Lajos Jancsi

好奇心と怒りが主な動力源のアステカ神話マニア。アステカ神話に関する誤情報の検証などしています。

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マガジン

  • 有名だからといって信頼できるとは限らないアステカ神話

    アステカ神話の有名なエピソードは実は原典には無かった? 広く知られているけれど意外と根拠があやふやだったり誤解だったり捏造だったりする、アステカ神話に関するネタの検証。

  • アステカ神話に関するあれこれ

    アステカ神話の考察、資料紹介など

  • 『メキシコの神話伝説』に収録されたお話の元ネタを探ってみる

    松村武雄編『メキシコの神話伝説』は日本語で読めるアステカ神話の資料として長らく親しまれてきましたが、実は欧米の研究者の解説書のみを参考とし、原典を直接参照せず想像で補った箇所も多い、三次創作とでもいうようなものです。そのため、実際のアステカ神話には存在しないエピソードも多々あり、資料として用いるには問題があります。もっとも、解題から推して松村武雄自身は通俗書の高級なもの辺りを意図していたのであって、厳密な資料のつもりで作ってはいなかったようですが、読者の方が実際の神話に忠実な本だと思い込んでしまったのでした。 ここでは、『メキシコの神話伝説』収録の神話と実際の史料から直接訳した神話を比較し、さらに解説を加えています。 なお、読みやすさ重視のため、意訳したり適宜語句を補ったりしています。ご了承ください。

最近の記事

テスカトリポカの鏡の足は子宮の中で丸くなっている兎の形をしている

 この説明は『マヤ・アステカの神話』でしか見たことがなく、しかもそこでも具体的にどの史料にどのように描かれているのかが示されていなかったので、これのことを言っているのだろうかと私が推測したものを載せます。  『ボルジア絵文書』17頁下に描かれたテスカトリポカです。足先の鏡のところに何か動物が付いているので、これではないかと思いました。この絵について、エドゥアルト・ゼーラーは以下のように解説しています。  足先の鏡に付いている動物はオセロトル、つまりジャガーです。この絵のテ

    • ミシュコアトルとコアトリクエの間に生まれた子供がコヨルシャウキ、センツォンウィツナワ、センツォンミミスコア

       ミシュコアトルとコアトリクエが夫婦だとする記述はディエゴ・ムニョス・カマルゴの『トラスカラ史』にありますが、彼らの子はケツァルコアトルとなっています。コヨルシャウキやセンツォンウィツナワ、センツォンミミシュコアについての言及はありません。  この項の見出しにあるような設定が広まったのは、『マヤ・アステカの神々』に「ミシュコアトルは(中略)コヨルシャウキや400人の息子の父であり、コアトリクエの夫」と書かれていたからであり、その参考文献『ヴィジュアル版世界の神話百科アメリカ編

      • ミシュコアトルの母はイツパパロトル

         『太陽の伝説』によれば、400人のミシュコアのうち数人は5人の攻撃から逃げおおせます。その生き残りの2人シウネルとミミチは天から降りてきた2頭の双頭の雌鹿を追っていましたが、その鹿たちが変身した女たちが彼らを誘惑します。そしてシウネルは1人の女に食い殺されてしまいました。もう1人の女、ツィツィミメのイツパパロトルはミミチを誘いますが、彼は火を熾して逃げ、彼女に矢を射ます。ミミチが兄の死に泣いていると、シウテテクティン(シウテクトリの複数形)が聞きつけ、イツパパロトルを焼き殺

        • イツトラコリウキとイツパパロトルは夫婦

           『テレリアーノ=レメンシス絵文書』ではイツトラコリウキとイツパパロトルはそれぞれ罪を犯した後のアダムとイヴになぞらえられているので、そこから彼らが夫婦だと考えられたのかもしれません。もっとも、日本でイツトラコリウキとイツパパロトルは夫婦だとみなされるようになったのは、アイリーン・ニコルソンの『マヤ・アステカの神話』にイツラコリウキは女性の相手イツパパロトルを持っていたと書かれていたのを「女性の相手→妻」だと解釈した読者が多かったからだと思います。この「女性の相手」は英語原文

