前世に誘う辺境の占い師

高瀬甚太
 
 占いの類に私は時々、心惹かれる。占いの神秘性、謎の部分に惹かれて、私自身も時折、占いをやってみることがある。だが、私はだめだ。どこかで占いを信じきっていないところがある。だから自分で占おうが、占い師に占ってもらおうが、結果に一喜一憂することが少ない。どうせ当たるはずがない。心のどこかでそう思っているからかもしれない。
 それなのに私は占いに興味があって、占いの本をこれまで数冊制作してきた。そのどれもが一定の売り上げを示した。当たるはずがないと思いながらも占い本の制作に勤しむのは、結果云々よりも、占いが好きだという気持ちが心のどこかにあるからだろう。
 そんな私の心を見透かしたかのように、一人の占い師が私の前に現れた。
 
 秋口に近い晩夏のことだ。その日、本を1冊上梓した私は、鳥かごから解放された小鳥にでもなったかのような気分で黄昏の街に飛び出した。かなりページ数の多いタフな本であったため、七転八倒しながら作り上げた労作は、思いのほか仕上がりがよく、それも私の気分を高揚させる一因になっていた。
 古本屋を数軒冷やかした後、いつものように喫茶店に入り、濃いめのコーヒーを口にした後、食事に向かった。普通は食事をしてからコーヒーを飲むのだろうが、私の場合、空腹に飲むコーヒーの刺激がたまらなくて、それもあって順序が逆転し、コーヒーを飲んでから食事、といった具合になっている。
 時計を見ると午後6時、迷った挙句に旧い洋食屋に入った。カウンターだけのこの店は、知る人ぞ知る名店で、何を食べてもハズレがなかった。特に美味しいのがハンバーグだ。もちろん手作りで、中身の充実感、焼き具合、特製のデミグラスソース、どれをとっても高得点で、これを食べただけで充分満足するのだが、私の胃袋はさらにオムライスを求めた。このオムライスがまた、秀逸で、卵のふわふわ感と中身のチキンライスが独特の調和を保ち、食欲を一層湧き立たせる。おまけにこの店の料理はどれも値段が安かった。それがまた嬉しい。高くて美味しいのは当たり前だが、安くて美味しいところにこの店の価値があった。
 満足し、幸福な気分で店を出た私は、事務所へ帰る際、近道をしようと思い立ち、賑やかな通りから外れ、路地を歩いた。
 路地を抜けると、さらに閑散とした通りに出た。人通りの少ない場所だ。ひっそりとした通りを歩いていて、ハッとした。占いと書かれた提灯が通りにぶら下がっていたからだ。まさか、こんな場所で――、と思いながら近づいてみると占い師が小さな机を置いて座っていた。
 黒い衣服に身を包んだ、いかにも占い師といった装いの女性が前方をじっと見つめたまま、黙して座っていた。つい好奇心を抱き、
 「こちらでは何を見ていただけるのですか?」
 と聞くと、占い師は顔を上げながら私を見て、
 「あなたの前世を見て、現在、未来を占います」
 と答えた。彫の深い、エキゾチックな風貌の占い師の女性は、三十代半ばに見え、占い師独特の妖しい雰囲気を漂わせていた。
 占いといっても無数にある。四柱推命、九星学、星占いや手相、人相など、ほとんどすべてのものが占いに転化できる。四柱推命や九星学などデータの集積を元に判断するものもあれば、易者の勘に頼り、霊感からくるものもある。占い師の女性は、前世を見て、現在、未来を占うと説明したが、おそらく霊感占いの類ではないかと推測した。
 「霊感占いですか?」
 と尋ねると、占い師の女性は、小さな笑みを浮かべ、
 「鑑定しましょうか。そうすればすぐにわかりますよ」
 と言った。一瞬、躊躇したものの、「お願いします」と答え、占い師と対面する席に座った。
