【名医インタビュー】交通事故から高齢者の骨粗鬆症対策まで 骨折治療のエキスパート
重度の外傷から守る外傷再建センター
―この分野を選ばれたキッカケは。
元々、模型作りなどが得意で、物理や数学が好きだったこともあり、最初は工学部に興味を持っていましたが、途中から自由な働き方ができそうな医師にひかれるようになりました。メカニクスにも通じる運動器を治す整形外科を選ぶのに迷いはありませんでした。手術の上手い下手が一目瞭然な診療科です。中でも壊れたものを修復し、動かせるようにする究極系が外傷治療だと思いました。
―外傷再建センターでは主にどんな治療を行っていますか。
当センターの特徴は一般的な外傷治療はもちろん、四肢開放骨折などの重度の骨折に対応し、創部治療から機能再建まで行っていることです。
例えば骨が皮膚を突き破る開放骨折の中でも、トラックにひかれたり、機械に巻き込まれたりして軟部組織までなくなる重症例も治療します。
皮膚や筋肉も挫滅され、軟部組織を補填せずに骨が露出した状態が続くと、骨髄炎(骨の感染症)に至ります。そうなる前に軟部組織の再建を目指します。
まず、創傷部の汚染した部分を取り除き骨を固定します。次に「陰圧閉鎖療法(NPWT)」と呼ばれる方法で皮膚が足りない部分の上からスポンジを当てて密封・吸引し、内部を清潔に湿潤に保ち感染を防ぎます。時間を置いて、大腿部や鼠径部、背中などから採取した皮膚や筋肉などを損傷部位に移植し、傷口を封鎖します。固定して覆うという意味で「フィックス&フラップ法」とも呼ばれます。戦車にひかれた自衛隊員の骨盤開放骨折を通常の骨盤治療と組み合わせて再建したこともあります。
骨を作り出す画期的な治療法 イリザロフ法とチッピング法
―軟部組織だけでなく、骨までなくなった場合はどうしますか。
従来法として別の部位から骨を持ってくる骨移植術があります。
当院は「イリザロフ法」を推奨しています。人為的に骨を切り、骨の再生・自然修復メカニズムを利用して、少しずつ骨を伸ばします。伸縮するロッド状の創外固定具で患部を固定します。遅い早いの個人差はありますが、だいたい1日1㎜伸びます。すると100日で10cm伸び、骨と骨を接合できます。伸ばした骨は柔らかく、ある意味自由自在。骨がねじれて短くなった変形治癒などを、真っ直ぐにするのに適しています。柔らかい骨は時間が経つにつれ、次第に固まり、丈夫な骨になります。骨移植の際に起こる合併症のリスクも回避できる治療法です。
―両側の脚長差の調整はどうやって行いますか。
ちょうどよい位置で延長を止めるだけですが、コツがあります。最初から目標の長さに伸ばしても、伸び終わった骨は縮むしかありません。すると片足だけ短くなるので、目標より5mmほど長い位置まで伸ばして止める。5mmの微細な脚長差に気づく人は、ほとんどいませんので、最終的に±5mm以内に収まるように調整します。ロッドは骨がしっかり固まるまではずさないのもポイントです。
骨延長手術は私が東京大学にいた1986年頃、小人症とも呼ばれる先天性疾患「軟骨無形成症」の治療法として日本に入ってきました。当時の講師が骨延長の専門家だったのですが、途中で留学したため、私が後を引き継ぐことになり、多くの患者さんを診ました。諸条件にもよりますが、だいたい10~15cm程度の延伸は可能で、身長130~150cmくらいまで伸ばしました。
―先生が発案した治療法もあるとお聞きました。
骨折に対する骨接合術は100%の骨癒合を保証するものではなく、約10%は骨がつながらない偽関節になることがあります。その有効な治療法として「チッピング法(粉砕術)」を考えました。偽関節の上下にある正常な骨まで壊すと、そこから幹細胞や骨誘導因子が出て骨再生を促す仕組みです。断面積が広いほど誘導物質は多く発生し、連続的に幹細胞が供給されます。1997年から2020年まで約80症例実施し、骨癒合率約93%。癒合できなかった数例も2度目のチッピングでは全例癒合しました。
がんより死亡リスクの高い高齢者の骨折
―超高齢社会が進展する中、骨粗鬆症にはどんなリスクがありますか。
