【フェミニズム試練の2023年】本来の女性解放運動取り戻すとき/菊地 夏野
フェミニズム研究者 菊地 夏野
ここ数年は、日本のフェミニズムに大きな変化が続いた。世界の「#MeToo」運動に伴走するかのように、規模は小さかったものの性暴力の告発が続き、一定の反響を呼んだ。
これを取り囲むように、ネット上ではフェミニズムの言葉が飛び交い、書籍の刊行も続いた。これらによりフェミニズムは、それまでの「バッシングの対象」「時代遅れの思想」から、「おしゃれで意識の高い」ものへと変質し、日の目を見るようになった。メディアや知識人は、「ジェンダーやフェミニズムの流行」をもって、若い人が目覚めている証拠とみなし、希望の象徴のように語る。
だがそこをずっと現場に仕事し活動してきた者からすれば、既にブームは終わった実感があるし、華やかな表層とは別に、今のフェミニズムは差別と憎悪に取り巻かれている、と言わざるを得ない。
数年前からネット上で問題となってきたトランス差別は、徐々にリアルのフェミニズムの空間をも侵食し始めている。集まるたびに、差別的な言動が起きないよう細心の注意を払わないと、場を保てない。書籍の刊行をめぐって、対立が生じる。セックスワーカーに関しても、当事者の意思を否定する発言や著作、運動が増えている。
当事者にとって過酷な環境であるのはもちろん、これまでフェミニズムに心を寄せてきた多くの人々にとっても、厳しい時代が来ている。
生産性やミソジニーへの対抗運動を
フェミニズムの外では、反韓反中言説が勢い付き、外国籍者が傷つく中で、2016年にはやまゆり園事件という戦後最悪のヘイトクライムが起きてしまった。「重度障害者は生きている意味がない、周りを不幸にする」という加害者の主張に、わたしたちは十分に対抗できる社会を作れているか。
22年には安倍元首相銃撃事件を機に、統一教会と自民党の癒着が明らかになったが、清算もされないまま、政権は維持されている。
昨年にはジャニーズ事務所における戦後最悪、いや世界最悪とも言われる性暴力の歴史が露見した。そのきっかけを作ったのが、日系ブラジル人のカウアン・オカモト氏であることをどう考えるべきか。私はまだ言葉に迷うが、少なくともマイノリティの力がこの社会に光を与えていることは間違いないだろう。
これらの暴力はどれもフェミニズムが問題にしてきた、生産性重視・英雄崇拝の男性中心社会の価値観から生まれている。統一教会はミソジニーを組織原理としている(拙著参照・『7・8元首相銃撃事件 何が終わり、何が始まったのか?』/河出書房新社)。私たちはフェミニズムが向き合うべきこれらの状況から、目を逸らされているのではないか?
パレスチナ女性たちが批判する「植民地主義フェミニズム」
世界的にも、気候危機が悪化した。各地で大雨による洪水が都市を襲い、山火事も頻発している。日本も台風、豪雨、熱波が増加し、気候リスクの高い国に数えられている。
だがその対策を話し合うはずのCOP28は、UAE(アラブ首長国連邦)の石油メジャーに取り仕切られ、バイデン米大統領の提案により、原発を2050年までに3倍にすると有志国が宣言した。原発汚染水を世界の海に垂れ流した岸田首相は、もちろん喜んで賛同している。1%の富裕層の男性たちが、99%のひとびとと地球を食い物にしている構図が明らかだ。
ウクライナ戦争がアメリカ陣営の軍需産業を潤すものであることは、初めから明らかだった。NATOの拡大に追い詰められたプーチンを、日本のメディアは「極悪人」「変人」扱いし、複雑な戦争の背景を単純化して報道し、視聴者を煽った。戦争報道によって軍事化をねらう日本の政治は正当化され、防衛費は拡大されようとしている。
このような中で希望を見出したのは、ロシアのフェミニストたちによる反戦の声明が届けられたことだ。彼女たちは言論を制限される中で、危険を冒してプーチン政権を批判しウクライナへの攻撃を止めるよう要求した。その動きは、インターネット上から消されてもまた別の者から表明された。
イスラエルのパレスチナ侵攻でも、パレスチナのフェミニストたちはイスラエルの攻撃に性暴力が含まれていること、多くの女性と子供が犠牲になっていることを訴え、「植民地主義フェミニズム」を封じるよう求めている。イスラエルは、「性的マイノリティへの配慮」や「軍隊内のジェンダー平等」を掲げることで、パレスチナ占領の暴力を覆い隠す「ピンクウォッシング」を行なってきた。「植民地主義フェミニズム」とは、そうした女性解放を名目に、暴力や戦争を正当化する植民地主義のことだ。
驚くような言葉だが、これを使う必要のある複雑な状況に今はあるし、これを批判することが逆に本来の私たちの望むべきフェミニズムを取り戻し、構想させることにもなる。
私たちのフェミニズムは、差別や暴力、植民地主義に向き合い、そうではない別の世界を想像し、実現させるものだ。おそらく厳しい状況は今後も続くだろう。だからこそ、フェミニズムの視点で世界を捉え直し、人とつながっていくことの重要性と可能性を呼びかけたい。
(人民新聞 2024年1月5日新年号掲載)