佐々木実さんの『宇沢弘文 新たなる資本主義の道を求めて』講談社現代新書(2022)は、経済学者、宇沢弘文の生涯と思想を描いています。本書は、宇沢が提唱した「社会的共通資本」の理念を通じて、資本主義の限界とその再構築を著者の解釈を添えて問い直しています。
宇沢は、市場原理主義の対極に立ち、人間的な尊厳と社会の調和を重視した経済学の新しい道を模索し続けました。著者は、宇沢の足跡をたどりながら、現代社会の課題に対する宇沢理論からの示唆を与える内容です。
1.資本主義への問いとフリードマンとの対立
冒頭でも触れたように、宇沢は、市場原理主義に根本的な異議を唱えた経済学者です。フリードマンが市場の役割を絶対視し、政府の介入を極力排除する「市場=社会」論を唱えたのに対し、宇沢はそれに真っ向から反対しました。宇沢にとって、市場はあくまで社会の一部に過ぎず、市場経済が社会全体を支える存在ではないと考えました。
フリードマンは、『資本主義と自由』で「市場が広く活用されるほど、社会の絆がほころびるおそれは減る」と述べています。これに対し、宇沢は、市場化の進行が社会の絆を崩壊させる危険性を指摘し、「社会のすべてを市場に委ねることは、社会的絆の喪失につながる」と警告しました。
2.社会的共通資本の経済学
宇沢の「社会的共通資本」論は、市場の効率性や利益追求だけではなく、社会全体の安定と持続可能性を重視する考え方です。宇沢は、社会的共通資本が適切に維持されなければ、経済的な発展も持続しないと考えました。この「社会的共通資本」とは、大気や水、森林といった自然環境、交通やインフラ、医療や教育など、全ての人々が享受すべき公共の財産を指します。これらは、市場の論理に任せるべきではなく、社会全体のために保護され、管理されるべきだと宇沢は主張しました。宇沢の経済学の中核を成すところです。
3.宇沢の経済学と自然との調和
宇沢が自然と人間の関係を経済学に取り込んだことは、特に重要な点と著者は指摘します。 水俣病問題をきっかけに、宇沢は単なる市場メカニズムの枠を超えて、自然と経済の調和を追求するようになりました。現代の気候変動問題や環境政策においても非常に重要な視点を提供するものです。 宇沢は、経済成長の陰で生じる環境破壊や公害問題に対して、既存の経済学が十分な対応をしていないことを批判し、自然環境を経済学の一部として取り扱う必要があると主張しました。
4.ウクライナ侵攻とESG投資への影響
著者は、宇沢の思想を現状の資本主義に照らし合わせて考察しています。例えば、ウクライナ侵攻を受けて、欧州の金融機関が武器製造企業への投資をESG投資に分類し直すという動きがあったことが取り上げられています。
5.最後に ~宇沢弘文の思想の現代的意義~
前出の通り、宇沢の思想は、市場原理主義が広く浸透する中で、社会の安定と人間の尊厳を守るための重要な視点を提供しています。「社会的共通資本」論は、持続可能な未来のために必要不可欠な枠組みです。
本書は、宇沢の原典の背景を理解し、彼の思想が私たちの未来にどのように影響を与え続けるかを考えるための豊富な材料を提供しています。現代の資本主義が抱える矛盾や限界に向き合い、持続可能な未来を築くための指針を得るためのヒントが詰まった一冊であり、分かり易く書かれてもおりますので、お勧めです。