若い頃なら何でもないことでも、高齢になり、骨粗鬆症で骨が脆くなると簡単に骨が折れます。これを脆弱性骨折といいます。家の中で座布団に足を引っ掛けて転ぶだけで骨が折れます。中でも一番問題なのが足の付け根で起こる大腿骨近位部骨折。普通に歩けていた人が急に歩けなくなり、寝たきりになって、どんどん体力が落ちていきます。
大腿骨近位部骨折を発症した場合、5年生存率が50%を切っているデータ※があります。がん患者の5年生存率が50%を超える現在、それより命の危険性が高い疾患です。
―がんより死のリスクが高いというのはなぜでしょう。
寝たきりになると高齢者では1日に1〜3%程度の筋力低下がおこるといわれています。宇宙空間では骨密度が下がり筋力が低下しますが、寝たきりも似た状態で筋肉は使わないと落ちていきます。つまり、サルコペニアがどんどん進むわけです。若くて健康な人でも、2週間くらい病気で寝ていれば、起きるとフラフラしますよね。若ければトレーニングで元に戻りますが、高齢者はそうはいきません。
85歳以上の超高齢者が1日寝ていると1年分筋力が減ったという極端なデータもあります。仮に1週間で筋肉量が70%になるとすれば、翌週はさらに70 %低下するので、2週間で筋肉量は50%を下回る計算です。1カ月も寝ていれば、立ち上がれなくなり、心肺機能も下がり、全身の機能低下につながります。
だからこそ、高齢者の骨折は1日も早く治療し、患部を固定して翌日からリハビリを開始するのが重要です。もし、高齢者の骨折で「手術は1週間先になります」と言われたら、医療機関の変更を検討した方がよいでしょう。
寝たきりを起こす2つの大腿骨近位部骨折
―疾患の特徴を教えてください。
股関節は骨盤に受け皿(寛骨臼)があり、そこに大腿骨頭が収まっています。その周辺で起こる大腿骨近位部骨折は発症位置によって2種類に分かれます。
ひとつが大腿骨頸部骨折で、大腿骨頭のすぐ下の頸部が折れます。もうひとつの大腿骨転子部骨折は、もう少し下部にある太い転子部が折れます。転子部は面積も広く、血流もよく、骨癒合しやすい。骨折内固定具を装着して癒合を目指します。
一方、頸部は血流が悪く、骨が癒合しない偽関節になる確率が高い。骨が繋がったとしても、頸部からの血流が回復せずに骨頭壊死になることもあります。程度が軽ければ回復するケースもありますが、多くは壊死した部分がつぶれて骨頭が丸くなくなり、痛みが出ます。高齢者は最初から人工骨頭に置換するのがほとんどです。何度も手術するのは大きな負担になるので、耐用年数も長くなった人工骨頭の置換術1回で済ませようというのが理由です。
―治療のポイントを教えてください。
できるだけ早く治療することで、生命予後と機能予後の改善が期待できます。日本では受傷後48時間以内の治療開始が推奨されています。2022年、厚生労働省が診療報酬を改定、「75歳以上の大腿骨近位部骨折患者に対し、適切な周術期の管理を行い、骨折後48時間以内に骨折部位の整復固定・人工骨頭挿入を行った場合に、4000点(4万円分)を所定点数に加算」となりました。
―骨折の予防策はありますか。
高齢者は簡単に骨折すると理解してください。まず家の中を片付ける。絨毯のヘリなどはよく引っかかるので、つまずきそうなものは撤去してください。廊下と敷居にある1cm程の段差にも引っかかる可能性があるので、できるならフラットな構造が理想です。とにかく転倒予防です。転ばなければ、折れません。
そして、骨粗鬆症の検診をみなさん受けてください。骨粗鬆症が進行してくると起こる4つの脆弱性骨折があります。最初に折れるのが橈骨遠位端骨折(手首)、次が上腕骨近位端骨折(肩)、脊椎圧迫骨折(背中・腰)、大腿骨近位部骨折(太ももの付け根)と続きます。上肢の骨折を警告として受け止め、骨粗鬆症を調べて治療を始めるのが肝要です。
そうすれば下半身や背骨を折らずに済みます。骨粗鬆症自体は痛くないから治療しない方、さらに骨折が治ると薬を途中でやめる方が多いのですが、医師の指示を守って治療を継続してください。
※『名医のいる病院 整形外科編 2024』(2023年10月7日発行)から転載