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【読書感想文】『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』(早川書房)

 表紙の可愛い絵柄に魅かれて手に取りました。本書の予備知識は何もなかったので、タイトル『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』から、ほのぼのとした世界観の物語だと勝手に想像していました。さて、どんな文章で物語が始まるのか。きっと、朝の素敵な風景描写とかだろうなと妄想を膨らませていました。

 そして、1ページ目。私の予想は大きく外れ、「パン屋の中で女の子の死体」を発見するところから物語が始まりました、、、、。強烈な場面から物語の幕が上がり、私の頭の中には沢山の???マークが飛び交いながらも、何とか状況を把握しようと読み進めました。どうやら私と同じで、主人公であるパン屋で働く14歳のモーナも、何故死体がパン屋の中にあるのかがわからない混乱状態であることが次第にわかってきました。同じ混乱状態を共有したこともあり、主人公モーナに対して共感をもつことができ、スムーズに感情移入することができました。巧みな物語展開に感心するばかりです。

 主人公モーナの暮らす世界では魔法がそんなには珍しくはないとのことでした。魔法と聞くと、炎を出したり、雷を落としたり、氷で凍らせたりといったことを想像してしまうけど、モーナ自身はそんな大魔法使いではなく、ささやかな魔法が使える女の子でした。モーナは、パンや発酵種ボブを操ったり、焼き菓子(ジンジャーブレッド人形)にお願いして踊ってもらったりといった魔法を使うことができます。どちらかというと、戦闘向きではなく、日常をもしかしたら豊かにしてくれるかもしれないという程度の魔法です。懸命にパン屋の仕事に取り組むモーナの姿を私は想像しながら、ファンタジーの世界に徐々に入り込んでいきました。そんな平和な日常が徐々に崩れ始め、国家転覆の陰謀に巻き込まれていく過程で、モーナの心中が丁寧に書かれており、胸が詰まる思いで読んでいました。不可抗力で日常が奪われていくのはとても辛い。殺された少女の弟であるスピンドルがモーナの傍にいたことが、せめてもの救いだと思いました。そこから、モーナが国家転覆の陰謀に立ち向かい、敵の軍勢(カレックス)とモーナ達との攻防は手に汗握る展開でした。パンのゴーレムが樽の靴を履いている姿はぜひ見てみたいと思ったりしました。物語が進むにつれて、モーナが力強く成長していく過程はとても頼もしく感じられました。

 モーナを通して、私は多くの有益な考え方を教わったと感じています。差別や偏見と対峙するモーナの勇ましさや、徐々にモーナの協力者が増えていく過程には胸が熱くなりました。私が心揺さぶられた点として、「協力することの大切さ」・「不満を感じる素直な心」・「パン焼き魔法の苦しみ」という三点を挙げてみようと思います。

(1)協力することの大切さ
  敵の軍勢(カレックス)に対抗するために、モーナに協力する人達がモーナの魔法の可能性を信じて一致団結していく過程はとても素敵でした。また、宮殿の衛兵であるジョシュアがモーナに対して言ったセリフの中で「黄金将軍がなぜ軍隊と動いているのか、不思議に思ったことがないのか?」という言葉には、弱点を補い合える協力体制を構築することの大切さを教えてくれていると感じました。黄金将軍でも無敵ではない。黄金将軍でも単独では敵と戦わず、二千人の訓練を受けた兵士の支援を受けられる体制で成果を出してきたという事実は、他者と協力することの尊さを伝えていると感じました。私自身、現実世界で発生する様々な問題に対して、単独で対応することは困難です。そのときどきで、職場の同僚や家族や友人達と協力しながら問題に対処して乗り越えてきました。改めて、自分の周囲の人達を大切にしていきたいと思いました。

(2)不満を感じる素直な心
 敵の軍勢に攻め込まれる状況がなぜ発生したのか?女公を含む大人達に責任があるのではないか?14歳のモーナは理不尽な状況に対して、当然の疑問をもちます。この理不尽な状況に対して正しく疑問をもつというのは、とても大切だと感じました。14歳のモーナにとって、知識も人生経験もある大人達がなぜ誤った選択をしてしまったのか不思議で仕方ないと思います。モーナが勇気を出して、不満を女公に訴え、女公を諭した点は称賛に値すると思います。では少し視点を変えて、大人の私がもし物語の中に存在したら、果たして女公に疑問を呈することはできただろうか。おそらく無理でしょう。大人だからこそ、不満を素直に伝えることは難しいと思います。そんな事なかれ主義的な対応の積み重ねが、危機的な状況を招いてしまったのだろうと想像します。物語の中ではモーナの活躍により難を逃れましたが、現実世界ではモーナのように素直に不満を訴えれる人は少ないのではないでしょうか。日常生活での感度を高めて、何かがおかしいと感じた時には、素直な心で最善の対応をしないといけないと、私は痛切に思いました。 

(3)パン焼き魔法の苦しみ
 モーナは「パンを作ることで、みんなが食べて幸せになる」ことを信条にしています。モーナにとって自分のパン焼き魔法は、人々の暮らしを豊かにするためにあります。しかし、敵の軍勢を傷つけるためにパン焼き魔法を使わなければならない状況に陥っています。邪悪な想いをパンに込める行為は、モーナの信条とは正反対の行為です。でも、モーナにとって大切な人々は救うためには仕方がありません。この矛盾に悩みながらもモーナは懸命に自分ができることに取り組みました。その姿勢に私は感動してしまいました。魔法であれ何であれ、使い方次第で他人を幸せにもできるし、不幸にもできる。できれば、他人を幸せにしたい。敵であっても、相手を傷つけなければならない状況になってしまったのは心苦しかったに違いない。このことから、私は自分の信条に沿って行動できるようにするためには、その行動が正しく行える状況を創り上げることの重要性を学びました。自分の行動が意図しない方向に進まないように、自分の人生のハンドルはしっかりと握っていたいと思いました。なかなか難しいことではありますが、、、。

 本書の「訳者あとがき」を読むことで、この物語が世の中に生み出されるために大変な苦労があったことがわかりました。その苦労にも負けずに、本書を生み出した著者の熱意には感服します。最後に、原書の著者であるT・キングフィッシャー氏、わかりやすい日本語に訳して頂いた原島文世氏、そして本書を日本にいながら楽しめるように生み出して頂いた編集者の方々に感謝致します。ありがとうございました。

 なお、本書を読むと無性にパンが食べたくなります。本書を読み終えて、少し遠出して色々なパンを買いに行き、物語の内容を反芻しながらパンとコーヒーを味わいました。素敵な物語を本当にありがとうございました。

買ってきたチョコクロワッサン

#パン焼き魔法のモーナ街を救う
#読書の秋2022
#早川書房

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