 通常は、名前と生年月日を聞かれるものだが、占い師は何も聞かず、ただ、私の瞳をじっと見つめるだけで、黙して何も聞かない。占い師の瞳は、吸い込まれそうなほど大きくて澄み切っていた。無言のまま、私の瞳を見つめていた占い師は、その視線を下に下ろすと、私の両方の手を軽く握った。その瞬間、私の体の中を電流のようなものが突き抜けた。
 でも、それはほんの一瞬のことだった。すぐに元に戻り、次に占い師は、祈るようにして両手を合わせ、何事かつぶやいた。沈黙の時間が数分間流れた――。
 裏通りであるとはいえ、誰も通らないことが不思議でならなかった。路地を抜ければ賑やかな商店街があり、通行人は引きも切らないはずだ。それなのにまるで異空間にでもいるかのように寂とした静けさに包まれ、それほど静かであるにも関わらず、何の物音も聞こえて来ない。
 「あなたの前世は――」
 と占い師が口を開いた。私は目を瞑り、占い師の言葉を待った。
 「あなたの先祖は農家ですね。小高い山に囲まれた川沿いの小さな家で暮らし、長い間、平穏な日々を送ってきました。しかし、ある時、自然の思わぬ災害に遭い、変化を余儀なくされました。あなたの前世は、その思わぬ事故に遭った農家の男性です」
 占い師の話がまったくのでたらめとは思わなかった。私には前世の記憶はないが、占い師の話を聞いているうちに前世の記憶と思しき光景が目の前に広がってきたからだ。
 前世とは何か――。かつて中国の奥地に存在する『生まれ変わりの村』を取材した本を読んだことがある。森田健の著作だが、その本の中には、前世の記憶を持っているために、誰にも教わっていないのに生まれながら複雑な大工の仕事ができたという男性の話や愛妻が男の子に生まれ変わり、前世の夫に再会した話、二児の母として死んで、今も母性愛を引きずる男、狼に食べられて死んだ弟が、妹になって訪ねてきた話など、多数掲載されていた。私は、日頃から人智を超えたものがこの世の中には多数存在すると信じていた。前世が存在しても一向に不思議ではないと思っている。目に見えるものや体感するものはこの世の中のほんの一部で、多くは謎に包まれている。信じる信じないは別にして、人にはそういった不思議に出会う瞬間が何度かある。ただ、多くの人はそれに気付かずに過ごしているだけのことだ。
占い師は、さらに言葉を続けた。
 「前世であなたは、激しい恋をしています。しかし、それは思わぬ事故のため、頓挫します――」
 それだけ語って占い師は言葉を閉じた。
 「激しい恋?」
 私が笑うと、占い師は、私を見つめて言った。
 「今日、あなたは懐かしい人に出会います」
 お金を払おうと思い、金額を尋ねると、占い師は手を振って、
 「今回は結構です」
 と答えた。
 占い師の元を離れた私は、事務所へ向かう道を歩こうとしたが、どういうわけか、その道は袋小路になっていて、仕方なく元の占い師のいた場所に戻ったが、すでに占い師は店を畳んだようで、その場所にいなかった。
 通り慣れた道なのに、なぜ袋小路に迷い込んだのか、不思議に思いながら、私は酒にでも酔ったような気分に陥っていた。洋食屋でワインの白をグラス一杯呑んでいた。それが災いしたのかと思い、急いで事務所に戻ろうと、元来た道を歩き始めるが、なかなか行き着かない。どうしたのだろうか。不安になって周りをみるが、町の様子はいつもと変わらない。ただ、人とまったく出会わないことが私を不安にしていた。仕方なく、商店街に入るしかないと思い、路地に入るが、そこでも私は行き詰ってしまった。歩けども歩けども、なかなか商店街に行き着かないのだ。困惑した私は、一度、立ち止まり、占い師のいた場所へ再び引き戻った。すると、そこに一人の女性が立っていた。着物姿の小柄な女性は、私を見ると、何やら大きな声で叫び、私の方へ走り寄って来た。
 私は背後を振り返った。私ではない誰かがいて、その人に走り寄っている、そう思ったからだ。だが、そうではなかった。その女性は、私をめがけて走り寄り、私に抱きついてきた。
