができるのであった。

しかし『ガールズバンドクライ』において、意図的に年が伏せられている。
分かりやすい例を2つ挙げよう。

1例目は、2話冒頭にちらりと登場する豆腐である。

©東映アニメーション
2話6:55

原材料の部分は細やかに記載がされている一方で、賞味期限はXX表記となっている。
このシーンを見たとき「ああ、この物語は『今』が舞台なのだな」と直感したし、一筋縄ではいかないことを悟った。

なぜそう感じたかは後述するとして、2例目はより顕著である。

©東映アニメーション
10話13:26

謝罪文の右上に日付があるが、そこには
20XX年8月1X日
と、あからさまに具体的な年代が伏せられていることが確認される。
特定するにあたって非常に難儀であることはその通りなのだが、
一方で読み取れるものもある。
それは、10話の帰郷時点で物語は「8月」の半ばであるということである。

豆腐のようにすべてを伏せることもできたしライブハウスのポスターのように日付を省いた体裁にしてしまってもよかったものを、
わざわざ20XX年8月1X日と記載したということは、それ相応の理由があってのことだろう。

「いつ」が舞台であるかを辿る旅路は、言い換えるのであれば制作者との対話である。
年代を直接描くことはないけれど、それは制作序盤から「年代不明」の物語として進められてきたわけではない。この物語を描くにあたって、年代の表記が不必要であったから、あるいは妨げになるから、あえて表に出さずにいるのだ。

ではなぜ伏せられているのだろうか。
具体的に何年、と表記があれば、よりリアリティになる世界になるように思うし、
それは本作が川崎という具体的な街で、しかも吉野家をはじめとした各施設を綿密に描いている、
そうした描写は仁菜や桃香たちが「今」を生きているのだと感じさせてくれるし、リアリティの追求はこの作品の重要な部分であるはずだ。
であるならば、ささっとポスターや賞味期限や謝罪文に「2024」の4文字を添えでもすれば我々はより親密さを抱く。
そうではないだろうか。

答えは否である。

年代が特定されるということは、ある意味でその年代に囚われるということでもあるからだ。

時というのは等しく一方的に過去を足跡に先へと進む。
我々もまた、どれほど過去にすがりつきたくても、時に肩を掴まれ、共に先へと進まざるを得ない。
ゆえに『ガールズバンドクライ』の世界に、もし仮に「2024」の刻印が刻まれたとすれば、この物語は今日観ても「2024」だし、再来年観ても「2024」の話として受け止めてしまう。
年月を経るごとに、「今」の物語は過去のものへと変わってしまうのだ。

「いつ」であるかをあえてぼかすことで、『ガールズバンドクライ』の世界は我々と共に「今」を歩むことができる。
いつの日かこの物語に「時代遅れ」のレッテルを貼られる、そのときまで。

というわけで、「今」を感じさせるためにあえて「いつ」の描写を省いているのだと推測できる。
しかしだからといって製作段階から「いつ」を省いて作られているとは考えにくい。舞台を架空の街ではなく「川崎」にするのと同様、具体的な年月日を設定してつくったほうが、明らかにリアリティある作品になりやすいからだ。

それはつまり、腰を据えて物語に散りばめられた事物をなぞれば、おのずと仁菜たちが「いつ」の時代で息をしているのか理解できると言えよう。

そこで僕は検証を開始した。

10話現在、3つの説まで絞り込むことができた。
その軌跡をここに記す。

2021年説:川崎セルビアンナイト

年月日を示すものがことごとく省かれている、と書いたが、実は10話現在、
たった1ヶ所だけ日付が登場する。

それは、
川崎セルビアンナイトのチケットである。

©東映アニメーション
5話4:19
©東映アニメーション
5話4:45

DAY 06.06 sun
検証するにあたりなんと大助かりなことか、日付と曜日までしっかり記載されているではないか。
月日と曜日があれば、「年サーチカレンダー」で何年であるかを数候補に絞り込むことができる。