        • テスカトリポカの鏡の足は子宮の中で丸くなっている兎の形をしている

        • ミシュコアトルとコアトリクエの間に生まれた子供がコヨルシャウキ、センツォンウィツナワ、センツォンミミスコア

        • ミシュコアトルの母はイツパパロトル

        • イツトラコリウキとイツパパロトルは夫婦

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        • 有名だからといって信頼できるとは限らないアステカ神話
          15本
        • アステカ神話に関するあれこれ
          2本
        • 『メキシコの神話伝説』に収録されたお話の元ネタを探ってみる
          4本

        記事

          テスカトリポカはトウガラシ売りに化けてケツァルコアトルの娘を誘惑した

           これは『フィレンツェ絵文書・第3書』の中のトランの神官王(セ・アカトル・トピルツィン・)ケツァルコアトルと3人の妖術師のエピソードに基づいていますが、正確にはもう1人の支配者ウェマクの娘です。先に挙げた例もですが、『マヤ・アステカの神話』の著者アイリーン・ニコルソンは「ウェマク=ケツァルコアトルの別名」として一律に置き換えているようです。確かに、アルバ・イシュトリルショチトルの『Sumaria Relación de Todas las Cosas que han suce

          テスカトリポカはトウガラシ売りに化けてケツァルコアトルの娘を誘惑した

          ケツァルコアトルはトラロックとその子供たちと球技をした

           これは『太陽の伝説』の中のトランの滅亡エピソードに基づいていますが、正確には「トランの王ウェマクが雨の神々トラロケと球技をした」です。勝利の賞品として翡翠とケツァルの羽根を要求したウェマクに対しトラロケは「我らの翡翠とケツァルの羽根」としてトウモロコシを贈ったが、ウェマクは拒否しました。そこでトラロケは翡翠とケツァルの羽根を贈りましたが、トウモロコシを隠してしまいました。そして「トルテカの民は4年の間苦しむことになるだろう」と言い、その言葉通りトルテカ人は4年間飢饉に苦しむ

          ケツァルコアトルはトラロックとその子供たちと球技をした

          テスカトリポカは美を司る神

           Wikipediaによって広まったこの設定の大本はアイリーン・ニコルソン『マヤ・アステカの神話』のようです。日本語版Wikipediaの「その神性は、夜の空、夜の風、北の方角、大地、黒耀石、敵意、不和、支配、予言、誘惑、魔術、美、戦争や争いといった幅広い概念と関連付けられている」という記述の参考になったのは英語版の「he is associated with a wide range of concepts, including the night sky, the nig

          テスカトリポカは美を司る神

          コヨルシャウキは兄弟が母親殺しを企てていることを警告しようとしたがウィツィロポチトリに首を切り落とされた。後にコアトリクエから姉に悪意がなかったことを告げられたウィツィロポチトリが姉の首を天に投げるとそれは月になった。

           私が調べた限りではありますが、どうもこのエピソードは後世の研究者による推測によるもので、古文書にはないようです。  ウィツィロポチトリ誕生譚のもっとも詳細で有名なバージョンが収録されている『フィレンツェ絵文書・第3書』によれば、コヨルシャウキは母親殺しの首謀者で、兄弟の先頭に立って母コヨルシャウキを殺そうとしたが、完全武装で生まれたウィツィロポチトリに首をはねられ、首はコアテペックの上に留まり残りの体はバラバラになってコアテペックを転がり落ちていきました。この首がその後どう

          コヨルシャウキは兄弟が母親殺しを企てていることを警告しようとしたがウィツィロポチトリに首を切り落とされた。後にコアトリクエから姉に悪意がなかったことを告げられたウィツィロポチトリが姉の首を天に投げるとそれは月になった。

          ウィツィロポチトリが生まれたってのにケツァルコアトル対テスカトリポカの話ばかりしてる場合か

           コティー・バーランド『メキシコの神々』にはこうあります。「アステカ人自身の独自の神話はスペインによる征服時に宣教師達によって記録されたが、(征服前の)聖なる書物に留められた神々のリストは、これらの記録された神話よりも色々な意味でより古く普遍的な特徴があり興味深い。月の起源についての有名なアステカの伝説はその良い例である。大いなる母コアトリクエが最後に妊娠したとき、先に生まれていた数多の彼女の子供達、若い星々はぞっとした。彼らは母が何か恐ろしい罪を犯したと思い、彼ら自身を不名

