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書籍紹介 喰代栄一『なぜそれは起こるのか 過去に共鳴する現在 シェルドレイクの仮説をめぐって』

 本書では、生物学者ルパート・シェルドレイクの形態形成場仮説について詳細な解説をしています。シェルドレイクの理論は、生物の形態や行動が単に遺伝子によって決定されるのではなく、過去の生物やシステムとの「形の共鳴」によっても影響を受けると主張しています。
 この理論は、従来の科学の枠を超えて、遺伝と環境の相互作用を再考し、心理学、社会学、さらには哲学的な問題にも焦点を当てています。

1.形態形成場仮説の深掘り

 形態形成場仮説によると、すべての生物は過去の個体が持っていた情報に影響を受ける「形の場」によって形成されます。この場は、物理的な存在ではなく、情報のフィールドとして機能し、生物がその形態を再現するための青写真として働くことになります。

 《現在自然に存在する生物の特徴的な形と行動、また物理的、化学的なあらゆるシステムの形態は、「形の場」による「形の共鳴」と呼ばれるべきプロセスによって導かれる。「形の場」がいったんできあがると、それは時間と空間を超えてこれから発生する生物や物理的、化学的システムに影響を与え、過去に形成された同様の生物やシステムの形を組織化し、再現させようとする。要するに、今あるものが今のような形をしているのは、過去に同じ形のものがそのように存在したからである》
 この仮説が自然に存在するあらゆるシステムについていえるということは、この原理が原子や分子、結晶、細胞内の小器官、細胞、組織、有機体、生物、社会など、さまざまなレベルにわたって適用されるということである。原子が陽子と中性子からなる原子核と、それを取り囲んで運動する電子とで構成されるような形になったのは、かつて宇宙にそのような形態の原子が存在し、その「形の場」が作用して、現在の原子は現在あるような形となっている。さまざまな分子がその分子に特有の形をしているのは、かつてそのような形の分子がこの世に存在し、大量のその分子の「形の共鳴」によって、現在の分子もそのような形になっている。生命細胞内の小器官、たとえば細胞内の物質を濃縮し蓄える働きをもつゴルジ体という組織が、いくつも重なった中空の円盤状をしているのは、かつてゴルジ体がそのような形をしていたからであり、その「形の共鳴」によっているのである。」

出所:同書(P41-42)

 遺伝子は生物の形態や性質をコード化するが、シェルドレイクはこれに加えて形態形成場が遺伝子の表現をガイドする追加的な情報層として機能すると提案しています。遺伝子が生物の可能性を設定し、形態形成場がその表現の実現を助けるとされています。

 生物体内の生体物質は、ある日、偶然に突然変異する。そしてその物質の「形の場」ができ、それはしだいに強まって、進化した生物種の生体物質として固定していく。しかしまたあるとき偶然のいたずらでその物質構造は突然変異する。そしてその物質の「形の場」ができてと、同じことの繰り返しである。この偶然のいたずら、あるいは〝可能性の海〟の気まぐれこそが、創造性の構造なのではないか。
 生体を構成する物質のおおもとは遺伝子(DNA) である。DNAが、宇宙の創造性ゆえに突然変異を起こし、その結果として生体物質が変異し、それが生体の形の変異を生む。現代生物学では、遺伝子は親と同じ形の個体を子孫に伝える因子と考えられている。それはたしかに正しいのだが、その遺伝子こそがまた、新種生物の形を形成させる道具でもあるのだ。遺伝子という物質が変異することによって、進化が生ずるのだから。一方、「形の共鳴」作用は今存在する生命の形を、過去に存在した同種生物の形に整える力をもつ。子孫が親と同じ体の形、同じ習慣、同じ行動をもつように働きかける力をもつのだ。これが現代生物学の考えなかった、重要なポイントであるとシェルドレイクは主張する。
 遺伝とは、親のもつ形質がその子孫に継承される現象をいう。それを物質レベルにおいてになうのは遺伝子だ。しかしそれを非物質レベルにおいてになうのは「形の共鳴」作用なのである。それを“霊的遺伝要因〟、あるいは〝霊的遺伝子”とでもいおうか。

出所:同書(P234-235)

2.形態形成場の具体的な応用例

(1)生物学的再生
 イモリの失われた四肢がどのようにして元の形状に完全に再生するのかが、形態形成場の一例としてあげられています。切断された部位からの信号が「形の場」を活性化し、失われた形態の正確な再現を促します。