 「会いたかった……」
 女性は、私に抱きつき、そう言った。しかし、私はその女性に見覚えがなかった。
 「私、井森と申しますが、間違っておられるのではありませんか?」
女性は、私の言葉に気付かないのか、なおもしがみついてくる。
 その時、ドドドッと足音がした。驚いて前方を見ると、数人の男たちが血相を変えて走って来るのが見えた。
 「助けて……!」
 私の胸の中にいた女性は強い力で私にすがりつくと、恐怖の声で言った。
 「えっ!?」
 何が起こったのか、起ころうとしているのか、わけがわからず、私は近寄ってくる男たちを呆然と見つめた。
 近寄ってきた五人の男たちは、荒々しい声で私に言った。
 「その女をこちらへ寄こせ。歯向かうと命はないぞ」
 五人の男たちは屈強な肉体と凶暴な人相をしていた。野獣のような鋭い目で睨みつけられると、思わず震え上がった。
 「この女性は嫌がっているじゃありませんか。警察を呼びますよ」
 震えながら言った。
 「何をこのやろう!」
 男の太い腕が私の首根っこを掴んだ。それでも私は、しがみついてくる女性の体をさらに力強く抱きしめ、離さないようにして激しく抵抗した。
怒った男たちは私を取り囲む。首を掴む男の手の力が私の意識を失わせた。それでも私は女性を抱きしめ、決してその体を離さなかった。やがて私はそのまま意識を失った。
 ――気が付くと、私は布団の中にいた。ハッとして起き上がると、
 「もう少し寝ておられた方がいいですよ」
 と声をかけられた。白髪の老人が私のそばにいた。その隣には先ほどの女性もいた。無事だったのか、女性の顔を見て、私は思わず安堵した。
 意識を失いかけた私を助けてくれたのは、塩瀬弥十郎という老人だった。五人の男に囲まれた私を見つけ、大声で叫んで助けを求めたため、五人の男たちは慌てて逃走した。意識を失った私を自分の家まで運んでくれたのはその老人だった。
 幸い傷はなかった。強い力で締め付けられたため、首はヒリヒリとしていたが、それ以外、ダメージはなく、急いで布団から抜け出た私は、一時も早く事務所へ戻らないといけないと思い、塩瀬氏にお礼を言って立ち去ろうとしたが、その時、塩瀬氏のそばにいた娘が、
 「喜助さん、待ってください」
 と叫んだ。喜助――。私は思わず辺りを見回した。自分に対して言っているとは思えなかったからだ。
 「私は喜助ではなく、井森公平ですが……」
 と言おうとしたが、娘は、さらに大きな声で、私に言った。
 「私を一緒に連れて行ってください!」
 その時になって初めて私は異変に気が付いた。
 塩瀬氏の服装も、女性の衣服も、そして家の中の様子までもが前近代的なもので、明治時代か、大正時代、昭和初期の雰囲気であったからだ。
 「喜助さん、私も連れて行ってください」
 髷を結った娘の顔は、少女のように見えた。しかし、じっと見つめると成熟した女性の顔にも見えてくる。初めて出会う人なのに、なぜだろう、懐かしさが募った。
 いつの間にか塩瀬氏はいなくなり、私は田畑に囲まれた農地に立っていた。
 タイムスリップをしたのか、それとも夢を見ているのか――。呆然と立ち尽くす私の前に、先ほどの女性が手に鍬を持ち、こちらへ近寄ってきた。
 「喜助さん、ご飯にしましょう」
 女性はそう言うと、私のそばに座り、弁当箱を開いた。少女の顔をしていた女性はいつしか大人びた中年女性となっていた。女性に言われるまま私は女性のそばに座り、弁当箱に箸を付けた。
 ――その時、天変地異が起きた。轟音が地中から鳴り響き、天から火山灰のようなものがすごい勢いで降り落ち、地面が割れ、家が壊れ、私は地中に吸い込まれて行った。
 「喜助さん、私も連れて行って……」
 女性の放つ悲壮な声が耳に響いたが、激しい勢いで地中に呑みこまれて行く私にはどうすることもできなかった。
 
