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【第七回】チェケラッチョ・マイ・ティンティン『狂騒のパスタセックス・ブーム』

「、、、現在、死者は五名、重軽傷者十一名となっており、現場は混乱しています。続報が入り次第お伝えします」


 アナウンサーは神妙な顔をカメラに突きつけると、何事もなかったかのように口角を上げ、声のトーンを高めた。


「続いてはこちらのコーナーです」


 画面が切り替わりお決まりのオープニングVTRが流される。ナレーションは、耳にすれば皆聞き覚えのある、だが誰も顔を知らない声優だ。


「街中に芽吹きつつある様々なムーブメントを調査!報告!これさえ観ればあなたも情報通!」


 ナレーターがコーナータイトルを発表すると画面はまた切り替わり、街中でマイクを手にしたリポーターが映し出された。


 今日のテーマは最近若者の間で流行しているという「パスタセックス」についてだった。


パスタセックスとは何か?概要を説明するVTRが流れた後、リポーターによる街頭インタビューが繰り広げられた。

20歳 女性 大学生

― パスタセックスって知ってます?

 あー、はい (笑)(略して)パセですよね。

― どれぐらいされてますか?

 うーんと、最近だと土日は必ずやってますね。忙しくても週一回はアルデンテです 笑

23歳 男性 フリーター

 パセ大好きっす!
 最近のお気に入りはカルボナーラっすね。最初クセが強くて苦手だったんすけど、最近はナポリタンとかだと逆に刺激が少なくて(笑)
 コイツ(横にいた友人)なんかもっとすごくて、週三でゴルゴンゾーラっすからね(笑)

 友人は、おいやめとけってと和やかにツッコんだ。彼らは肩を組むとパスタセックス最高〜!とピースしながらカメラに訴えかけ、そこで街頭インタビューは締めくくられた。

 後年、「仕掛け人」として尽力した高城康はこう語る。


「はじめて(パスタセックスについて)「主催者」から持ちかけられた時、眉間にしわを寄せて彼の顔をまじまじと見つめたのをおぼえてるよ。あなたは一体何を言っているんですかってね。僕は何も腑に落ちないまま、その日の会合はお開きとなった。それで翌日の朝、タクシーに乗りながら、コンビニで買ったサンドイッチを缶コーヒーで流し込んでる時にはもう、テレビ局のプロデューサーからメールが来ていたよ。高城さん、パスタセックスについて詳しく聴かせて欲しい。番組で取り上げさせて欲しいってね。僕はスマホを消して、流れる246の景色を眺めながら、これはまいったことになったなって思ったよ。そっから企画が練り上げられていったんだ。」

東京堂大学 医学部教授(ドクター) 中松 由梨 氏

― パスタセックスは身体に良い?

 はい。確かにパスタセックスを週一回の頻度で行うと、免疫機能の向上や、自律神経を調整する働きがあるという研究結果が出ています。結論として、パスタセックスは身体に良いと言えるでしょう――

 芸人がマイク片手に店内へ入り込む。


 はい、こちらが人気のパスタショップです!すーごーいーひーとーですねー!!いやー大盛況ですよこれは。あなた!いつから並んでるんですか?ええー!12時間待ち!こーれーはすごいことになってまいりました!あら!カップルさんもいらっしゃいますね!ちょっといいですか?


「やっぱり、パセって基本的にひとりで楽しむものだと思うんですよ。没入していくものっていうか。うまく言えないんですけど。だって恥ずかしいじゃないですか 笑
でもね、あえてさらけ出すっていうか。、、、それが愛だと思うっすね。そこで見極めるっていうか」


 、、、、、なるほど!えーそういう若者もいるわけでございます!(中略)では、店主の方にパスタセックスとやらのやり方をレクチャーしてもらいましょう!


「、、、パスタセックスに欠かせないのがですね、まずは「お粉」になります。この「お粉」を固めて、麺を作ります。この「お粉」なんですが、厚労省から劇薬指定されているので、免許を取得した人間しか取り扱うことはできません。言わずもがなですけど、当店のマイスターは皆、免許取得者でやっておりますんで (笑)


 麺ができたら、経口摂取しやすいように茹で上げます。ご家庭のグリルじゃ再現できない超火力で三分間晒したらすぐに取り出して、お好みのソースを振りかければ完成です。初心者の方にオススメなのはナポリタンかミートソースですね。それ以降は刺激が強くなりますので、意識混濁や記憶喪失といった症状が出る場合がございます。まぁそこはお酒やタバコなんかとおんなじで、自己責任になってしまいますね」