(2)動物の迷走行動
 渡り鳥やサケが産卵のために生まれた場所に戻る行動は、形態形成場が過去の経路と共鳴することで説明されます。これは動物が遺伝的に経路を記憶しているのではなく、種全体の「記憶」にアクセスしていると考えられます。

(3)人間の心理現象
 デジャヴ、予知夢、シンクロニシティなどの心理現象は、個人の経験だけでなく、人類共通の経験の共鳴として形態形成場からの影響を受ける可能性があります。これにより、個々人の意識が過去の人々の経験とどのように連動しているかを考察する道が開かれます。

3.現代科学のパラダイムの変革の可能性

 形態形成場仮説は、科学が物質主義的アプローチからより情報中心のアプローチへと進化することを示唆しています。これにより、物理学、化学、生物学の各分野で新たな理論が模索される可能性があります。この仮説が持つ概念は、医療、生物工学、さらには人工知能の分野で新たな技術や治療法の開発につながるかもしれません。例えば、形態形成場を模倣した新しい再生医療技術が開発される可能性があります。

「科学・技術を偏重して人類が築き上げた現代文明は、ここにきて混迷の度を深めている。それは生命現象を物質レベルのみに還元して追究してきた科学にも責任の一端があるのかもしれない。シェルドレイクの理論はそういう科学を包み込んで、私たちに新しい次元の科学を開かせる可能性を秘めている。いや、彼の考え方こそ、二十一世紀の科学のひとつのよりどころとすべきものなのだ。また、それは現在の行きづまった地球文明を打開する哲学を私たちに与えてくれるだろう。そして何よりも意義深いことは、私たちが自らの過去の存在のあり方を見つめ直すことができる点である。そこからまた、未来社会をにらんで、今私たちがどのような生き方をすればよいのかも見えてこよう。本書が、そのようなことを考えるきっかけになれば著者望外の喜びである。」

出所:同書(P3-4)

4.哲学的・宗教的意味合い

 形態形成場仮説は、生命の本質が単なる物理的存在に留まらないことを示唆しています。生命は情報とエネルギーの複雑な交流あることへの理解が私たちの生命観や宇宙観に深い影響を与えることになります。
 加えて、精神と物質の間のギャップを埋める概念を提供します。物質世界だけでなく、精神的世界も宇宙の基本的な構成要素であるという見方の科学的根拠を提供する可能性があります。

 私たちは時間を、過去、現在、未来というように分離して考える。しかし、(注:デビッド)ボームのように一つの全体的宇宙を考えるならば、時間も過去や現在、未来のように分断された断片ではなく、一つの宇宙的時間の中で、その断片同士は互いに相関していることになる。シェルドレイクは、生物その他あらゆる現在のシステムは過去からの同種のシステムの「形の共鳴」の作用のもとに存在するといっているのだから、それはボームの宇宙の全体性・内蔵秩序の仮説のある一側面をいっているのかもしれないのである。
 今日の量子力学は過去の現在への影響について説明することができない。時間の連続性とか時間の動き、あるいはそのプロセスなどについて説明する概念がないのである。 量子力学は限られたある一瞬だけを扱い、それを観察するのみである。 しかし現実の宇宙には時間は流れているのだ。
 そこでボームは、現在という瞬間が宇宙全体の「投影(プロジェクション)」であるという考え方で、量子力学の時間に関する不足部分を補おうとした。 宇宙全体の中に包み込まれていた何かの局面が現在という瞬間に開かれ、その刹那にその局面が現在になるというのである。そして次の瞬間も同じように全体の中に包み込まれていたもう一つの局面が開かれるというように考える。 ここで重要なポイントは、ボームがそれぞれの瞬間は前の瞬間と似ていて、しかも違っていると主張していることだ。
 この点についてボームは、さらに「注入(インジェクション)」という言葉を使って説明している。つまり、現在という瞬間は全体の投影であり、投影された現在という瞬間は次の瞬間には全体の中に逆に注入され返すというのだ。したがって全体に戻ってきた前の瞬間の性質が、次の瞬間に全体から投影される局面に、一部、含まれることになる。だから前の瞬間と次の瞬間の現在との間には、ある程度の因果性があることになるのだ。(P88-89)

出所:同書(P88-89)

 本書は、形態形成場仮説についての理解に向け、科学的および哲学的意義を探求するのにも示唆深い書籍です。今後の量子論の研究なども進む中、この仮定がより確実な評価となるかもしれないと期待します。


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