 ハッとして気が付くと、私の前に先ほどの占い師が座っていた。
 キョロキョロと辺りを見渡す私に、占い師が言った。
 「前世のあなたに出会いましたか?」
 「前世? わけがわかりません……」
 私は、占い師に、体験したすべてを克明に話して聞かせた。ストーリーも  何もない、わけのわからない体験のことを――。
 占い師は、私を見つめて言った。
 「あなたは前世のあなたに会って来たのです」
 「前世の私に?」
 占い師は断言した。
 「喜助と言う男がいたでしょう。その男性が前世のあなたで、あなたは喜助の生まれ変わりです」
 「喜助が? それじゃあ、あの女性と塩瀬という老人は?」
 「女性は、元々、あなたの近くに住むあなたの幼馴染です。さとと言う名前で、父親が博奕に嵌ってたいそうな借金を背負ってしまったため、さとは借金の肩代わりに女衒に売られることになりました。さとはそれが嫌で、あなたの元へ助けを求めに逃げて来ました。さとに愛情のあったあなたは、さとを救うため、塩瀬という庄屋の家に駆け込みます。塩瀬という庄屋の老人は、日頃からあなたをかわいがっていたので、あなたとさとを逃がし、追手の来ない農地に二人を住まわせました。二人は幸せに暮らしていましたが、ある日、山が噴火し、それに伴う地震で、あなたは事故に遭い死亡します」
 私は思わず笑った。到底信じられる話ではなかったからだ。
 「しかし、さとは生き残りました。生き残ってあなたを探し続けました。今も――」
 「今も……?」
 占い師はそう言って私を見つめ、
 「お腹が空いていませんか?」
 と聞いた。占い師は、私の返事を聞くより先に、バッグの中に手を差し入れ、中から何かを取り出した。
 「ご飯にしましょう」
 占い師はそう言うと、私の前に弁当箱を差し出した。
 
 ――気が付くと、私は、裏通りの一角に呆然と立ち尽くしていた。行き交う人に、「大丈夫ですか?」と声をかけられるまで気付かずにいた。
 ここは……? それさえわからないほど困惑していた。占い師の姿はなく、通りの様子も違って見えた。
 「ここに占い師がいましたよね」
 通りがかりの人に聞いたが、誰もが笑って、
 「こんなところで占いをやっても流行りませんよ。見たことがありません」
 と答えた。
 いったい私はどうしたというのか。では、私が見た占い師は――。
 事務所に帰り、私は自身の体験を反芻してみた。
 不思議な現象だった。私自身がそうした異次元の体験をするなど思いもよらなかった。前世――、前世で私は喜助と呼ばれていたと占い師は語り、喜助の生まれ変わりだと占い師は私に告げた。そして、さとと呼ばれる女性が私を探していると。前世がそうであるなら、何か私の記憶に抵触するものがあると思うのだが、それはなかった。ただ、さとという女性の顔だけが懐かしく思えた。
 それとも私は霊的空間にでも誘い込まれたのだろうか、理解不能なことが多すぎた。酒に酔っぱらって夢でもみていたのかと思ったが、それほど酒を呑んでいないし、酔っぱらってもいなかった。
 翌日、私は、知人のD大学の佐藤栄次郎教授を訪ねた。何かしら判然としないものがあり、昨日の体験が尾を引いていたからだ。私の中にあれは何かの前兆ではないかと思わせるものがあって、それをはっきりさせないことには、またいずれ同じような目に遭うと思った。
 佐藤教授は、D大学の名誉教授で、脳科学を専門家としていたが、同時に前世の研究科の大家でもあった。以前、関西の有名教授を取り上げる本を作ったことがあり、その時からの付き合いである。
 私が体験した一部始終を話すと、佐藤教授はたいそう興味を持ち、ぜひとも、その占い師のいた場所に連れて行ってくれと言った。
