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『日本文化史』家永三郎著 横溢なる批評精神による日本史観

むかし、『R25』なるフリーペーパーが流行った。創刊したのが2004年あたり。もう15年以上も時を経過しているのかと時の流れの早さに驚くばかりだが、このフリーペーパーについて記憶に残っている人も少なくないだろう。社会人若年層をターゲットにしたリクルート発行のフリーペーパーで、発刊から数年はかなり流行っていた。当時勤めていた職場でもよく目にしたものである。どんなものが書いてあるのかなと中を覗いてみると、その頃の時事ネタ政治ネタの解説記事が並んでいる。若いサラリーマン層に向けていまひとつピンとこない政治社会の時事ネタをわかりやすく解説するというのがこの媒体の狙いであったようだ。わたしも知らない時事ネタが記載されているので興味本位で読んでみようとしたが、これが非常に難儀な読み物であった。若い人向けに分かりやすくという編集方針なのに、なぜだか読むのが辛い。なんでこんなに読むのが辛いんだろうと考えてみると、理由は至極簡単なことであった。記事に一切視点というものがないのである。客観的であるべきという編集方針なのだろうか、与党にも野党にも、いずれにもくみしないよう注意深く記述されているように感じるのだが、そこには一切、視点というものが欠落しているのだ。だから、解説されている時事ネタが、一体われわれの生活や今後将来にわたり、どのように関連してくるものなのかさっぱり読み取れないのである。あまりに平坦なので何の感情も湧かないし、その時事ネタに関して自分はどのような態度を決めるべきかもわからない。ただただ読んでいてつまらないのである。よくもこんな官僚的でつまらないものをみんな有り難く読んでいるなと、当時ほとほと関心させられたことを覚えている。

でっ、こんな話をなぜ引き合いに出したかというと、視点を欠いた『R25』の記事のつならなさというのは、日本史の教科書の"つまらなさ"につながる話だなと感じたからである。子供の頃はけっこう日本史に興味があった。中学、高校は、きっと歴史は自分にとって得意科目になるはずと信じて疑わなかったのだが、蓋を開けてみれば、悲しいほどにまったく真逆に展開してしまった。歴史が大嫌い、大の苦手になってしまったのだ。それもこれも、あの日本史の教科書の無味乾燥ぶりに辟易としてしまったからである。

それから数十年を経て、壮年になってもあまりに歴史音痴な自分に嫌気が指して、まさに当時『R25』を読んで自分の非常識をなんとか埋め合わせようとした若いサラリーマンの如く、いくつかの簡単な歴史入門書を読んで見ることにしたのである。"猿でもわかる日本史"とか、"90分でわかる日本史"とか、"超解日本史"とか、その手の類である。しかしそのいずれもが、教科書にも劣らずで、固有名詞の羅列ばかりであたったり、逆にあまりに端折られ単純化された筋書きだけが記載されているばかりで、つまらない参考書を手にしているかの如くであった。ますます歴史への興味を失うなかで、アマゾンを見ていて、ひょんなことからこの本の存在を知った。

著者の家永氏といえば、教科書裁判で有名だ。「教科書検定は、日本国憲法違反である」とした主張による裁判は、足掛け32年も用し、「最も長い民事裁判」としてギネスにも載っている。その訴えも、完全なる敗訴に終わってしまうのだが、この長きにわたった闘志は、その信念の強さの表れではないだろうか。彼がこのような裁判を起こしたのも、彼の専門が思想史であったことと無縁ではないだろう。

思想史を下敷きに書かれたこの『日本文化史』は、平坦な記述ばかりな凡百の歴史入門書とは異なり、視点にある記述なので読んでいて心地がよい。また家永三郎氏横溢おういつたる批判精神が随所に見られ、駆け足の日本史ではあるものの、実に楽しく読むことができた。

家永氏の批判精神というと教科書問題の延長で"戦争責任"または"政治的イデオロギー"的なものと安直に想起される方もいるかもしれないが、ここで書かれているのはせいぜい明治初期ぐらいまでである。その手のことばかり気になさる方へ。ご安心あれ。

思想史を出自としているだけに、彼の批判精神には、日本文化の独自性へのこだわり、土着性、民衆性へのこだわりが底流しているように感じられる。教科書にもよるのだろうが、歴史教科書の文化面の記載というのは、各時代の記述の最後に書き添えられているに過ぎないような存在であったように記憶している。そこには作者や美術品の名前ばかりが記載されていて、たまに申し訳程度に写真が記載されているに過ぎない無味乾燥なものであったが、この書では文化を生み出した背景、その構造についてもしっかり記述されているので一層興味を掻き立てられる。

反権力志向の家永氏による横溢した批判精神、その視点がなんとも気持ち良いのだが、その一端を著者の言葉を引用しながら紹介していきたい。

まずは飛鳥時代の仏教信仰について辛辣しんらつな言葉を残している。

この時代における朝廷の仏教興隆ぶっきょうこうりゅうの異様なまでの熱情は、まったく「鎮護国家」の期待を仏教にかけた結果にほかならなかった。(中略。)仏教本来の使命である正覚しょうがく(正しい悟りを開くこと)の道は顧慮せられるところがなかったのである。長い間、国家権力に卑屈な態度をとってきた後世の教団は、あたかも「鎮護国家」を日本仏教の誇るべき特色であるかのごとく説いているけれど、「鎮護国家」などということは、個人が正道せいどうを収めて成仏することを教えの根本とする仏教の教義とはまったく縁のない、権力の迎合以外の何ものでもなかったことを知らねばならない。中略。
「鎮護国家」とは、具体的には、奴隷制度支配を内容とする律令支配機構を呪術的に「護持ごじ」するという意味であり、一切の身分階級を否定し、すべての人間がみな成仏できるという確信から出発した仏教の本来の立場を完全に裏切るスローガンとされても弁解の余地がないのである。