当てはめてみると6月6日(日)は2010年、2021年、2027年、2032年付近が妥当であるように思われる。
このうちSNSの未発達であった2010年は除外される。
(参考:LINEのサービス開始は2011年6月23日)

2027年や2032年に関しても、

©東映アニメーション
5話4:45

2024年7月3日に1000円札が野口英雄から北里柴三郎に変更されることを鑑みると、3年後もしくは8年後に5枚ともすべて旧1000円札が出てくることは考えにくい。
(このシーンで5枚の野口を出したルパが秘蔵の旧1000円札を開放したと解釈すれば分からなくもないが、であるならば古銭集め趣味の描写や公式設定があって然るべきだと思うし、そもそも古銭開放する理由が薄すぎるために可能性はないものとする)

漱石から野口に入れ替わった際の経験則的に、1年程度で紙幣はずいぶん入れ替わったような記憶がある。
実際にはそうではないかもしれないが、しかしそもそも「今」を感じさせる作品で近未来を舞台にするのは相当のリスクが生じる。
特に昨今は1年後も同じような日々を過ごせるのかさえ怪しい。よほど重大な理由がないかぎり、不確定な未来を舞台にするより我々が経験した「ちょっと前」を舞台にしたほうがリアリティある現代を描くのに向いている。

よって、川崎セルビアンナイトのチケットに表記された「DAY 06.06 sun」から、この作品は2021年が舞台であると考えられる。

……では『ガールズバンドクライ』の舞台は2021年で確定かといえば、否である。
2021年だという前提で考えると、他の描写に齟齬が出るためである。

それは10話冒頭、下北沢CLUB Queでのライブ後の描写である。

©東映アニメーション
10話00:45

この場所は下北沢南口商店街のビッグ・ベン付近だと思われる。

(ファーストキッチンがワクドナルドになってるの面白すぎる)

注目すべきは画面左、仁菜たちが座る、踏切のあるベンチである。

このベンチは2022年夏に新設されたもので、おそらく下北沢再開発の一環としてつくられたものだろう。
引用ポストの7月27日段階では工事中であるが、ストリートビューの2022年9月段階では作中と同様の姿になっている。
(ちなみに踏切ベンチができる以前は時計台が建っていた)

また別のシーンでは、京王線高架下にあるミカン下北A街区の階段が登場する。

©東映アニメーション
10話4:04

ミカン下北A街区の竣工は2022年3月で、画面奥のB街区の竣工は同年7月である。
工事中の幕などはないため、作中でも2022年7月以降であることが伺える。

よって、『ガールズバンドクライ』の世界は2022年以降であると考えられる。

続いての説を紹介しよう。

2022年説:電車の時刻表

前項で2022年以降であると結んだが、次に具体的な年を絞っていきたい。
まずは2022年説である。

これは時刻表から導く方法である。
JRは毎年3月ごろにダイヤ改正がある。よって時刻表の描写があれば年の確定が可能なのだ。

なんか家にあった。
電車好きな父に感謝。

『ガールズバンドクライ』では1話と10話に時刻表の描写がある。
まず1話を見てみよう。

©東映アニメーション
1話0:56

ここに6本の電車の出発時刻が記載されている。
過去のJTB時刻表を確認すると、この6本の発車時刻に該当するダイヤは、2021年3月13日~2022年3月12日までのダイヤが該当する。
(ただし列車名や行き先、発車番線、運転期日まで該当するものはなかった。あくまで発車時刻のみ合ってるものである)

1話では雪が降る描写(2:28~)があることから、季節は冬であることが分かる。
(仁菜も冬服を着ている)
するとこのシーンは2021年12月~2022年2月ごろであると推測できる。

