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【第3回】僕は旅をはじめた。【ち】ママチャリのエッセイ(118P)

 僕はよく休日に自転車を使ってサイクリングをする。
 別にどこに行きたいだとか、欲しいものがあって行くわけでもない。自転車もサイクリングに適するマウンテンバイクではなく、僕の自転車は俗にいうママチャリだ。前にカゴがあり、後ろに荷台が付いている。七段ギアがあるのでまだマシだが。
 そんな自転車に乗ってまでサイクリングをしたいのは、新しい世界を見てみたいからかもしれない。

「ママチャリのエッセイ」ってこんなお話

人生で三回、賞に原稿を送ったことがあります。そのすべてがこの『あめつちの言ノ葉』に収録されています。
「【に】四月の蝉(390P)」
「【ほ】遙か彼方の空の下、桜舞い散るミツナの詩(124P)」
そして
「【ち】ママチャリのエッセイ(118P)」です。

上記2作品は一次選考で落ちましたが、このエッセイは、奇跡的に奨励賞だったか佳作だったかをいただいた記憶があります。
受賞の報を聞いたときの実感のなさは今でも覚えていますが、一方で「自分と面識のない人が読んでも楽しめるものが書けるらしい」という事実は、「ものを書いてもいいんだ」という許しを得たように思えたのでした。

記録を漁ると、このエッセイは2006年8月、文字数約2231字、中学2年生の夏休みの宿題で書いたものだとあります(2007年という説もあります)。ずんば史上唯一の黒歴史小説「【つ】トリガー(71P)」とほぼ同時期に書かれた作品ですね。
片や受賞作品、片や黒歴史というのは、不思議な巡りあわせと言えます。

サイクリングが大好きな「僕」は、地元平塚市から海や山や川を走ります。江ノ島や津久井湖を走るエピソードを交えながら、移りゆく風景の変化を情緒豊かに描くさまは、今読んでも旅する気分にさせてくれます。

ずんば作品の感想をいただくと(ありがとうございます)、ときおり「情景描写が好きです」というコメントがあります。その情景描写は、ある意味でこのエッセイから始まったと言ってもいいかもしれません。
少なくとも、このエッセイを書いたころは、情景描写が得意だということを意識してはいなかったと思いますし。

自転車三昧の中学・高校・大学前半

私、今田ずんばあらずは「旅する小説家」を自称してものを書いたり旅をしています。
フィクションのいできはじめは「【あ】ソフィアの物語(仮)」だとすると、ノンフィクションのいできはじめはこのエッセイと言えます。

とにかく、僕は自転車と共に数多の地を訪れたのでした。

最初の自転車旅は、近所にあった団地めぐりというのは、『アレVol.5』に寄稿した「旅支度はマンホールのフタから」に詳しく書いておりますが、
それ以降、例えば
「江ノ島までの海岸サイクリング」
「小田原・長興山のしだれ桜へ」
「三浦半島・剱崎灯台、城ヶ島へ」
「津久井湖フィールドワーク」
「神奈川各地のデザインマンホールさがし」

などなどをしました。

このうち、三浦半島の剱崎灯台は、セルフ聖地巡礼ともいえます。
「【ほ】遙か彼方の空の下、桜舞い散るミツナの詩(124P)」の主人公は剱崎ユウトで、その名の由来となる場所へ訪れたのでした。
また津久井湖は「【ら】翼の生えた少女(166P)」シリーズの舞台です。

その後、自転車旅は神奈川県を飛び出して
「日帰り東京タワー見物」
「千葉県習志野市の友人宅へ」
「東京湾一周の旅」
「御殿場市へ」
「道志村経由山中湖行きの旅(テント泊お試し)」
「自転車で関東一周してみた。」

といった具合にサイクリングをしながら、「お庭」を広げていったのでした。

特に最後の自転車で関東を一周した旅は、僕にとっての自転車旅の最大領域になっています。
2012年、大学2年生の夏、20歳になったばかりの旅です。
こちらは書籍化してますので、ぜひ!

