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【無料で読めます】奏でる銭湯、妙法湯(豊島区)の話

この物語はフィクションで実在の人物(特にお客さま)とは全く関係ありません。私があまりに銭湯、サウナが好きなので勝手に書いたお話です。5分で読めます。
銭湯は実在しますが個人の感想に尽きます。お店の方に依頼された訳でもありません。お店の方にお叱り、ご指摘を受ければすぐに訂正、削除します。

【最後まで無料で読めますがもし気に入っていただけたら投げ銭歓迎してます】
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タイトル:『サウナの鍵貸します』

わたし(20)
大学三年生(練馬区)通学の場合

「目で表現できないのかよ?!」

 卒業生の演出家の怒声。今にも稽古場の小さな区民館の鏡をバリっと割りそうになるのが怖い。幕が開く公演初日まであと数日。普段の公演前だって神経質になるのに“この状況下”だと誰だって“これから”が不安。

「10分休憩です!」
 
 同い年の演出助手の子の声が響く。“南長崎大通り”と書かれた台本を持って“野間”役の私は、立ち位置を離れた。色んな連絡が来る、隅で待つiPhoneが気になって仕方がなかった。

『アイルランド転勤、延期になった』

 お姉ちゃんからのLINEに安堵。でもそれと一緒に、“これから”が現実味を帯びて、私の肩をポンともうすぐそばまで叩いてきそう。

―お姉ちゃんとまた一緒に住みたい

 頭を通過する言葉を遠くにどけて、『よかった』とだけ返信。お姉ちゃんの婚約を機に始めた、風呂なしアパートに一人暮らしはやっぱりキツい。

***

 稽古が終わって真っ先に自転車をこぐ先は紫の暖簾と一緒に、明るく電飾の木漏れ日が漏れる場所。私は、暖簾のそばに自転車を止めて自転車のかごをガサゴソ。一刻も早くシャワーを浴びたい。家から持ってきたタオルと、着替えの奥底でうずくまる財布を発見、私は回数券を取り出す。

―身体洗って、さっさと帰って寝よう

 最近、紫の暖簾の右上に“サウナ付”が目につくのは絶対にお姉ちゃんのせい。

『ここは東京の“しきじ”だよ、毎日通えるじゃん!』

 それが決定打になって、劇場も学校も池袋も近いから、ただ、なんとなく、なんとなくこの町に住む事を決めた。

 “しきじ サウナ”でインスタを開くと“サウナ しきじ”の看板が沢山。何だかすごい事は分かったので、iPhone、それから靴は綺麗に整列された靴箱に、別れを告げる。
 けれど、ずっと気になっていた、受付で用意されている黄色いバスタオルとフェイスタオルにサウナの鍵、らしきものセット。サウナに入るお客さんは、サッとそれを受け取っている。

―値段を聞くのは自由

「サウナはいくらですか?」
「300円です」

 なんとなく、聞いたはずだったけれど、サウナセットを差し出されてしまったので、私は再びうずくまる財布から300円お支払い。

―300円、リッチ。そして持ってきたタオルたち、おやすみなさい

***

 大小、色んなサイズのロッカーが、テトリスみたいに並んでるロッカーはもちろん大きい24番。稽古場と同じくらい大きな鏡のすぐ前にある大きなロッカー。
 私は、稽古でたっぷり汗を含んだジャージにTシャツ、それにバイトの制服が入った大きなリュックを預ける。
 この鏡は、稽古場では気づかなかった顎の下に出来たニキビが、まだぐんぐん成長途中であることを教えてくれる。

―私は今も女優なのに、 小さくならないニキビ

 “ハタチ”はどうやらお肌の曲がり角。でも私は“これから”どこへ曲がるのかやっぱりさっぱり想像つかない。

***

 軽快なJAZZのリズムにあわせて、踊っているお花畑の浴場。右側に並ぶカランの桶は、可愛い可愛い、お花柄。私の席は一番手前、下座のホース型のカラン。上座のお席は、頭にふんわりタオルを巻いたお姉さん。いつも見かける憧れているお姉さん。私とは違って、引き締まった体形に堂々としたたたずまい。さすが上座。
 桶のお花と一緒に踊るのは、青色のリンスインシャンプー、黄色のコンディショナー、緑色のボディーソープ。それに自分で持ってきた、フィーチャリングビオレ。ゴシゴシ、私の身体の舞台の上でリズムに合わせてタップする。