          ウィツィロポチトリが生まれたってのにケツァルコアトル対テスカトリポカの話ばかりしてる場合か

          ケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かる本リスト

          ケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かる本リスト「ケツァル・コアトルの元ネタ」とは  『Fate/Grand Order』(以下FGO)のサーヴァント、ケツァル・コアトルに興味があるけれど、元ネタを調べるには何を読めばいいのか分からない……そんな方々のために、これらの本を読めばケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かるだろうという本を厳選しました。  どの本も入手、閲覧難度はそれほど高くないので、気軽に読めると思います。それに分量的にも、奈須きのこ氏のインタビューに「担当のラ

          ケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かる本リスト

          テスカトリポカにはナワルピリという別名がある

           Wikipediaにかつてあった記述ですが(2019年7月14日08:45に変更された)、「ナワルピリNahualpilli(高貴な魔術師)」とはいかにもテスカトリポカに相応しい別名のように思われます。しかし、実はこれはトラロックの別名、ないし宝石細工師の守護神の名前なのです。  ル・クレジオ著/望月芳郎訳『メキシコの夢』P119に「ダイアモンド細工師は神々としては(中略)ナワルピリ(中略)を持っていた」、P134に注「nahualpilli ナワリnahualliは<魔術

          テスカトリポカにはナワルピリという別名がある

          テスカトリポカは美を司る神

           Wikipediaによって広まったこの設定の大本はアイリーン・ニコルソン『マヤ・アステカの神話』のようです。日本語版Wikipediaの「その神性は、夜の空、夜の風、北の方角、大地、黒耀石、敵意、不和、支配、予言、誘惑、魔術、美、戦争や争いといった幅広い概念と関連付けられている」という記述の参考になったのは英語版の「he is associated with a wide range of concepts, including the night sky, the nig

          テスカトリポカは美を司る神

          火の起源

          『メキシコの神話伝説』より  人間は初め火というものを持たなかった。だから鳥や獣を手に入れても、生のままで食べなくてはならぬし、寒いときには、ひどい苦しみを受けねばならなかった。クェツァルコアトル神がそれを見て、非常に可哀想だと考えた。  ある日、クェツァルコアトルは、人間たちを呼び集めて、  「今日は、わしがお前たちにたいへん便利な物をこしらえてやる」 といった。人間たちは非常に喜んで、 「有り難うございます。して、その便利な物と申すのは、いったい何でございます」 と尋ね

          太陽の出現

          『メキシコの神話伝説』より  昔は世界に太陽がなかった。世界中は真っ暗であった。人間は闇の中で寒さに震えていた。  人間たちは困りきって、メツトリ(月)に訴えた。 「一人の人間が犠牲にならなくては、太陽は現れないよ」 とメツトリがいった。人間たちは闇と寒気も嫌であったが、命を失くするのはなおさら嫌であった。だからメツトリからこういわれると、お互いに顔を見合わせて黙りこくっていた。  メツトリはナナフアトルという者を引っ捕えて、 「そなたが犠牲になるのじゃ」 といった。ナナフ

          太陽の出現

          山彦の由来

          『メキシコの神話伝説』より  昔、メキシコの地に大洪水があった。  流れ漲る水は、奔馬のように台地を荒れ回った。人々は襲ってくる大波にさらわれて、あちらこちらに逃げまどったが、とうとう逃げきれないで、沢山溺れ死んだ。  やっと命を助かった人たちは、大きな岩によじ登ったり、高い木の梢にしがみついたり、山の上に駆け登ったりして、恐ろしい水の攻手を凌いでいた。  洪水は岩や木や山にぶつかって、耳を聾するばかり激しい響きを立てた。人々はお互いに真っ青になった顔を見合わせて、 「何と

          山彦の由来

          大洪水

          『メキシコの神話伝説』より  あるとき、大雨がいつまでいつまでも降り続いた。やがて地上に大洪水が起こって、高い山も水の底に沈んでしまった。洪水はいつまでも引かないで、五十二度も春を迎えた。大地の上の人間はたいてい溺れ死んでしまった。  と、ある日チトラカフアン神が、ナタという男と、ネナという女の許に現れた。二人はそのとき一生懸命になって飲み物をこしらえていた。チトラカフアン神は、二人に向かって、 「飲み物などこしらえている場合ではない。一刻も早く大きないと杉の幹をくりぬいて