自転車ではない旅を
 ~徒歩箱根越~


大学2年の夏に、自転車で関東を一周した僕は、近所をサイクリングしながら、来年の夏にどこへ行くか考えていました。
というか、場所は決まってました。
東北、津波被災地です。

2011年3月11日に起きた東日本大震災(ちょうど高校を卒業したばかりの日でした)は鮮明な記憶として残っていましたし、
茨城県の海岸沿いを訪れたときに津波で被害を受けた公園の様子を見たとき、「僕は東北の地を訪れなきゃいけない」と思ったのでした。

しかしながら、被災地を行くとなると、相応の準備が必要になります。
計画当初は自転車で行くつもりでしたが、パンクがネックで断念しました。
そこで、徒歩で三陸を縦断する計画を立ち上げます。
「歩くんかいっ」というツッコミが来そうですが、電車はお金がかかるし、テント泊と相性が悪いんです。
(原発付近に行きたいというのもありました)
そうなると、三陸のくまなくを巡りたい自分としては徒歩で行くのが一番だという判断に落ち着きました。

ただし、テントとシュラフと水食糧を積んでリアス式海岸の起伏を歩ける自信はなかったので、試しに箱根を越せるか挑戦することにしました。

出発は三島駅。芦ノ湖、箱根湯本を経由し、東海道をひた歩き地元平塚まで、1泊2日、約55kmの旅路です。

結果から申し上げると約40km地点、国府津駅(小田原市東端)でリタイアしました。
下半身の筋肉と関節がズタボロで、精神的にもかなりキてました。道中小雨が降っていたので、体力も限界でした。
父の車に乗って我が家に戻るとき、「どうしてこんなあっという間に着いちゃうんだろう」と独り言ちた記憶があります。

ただ、なにも収穫がなかったわけではありません。
・歩くということの楽しさ、スローさ故の発見があるということ。
・江戸時代に整備された箱根街道は、実は思った以上に長い距離が保存整備されていて、遊歩道・登山道として通行できること。
・時間制限や荷物さえなければ、案外疲れることなく歩けるということ。
(箱根自体は越えることができた)
・大容量登山ザックというアイテムを手に入れたこと。


徒歩箱根越えは自転車に括られない「旅」そのものの楽しさを知ることができた、大切な体験でした。

被災地さんぽめぐり、そして

というわけで、被災地旅(初回)は青春18きっぷを駆使しつつ、宿泊しながら気になる場所は重点的に滞在する方針で決定しました。
この旅の詳細は「【ふ】イリエの情景~被災地さんぽめぐり~陸前高田市篇(1066P)」のときやそれ以外のときで語るかと思います。

被災地旅は何度かしています。
代表的なのは
・2013年初旅
(遠野、釜石、陸前高田、気仙沼(南三陸)、仙台、石巻、名取、いわき、広野、楢葉、高崎、籠原、深谷、富岡)
・2014年夏気仙沼滞在
(気仙沼)
・2016年1月22日~23日衝動的に(1回目)
(石巻、仙台、名取他)
・2016年4月22日~24日衝動的に(2回目)
(大船渡、南三陸他)※道の駅さんりくで『イリエの情景』の構想を浮かべる。
・2016年7月26日~8月4日車放浪記
(山梨県白州、長野県諏訪湖、霧ヶ峰、美ヶ原、栄村、秋田県由利本荘、東由利、岩手県花巻、遠野、陸前高田、大船渡、宮城県石巻、女川、気仙沼、福島県浪江、茨城県古河)
・2017年2月27日イリエ3巻フィールドワーク
(遠野、女川、名取)
・2017年6月文フリ岩手遠征
(石巻、女川、気仙沼、盛岡他)

その後、自家用車での旅や、地方同人イベントへの遠征など、日本全国をめぐるようになったのでした。

「ママチャリのエッセイ」は、今の自分からすると、庭のなかで遊ぶ少年時代のほほえましいお話です。
しかしながら、このほほえましい冒険がなければ、今の自分は決して育たなかったと思います。
「●●へ行った」という事実よりも、その道程でなにを見て、なにを感じ、なにを思ったのか……そして、それをエッセイのなかで言葉にして表現したということが、今の自分に直結するわけです。

最近、旅の規模は大きくなりましたが、「にを見て」「なにを感じ」「なにを思ったのか」向き合う機会が減りつつあるように思えます。
徒歩箱根越えのときもそうでしたが、時間に余裕のあるスローライフな旅をしながら、文章をしたためる……そんな旅をまたしたいものです。

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ボイスロイド動画を手掛けるアカツッキー(Twitter@A_CH_0711)先生が、なんと『あめつちの言ノ葉』を読み解く連載をしております!!
収録数48篇、1500ページ、約600,000字というとんでもない化け物文庫短篇集(日本最厚)ですが、果たして連載は無事完結することができるのでしょうか……!
ずんば、とても楽しみです!
チェックですチェックです!

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1500ページで振り返る、ひとりのもの書きの生きざま。
『あめつちの言ノ葉』
BOOTHで入手可能ですので、気になる方はぜひ手に取ってその重量感を確かめてみてください……!!

(2022/06/25追記『あめつちの言ノ葉』完売しました!)


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