***

 まずは左の真っ白な湯船。その名も軟水炭酸シルキー風呂。寄りかかる事の出来る角のある柱、縦長の浴槽。べスポジは一番奥の隣のジェットバスとの境目。九の字になった、ふちに腕を乗せて、ぺったり背中をくっつけて。なんてったって、お風呂に浸かりながら、頭上にあるテレビを見るのに最高のポジション。

 39度の心臓の湯は心地よく、テレビに飽きても、広くて明るい浴室とガラス超しの脱衣所まで抜けるように見渡せる、絶景スポット。JAZZの音楽にあわせて、テレビは字幕。だから皆、上を見がち。

―上を向いてお風呂に入ろう
 
 ふんわりタオルのお姉さん、が席を立って上座を譲る。行く先はサウナ。ずっと見向きもしなかった、いつの間にか私も入る事になっていたサウナ。
 それでも私はこの場所から離れたくない。あと五分くらいでドラマの来週の予告が始まるから、もう少し湯船に揺られていたい。

「そう、殺したのは私!」

 来週の予告が始まって、字幕と一緒に映った同級生の女の子。女優になった“あの子”。

 お隣に移動した私は、勢いの良いジェットバスから吹っ飛ばされそうになるのをこらえて、手すりにつかまった。その手に力がこもる。足の裏、ふくらはぎ、背中をゴゴゴゴと、マッサージ。ついでに私の事もテレビの向こう側に吹っ飛ばしてくれれば良いのに。

 丁度、ふんわりタオルのお姉さん、別名サウ姉さんがサウナから出てきて隣の立ちシャワーを浴びている。しばらくして、今度は水風呂にソロリとダイブ。ずっと見ていると、サウ姉さんは身体を拭いて脱衣所の方へ出て行った。

―サウナに入ろう

***

 ペタペタ、黄色いタオルを持ってサウナの前で立ち尽くす。何故なら取っ手が無いから入れない。早々に挫かれる出鼻。

―どうやって入ればいいの?
 
「サウナの鍵持ってますか?ここに刺すんですよ」
「あ…」

 立ち尽くす私に後ろから笑顔でほほ笑む女性は、サウ姉さん。小さくお礼をして、私は口をパクパク。それから腕に着けていたもう一つの鍵の存在をすっかり忘却。

 サウ姉さんに教えてもらったように戸を開けると、そこは明るい浴場とは違う少し暗めな部屋。二段の階段に、熱がムワっと襲ってきそう。敷き詰められた青と白のウォーリーみたいなマット。

 二段目には、修行僧のようにあぐらをかいて手を膝の上に乗せる、サウ姉さん。目を閉じて、背筋を伸ばしてシャンとしている姿は、やっぱりかっこいい。
 私は一段目の柵の目の前。黄色いタオルをウォーリーの上に敷いて、ただ座る。右上の時計は、3を指す。これは12分をはかる時計、つまり1分経ったら一つ進む針。

―いつまで居ればいいんだろう

 この部屋にはテレビも無くて、聞こえるのはチリチリと燃える音、それから軽快なJAZZの音の重奏。テレビを見ながら湯船に揺られている時は、あっという間に時間が過ぎるのに、この時計は本当に時を刻んでいるように見えない。心臓はドク、ドク、ドク。それなのに時間はゆる、ゆる、ゆる。

―熱さで時空も歪んだの?

 サウ姉さんは姿勢を崩さず、目を閉じて微動だにしない。私は針が3から6になったのを見て、タオルで拭いたはずの身体が、鱗みたいな汗に包まれるのに耐え切れなくなった。
 
 更に待ち構えている試練、シャワーを浴びて水風呂。20度。すぐ挫折。私は、まだまだ修行が足りない。折角あったまった身体が冷えそうで、もうサウナに入るのはもうやめよう。そう思った時、サウナの入口に“サウナの入り方”というチラシが貼ってあるのに目が入る。

―サウ姉さんはこれをやっていたのか

***

 二回目の挑戦。もう初めてじゃない。“サウナの入り方”も熟読。今度は5分入ってみよう。12分時計の数字を確認。今は6、ついでに温度計は110度。驚いて、二度見。
 私はさっきと同じ一段目の柵の前。よく見ると黒いパイプの中に、小さな青い炎。じっと見つめているとボっと消えて、チリチリ奏でる。その炎は消えてもこの部屋は熱をもったまま。私の炎は消えてるようで、『熱が足りない』と言われた事を思い出すあの夜。出来なかった、深夜の告白。