 芸人を先頭にして、実際にパスタセックスを行う部屋へと撮影隊は招き入れられた。6畳ほどの部屋は薄暗く、ベッド横には小さな冷蔵庫が置かれており、中にはミネラルウォーターのペットボトルと、板チョコが置かれていた。


「効き始めると無性に喉が乾くんです。そしてとにかく甘いものを口にしたくなる。これはどんなお客様でもそうなりますね」


 必要以上に興奮してその理由を尋ねる芸人に店主はこう返答した。


「では!さっそくパスタセックスを体験してみましょー!!いやー楽しみですねぇ」

 そう言って芸人は部屋に取り残された。店のスタッフも、撮影隊も、事がとり行われる際には退散しなければならない。先ほどのカップルが例外であるように、通常パスタセックスはひとりきりで、全裸になって行われなければならない。あらゆる物理的なストレスから解放されなければ、その効果を十分に期待することはできない。部屋の外で待機している撮影隊はただ、ガサゴソと立てられる物音や芸人の吐息、時折挟み込まれるうめき声なのか喘ぎ声なのか判然とせぬ声色に耳を傾けるしかなかった。

 三十分ほど経過した頃であろうか、衣服を身につけた芸人がおもむろに部屋の扉を開いた。テレビに全裸を映し出せば放送事故になってしまう。強烈な快感により意識が朦朧とする中、彼をしてそのような思考に至らせたのは他でもなくかろうじて残っていたプロフェッショナルとしての矜持であった。


 、、、いやぁ、、、これ、やばいっすね(水をゴクゴクと流し込んで)、、、いやぁ、、、(うつむき鼻を少しすすりながら)すげーわこれ、、、うん。

 放映終了後、パスタセックス店はこれまで以上の賑わいをみせることとなる。影響は若者に留まらず、暇な午後を持て余したマダムや、家庭に居場所のないバーコードハゲのサラリーマン、年金で生計を立てる諸老人方までもが、あの芸人のようにアルデンテの快楽へと自らの心身をゆだねる始末となった。


 さらに時が経てば、往々にして資本主義社会がそうであるように、パスタセックスもまた多大な需要に対する供給が追いつかず、その価値は急上昇。生まれたての赤子が自らの足で立ち上がるよりも早く、限られた富裕層のみが楽しめる娯楽として、市場にその位置を占めることとなる。
 
 では、一般庶民はどうなったかと言うと、一度味わった快楽を得たくても得られない人々は、文字通り路頭(ストリート)に迷っていた。少しでも良心的な価格でアルデンテできる場所はないものか。きっとどこかにあるはずだ。そうやって抱かれた淡い期待は、見事に打ち砕かれていく。人口構成上わずか5%の富裕層によって動かされるマネーは、残り95%によるそれを補って余りある状態に達していたのだ。店側としても、客数を増やすことすなわちアルデンテに起因するトラブルを増やすことでもあるわけで、当然迎合すべきは5%の上客であるという結論に至る。


 結局、飢えた民衆は空の皿を手に彷徨うしかないのだろうか。ペンネとフェットチーネの螺旋に胸を焦がし続けるしかないのであろうか。そういった落胆のムードが当時の路頭(ストリート)には充溢していた。

 はじめて隆と出会ったのは、そんな深夜のスクランブル交差点だった。大学の夏休み。当時付き合ってた彼氏はサークルの合宿に行ってて、あたしは何かを追い求めるように渋谷のバーをハシゴしていた。友達にも、そして異性にも不自由していなかったけれど、時々自分の輪郭がなくなってしまうんじゃないかって不安になる時があって、そんな夜はひとりで賑わいのある場所に足を運んでいた。今振り返ると、物語を欲してたんだと思う。全てを変えてくれるような物語を。


「ねぇ知ってる?スギの花粉症は完全に治せるんだってさ。しかも保険適用で。舌下から花粉をちょっとずつ摂取して抗体を作るんだぜ」


いつもは無視するのだけれど、なぜか私は立ち止まってしまい、気がつけばホテルのベッドで横になっていた。あばらが浮き出そうなほど細い身体をポリポリとかきながら、ねぇ、パセってしたことある?ときいてきた。


 本当は会社役員だって言うおじさんと一緒にしたことがあるのだけれど、なんとなく秘密にしておいた方が良い気がして、ないよと答えた。そしたら隆は安心したような顔になって、一回はやってみてーよなぁとつぶやいた。あたしもそれに同調したけど、なんだか隆がかわいそうに思えてきた。その時だった。「ねぇ、うどん粉って知ってる?」


きっと、隆のこの一言が物語開始の合図だったんだと思う。

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