10話では熊本駅の乗車案内板が登場する。

©東映アニメーション
10話9:55

1番線は豊肥本線下りで、2番線は三角線下りである。
この4本の電車は、2022年3月12日~2023年3月17日のダイヤに該当する。

10話は先述の謝罪文から8月であることが分かっているので、2022年の8月であると考えられる。

よって『ガールズバンドクライ』の世界は主に2022年が舞台であると考えることができる。

ちなみに10話アイキャッチに登場する熊本駅にも乗車案内板が登場するが、そちらの乗車時間を調べると、2024年ダイヤであることが分かる。
つまりアイキャッチの画像は2年後の世界であると考えられる。

舞台が「いつ」であるかの説は、これを含めて3つあるのだが、
僕はこの2022年説が最有力であると考えている。
東海道・山陽新幹線のゆらぎが気になるとお思いの方も多いかと思うが、むしろそれがこの物語が2022年であることを裏付けしているようにも思う。

というのも、発車番線や行き先のゆらぎは実際の表示を撮影して無機質的に3D化させたわけではなく、
時刻表やその他資料をもとに「つくられた」痕跡であると言えるからだ。
つまり適当な時間を入れたのではなく、明確な意図をもって2022年の発車時刻が設定されたのである。

この物語はフィクションであり、実際の人物・団体・名称・法律・場所とは一切関係ないとしつつも、これほど細かい部分にまで現実に寄せようと努めているのだと気付いて、僕はひどく感銘を受けたのであった。


余談ではあるが、10話の終盤で東京駅の新幹線ホームが登場し、そこにも乗車案内板がある。

©東映アニメーション
10話20:35

18番線の2本、「13:20」と「13:38」の新幹線は、2020年から2024年の時刻表を調べても該当するものがなかったことを付け加えておく。
(近いもので「13:21」と「13:39」はあった)
なお見切れている19番線はおそらく「13:33」「14:12」「14:30」だと思われるが、その3本は2022年3月12日~2023年3月17日のダイヤに存在する。例によって列車名や行き先は異なるものの。

2023年説:吉野家の価格

電車の時刻表から2022年説を導くことができたわけだが、別の場所に向けると、また異なる説を唱えることができる。

それは吉野家の価格から導く方法である。

吉野家は近年、毎年のように値上げをしている。
無論値上げは吉野家だけでなく、世の中全体がその流れを受けていることは自明であるわけだが、そのため価格を調べれば年代の特定をすることができるのではないかと考えた。

©東映アニメーション
1話11:48

とはいえ製作者も理解しているのか、多くの場面で価格は伏せられていたり、ぼかされたりしている。
上記画像の「肉だく牛丼」にある不自然に赤く塗りつぶされた箇所は、本来価格が表示される場所であるが、本作では見えないようになっている。

©東映アニメーション
6話6:27
ちなみに別シーンの赤塗部分には
「朝定のご飯増量ご飯おかわり無料」とある。
朝定とは朝定食のこと。
今度行こうと思う。

しかし10話現在、たった1ヶ所だけ判別可能なものが存在する。

©東映アニメーション
6話7:13

それはこのシーンであるのだが、右下のメニュー表を拡大してみると、

©東映アニメーション
6話7:13一部拡大

値段や品目が表示されている。
(正直ここまで丁寧に手掛けていることに驚きを隠せない)
試しに「定番の朝定」欄にある「納豆定食(税込399円)」「特朝定食(税込599円)」「焼魚定食(税込499円)」を下記サイトにて確認すると、

3品目とも2022年10月~2023年9月の価格帯と合致する。
6話は、5話セルビアンナイトライブ(6月6日)以後、10話仁菜の帰郷(8月1X日)以前であるため、『ガールズバンドクライ』の世界は2023年であると考えられる。

しかしながらメタ的な理由を考えると、吉野家メニュー表は単なる処理ミスなのではないかと思う。
本来価格表示のあるポスターの価格をわざわざ伏せているということは、それ相応の理由があるはずである。
(吉野家からそう依頼されたからとか、2024年6月現在と異なる価格であるからとか、あるいはその両方か)
おそらく製作者が吉野家川崎西口店の取材に赴いたのが2022年10月~2023年9月の期間中で、そのモデルをまるまる描写した結果なのだと思われる。
(円盤化した際、もしこのメニュー表に修正が加わったとしたら、僕は感激して跳び跳ねてしまうかもしれないなどと思うのでした)