 その日、早速、私は佐藤教授を商店街に案内し、この間と同時刻に喫茶店でお茶を飲み、洋食屋で食事をした後、商店街から路地に入り、裏通りへ出た。
 閑散とした裏通りに出たところで、ある場所を指さして佐藤教授が聞いた。
 「もしかしたら、あの場所に占い師がいたのじゃないか?」
 「ええ、そうですが……。よくわかりましたね」
 「稀に辺境の場所というところがあるんだよ。その場所が一定しているかというとそうでもなくて、ある期間をおいて変化するようだが、霊的空間と現実の空間の境目にあたるその場所に引き寄せられる人間がたまにいる。井森編集長、多分、きみは普段から好奇心が強く、何にでも関心を寄せるタイプなのだろうね。しかも、霊に引き寄せられる体質を持っている。その時のきみの気持ちの持ちようもあっただろうが、万に一つの偶然がきみに不思議な体験をさせた」
 「辺境の場所……?」
 「科学的に解明されているわけではない。また、それを事実として論じたり報じたものもあるわけではない。誰も信じないし、馬鹿にされるのが落ちだからね。また、脳が生み出す現象という説もある。さまざまな説が論じられているが、私は辺境説を採っている」
 「私が体験した、前世が喜助という農家の人間だということはどうなのでしょう。あれは真実なのですか?」
 「おそらく事実ではないと私は思いますね。さとという女性の強い情念が、きみのような辺境に引き込まれた男性に、多分、同じ体験をさせているのだと思う」
 「その女性ですが、私、その女性を見て、何となく懐かしさのようなものを感じて仕方がなかったのですが……」
 「さとという女性の顔は、それぞれの意識の底流にあるものが作りだすものだと思う。よく調べてごらん。きみの過去のどこかに、さとによく似た女性が存在するはずだよ」
 佐藤教授は、占い師のいた場所に近づくと、白い粉のようなものを撒いた。
 「その白い粉は何ですか?」
 私が尋ねると、佐藤教授は、神妙な顔をして言った。
 「私もここではなかったが、きみと同じ体験をしたことがある。もう少し若い頃のことだがね。やはりきみと同じように相手の女性はさとという女性だった。私は、さとという名前にもその娘の顔にも見覚えがあった。それで、とても悲しい思いをしたことがある。その時からだよ。私がこの勉強を始めたのは……。この白い粉は、化粧品のおしろいだよ。辺境の占い師に贈る私のプレゼントだ」
 佐藤教授の撒いた白い粉は、占い師のいた場所にスーッと吸い込まれて行った。
 
 佐藤教授の話を聞いても、私は自分が体験した前世をあっさりと否定することができなかった。何か、心に引っかかるものがあったからだ。その最たるものがさとの存在だった。
 佐藤教授は、意識の底流にある、過去のどこかに存在する人だと言った。だが、私には思い当たる人がいなかった。アルバムを繰り、同級生を中心に探してみたが、さとに似た顔の女性はいなかった。それならなぜ、私は懐かしさを感じたのだろうか。
 一週間後のことだ。友人の藤田信二からハガキが届いた。転居を知らせる内容で、裏面に、新居の前に家族が集合した写真が刷り込まれていた。
 その写真を見て驚いた。その集合写真の中にさとがいたのだ。藤田の娘、今年で十五歳になる娘がさとにそっくりだった。藤田の娘がまだ幼い時、彼の家に時折、遊びに行ったことがあった。その時、実の父を慕うように、藤田の娘が私にじゃれていたことを思い出す。その後、藤田は東京へ転居し、以来、十数年会っていなかったから、その存在さえ希薄になっていた。
 藤田から送られてきた写真を眺めながら、私がさとを見て懐かしく思ったのは、これだったのか? それとも――。
 未だに私の中でこの問題は未解決のままだ。
〈了〉


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