『日本文化史』第二版 家永三郎著


わたしにはこんな視点がなかった。確かに「鎮護国家」という支配構造の安寧への祈りと、仏教のことわり、仏性とは全く水と油の存在である。仏教の本質へと回帰するまでには、鎌倉時代まで長い時間がかかることになる。勝手に寺院や仏像をみるとそこに深淵なものを想像してしまいがちだが、この指摘を受けるとまた違った見え方がするようにも思われ興味深い。

平安京の文化について。

地方官としてじっさいに赴任する中、下級の貴族のほかは、平安京のうちにとじこもり、春の花、秋の月を賞しつつ、官位の昇進や女色じょしょくをあさることにのみ心を傾ける有閑階級に化したこの時代の貴族の文化が、きわめて局限された階級的視野と、生産性を欠いた消費的性格の濃いものとなったことは、まぬがれがたい結果といわねばならない。

狭い生活圏の中でかたよった方向に爛熟していった貴族文化が全体として必ずしも健康な成果をもっていなかったことはおおいがたい。美的芸術的感覚の異常なまでの繊細にみがきあげられている反面に、社会および自然に対する合理的知性は、あきれるばかりに低かったし、貴族文化それ自身の高さにもかかわらず、民衆の生活水準は低く、貴族文化と民衆文化との分裂は大きかった。

『日本文化史』第二版 家永三郎著


家永氏は、一般的な教科書では深く触れられることのない、民衆や民衆文化、または土俗的な風習や宗教への視座を欠かすことがなく、そういった部分においても興味をそそられるのである。

江戸時代の仏教及び江戸時代の仏教美術について。

キリシタン禁制の励行する手段として寺請制度てらうけせいどが施行せられ、全人民がいずれかの寺院の檀家だんかとなるように強制された。その結果、仏教は国教ともいうべき地位を与えられたのであるが、そのような政治的保護は僧侶の堕落と思想の沈滞をうながすのみであった。江戸時代の仏教教団は、社会的に抜くことのできぬ勢力をもっていたにもかかわらず、思想界では全然無力な、愚民の信仰に化してしまった。(中略)信仰の低俗化にともない、仏教美術でもほとんど見るべき作品が生まれなかった。僅かに全国各地を遊歴し、独特の個性にみちた仏像を大量に作った円空の活動が、仏教美術史上に掉尾の光を放っている。

『日本文化史』第二版 家永三郎著




無学だからわたしばかりが知らないだけなのかもしれないが、江戸時代の仏教について、こうした見方があるのかと、とても新鮮に感じるのである。

日光東照宮について。   

もし権力と富とが必ず高い芸術を作ると定まっているならば、何故に徳川幕府は日光東照宮のような低俗なものしかつくり得なかったのだろうか。

『日本文化史』第二版 家永三郎著

あの仰々ぎょうぎょうしく俗物的な造形が苦手でたまらないかったわたしには、よくぞ言ってくれたとの思いである。


歴史的事実を詳述することばかりに編集されている、いまの高校の歴史教科書を2/3や3/4に圧縮して、このような批評的な歴史書物を別冊として用意したほうが高校生の学力をずっと高めることに繋がるのではないかと思ってしまう。偏りがどうしても許せないのであれば、対象別に複数の学者に分担して書かせればよいのではないか。客観性を担保した教科書というのは幻想でしかない。客観性などというものが担保される訳がない。必ずやある視点から切らざろうえないのだ。”正しい”などとのは幻想そのもの、非科学そもののである。

もし"行儀のよい歴史教科書"というのが存在するのであれば、いま現在が最良の時と疑うことのない、貧しい進歩史感に頼るものであろうし、教科書検定が施されているということを考えれば、国家や為政者、政府にとって、都合のよい記述の教科書が、"行儀のよい教科書"ということになるだろう。または共通一次試験をきっちり網羅することばかりに腐心した、教科書とは名ばかりの参考書の類と言われても仕方がないのではないだろうか。

活字文化が廃れたいま、優れた批評文を読むという行為を多くの若者が知らない。多感な高校生の時分にそうした批評的視点に触れておくことは、その後の知的活動に大きく影響を与えてくれるものだと思う。何も興味の端緒が、幕末志士の英雄物語や戦国時代の国盗り物語ばかりに制限される必要はないだろう。歴史をロマンとして紐解くのではなく、批評意識をもって紐解くという姿がもっと一般に流布してもよいのではないかと思うばかりである。

※その他にも日本における女性の地位の変遷、とくに妻問婚について詳述していて興味深いし、神教への誤解や封建制についての記述も大変興味深い。こちらも機会を改め、紹介したいと思う。

円空


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