余談:登利亭

ちなみに価格という点で余談を申し上げると、5話のBパートに居酒屋「登利亭」が登場する。

©東映アニメーション
5話12:52

注目すべきは張られたメニューである。
吉野家と異なり、こちらは作中でもガッツリ価格が表記されている。
この価格からも、『ガールズバンドクライ』が「いつ」の物語であるか、ある程度絞ることが可能である。

「登利亭」は実在する川崎の居酒屋で、食べログ他、あらゆるグルメサイトにその名を見ることができる。
https://tabelog.com/kanagawa/A1405/A140501/14007603/

作中に書かれたメニューの料金と、食べログに掲載されている過去のメニュー写真を照らし合わせてみると、ある時期にズレが生じる。
たとえば「ササミのワサビ焼・チーズ焼・メンタイ焼」であるが、
作中では「594円」
2024年4月28日「594円」(つまり現在の価格)
2022年5月19日「594円」
2021年4月3日「540円」

と、2021年4月4日~2022年5月19日のあいだに価格改定があったことが伺える。
「登利亭」のシーンは、セルビアンナイトライブ(6月6日)より前の日であり、すばるの制服の衣替えの有無から、5月中であると考えられる。

©東映アニメーション
5話17:35
「登利亭」では冬服
©東映アニメーション
5話20:49
ライブ当日(6月6日)では夏服。
以後の描写ですばるが冬服を着ている描写はない。

では価格改定がいつあったのか。
具体的な日程は不明であるが、世界的なインフレによる価格高騰がダイレクトに来たのは、2021年の下半期ごろであった。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2112/27/news072.html

よって「登利亭」の値上げ、すなわち作中と同じ価格帯になったのは2021年下半期以降であったという推察が可能であり、
そう考えると『ガールズバンドクライ』の世界は2022年以降である、という結果に至る。

吉野家と登利亭の描写の違いを考察するのも、また面白いだろう。

まとめ:「今」が舞台だ。

以上、3つの説を皆様にご紹介した。
川崎サルビアンナイトのチケットの日付から、2021年説。
電車の時刻表を調べることで判明した2022年説。
そして作中に登場する吉野家の描写から辿る2023年説。

10話現在では正直決定打に欠けている。今後の展開次第で確定するかもしれないし、また別の説が登場するかもしれない。
言えるのは、おそらく2022年以降が舞台である、ということと、
何年が舞台なのかはどうでもよくて、「今」この川崎に彼女たちが生きている、ということであろう。

なにより僕はこの探求を通して、
3DCGアニメーションという日本では馴染みの薄い媒体で、ここまで綿密に「今」を描こうと試みているのだという製作者の気概にただ敬服する。
今後の展開が見逃せないし、どうか最後まで突っ走ってほしいし、あわよくば24クールくらいやってほしいと願う。

気が向いたらこれからも『ガールズバンドクライ』について、あらゆる点に注目した深掘りをしていきたいと思う。
井芹仁菜と河原木桃香が出会ったのは何月何日なのかとか、中卒確定ジャンプと名高いあのシーンの不思議とか9話でルパがドアを蹴り破った理由とか作品全体の感想とか……。

どうかこの記事が、あなたの『ガールズバンドクライ』の世界の彩りになることを願って。


6/10追記
時刻表に関してだが、読み方に詳しい父に話を伺ったところ、臨時便は発刊直近の数ヶ月しか記載されていないことが判明した。
すなわち東海道新幹線の2021年12月から2022年2月頃のダイヤは、時刻表の12月号やその付近のものにあたらなければならない。
今後さらなる調査が必要であることが明らかになったことを追記として残しておく。

【参考】

Amazon Prime Video『ガールズバンドクライ』
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CVDR3T72/ref=atv_dp_share_cu_r


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