***

『こうなりたいとかないの?芝居好きなんでしょ?』
『えっとー…』

 深夜の飲み屋の芝居論に花が咲くと、必ず私に盛られる毒と飛び交う刃。

『もっと熱が無いとやってけないよ?“あの子”だってもうテレビ出てるのにさ、同じ学年でしょ?』
『積極性が足りないんじゃないの?』

 毒と一緒に語られる、夢とか目標とかやりたい事とか明るい未来。
 私は口が裂けても“就活しようと思ってる”なんて、言えなかった。“オーディションは100回以上落ちたから”なんて、言えなかった。“これから”がどうなるのか、不安で不安で仕方ない事を、私は言えなかった。

***

 ボっと炎が今度は点灯、再び青くチリチリ奏でて、6を指してた数字はまだ10。あともう少し、なかなか進んでくれない12分時計。念をフンって送ったらやっと11に針が到着。私は5分入れた、という達成感に満ち溢れてシャワーに向かう。今度こそ水風呂30秒は、入りたい。

―上を向いてお風呂に入ろう

 周囲を見渡すと皆、やっぱりテレビに注目。私はテレビの横にある、時計の秒針に注目。それから水風呂に突入。こっちの秒針もとっても遅い。私はじっと体育座り。10、9、8、と数え始めたら、もう少し長く。もう一度、あと10、9、8、それから10、9、8と何度も、何度も繰り返す。

―上を向いてお風呂に入ろう、涙がこぼれないように

 気づいたら、1分経過。我慢が気持ちいいに変わる。私にもできた。

 身体を拭いて、脱衣所の椅子に腰かけて深くゆっくり目を閉じる。身体に血液が回っているのを全身で感じる。それから人形劇の紐みたいに、頭のてっぺんから魂が引っ張られていく感覚を。

 戻ってきた私の魂、目を開けて入る蛍光灯のスポットライト。隣を見るとサウ姉さん。目が合うと私に向かってほほ笑んでくれた。私もまた、ぺこっと頭を下げた。

***

 ウィーン。ビールサーバーからジョッキに注がれる生ビール400円。

「ハートランド、この値段じゃ他では飲めないよ!」
 
 お店の人の笑顔が眩しい。いつもは素通りしてしまう、けれど余りに美味しそうに飲むサウ姉さんを真似た。
 ジョッキを受付に持っていくと、ビールサーバーに置くように言われて、サウ姉さんの隣に座って、飲む生ビール。プハァ、と声に出したくなる、こんなに美味しい。

 目の前のテレビは“あの子”もビールのCMで一緒に美味しそう。悔しさが混じるスッキリ苦味生ビール。
 お姉ちゃんに写真を送ろうと思ってiPhoneを出すと気づく、2つのお知らせ。

“オーディション二次通過のご連絡”
“合同企業説明会のご案内”

水風呂に入る時のように、身体がシクシク。

『私は今も女優?小さくなったのは―』

 私はiPhoneをしまった。
 まだ来ない“これから”について、もう少しだけ、を数える。10、9、8、と数え始めたらもう少し長く。あと、もう少し。もう一度、あと10、9、8。リズムを奏でる。

 “no sento,no life”

 私は、どこかで見た事のあるようなキャッチフレーズが書かれたガラス戸を抜けた。それから自転車をこいで、奏でる銭湯を後にする。

おしまい

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【銭湯データ※公式サイトより※】
妙法湯
http://www.angelrock.jp/myouhouyu/index.html

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■住所
豊島区西池袋4−32−4
西武池袋線「椎名町」駅下車、徒歩2分

■営業時間
15:00−25:00

■定休日
月曜日

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最後まで読んで頂いて、有難うございました。心からお礼申し上げます。
感想頂けたらとても嬉しいです。

【他のお話も是非宜しくお願いします】
第一湯目
薫る銭湯、金春湯(品川区)の話 
 第二湯目
色気のある銭湯、改良湯(渋谷区)の話
第三湯目
旅する銭湯、はすぬま温泉(大田区)の話
第四湯目
空が広い銭湯、宮城湯(品川区)の話

独立した短編なので順を追わずでも、どのお話からでも読めます。
記載されている情報は記事公開時のものです。
銭湯の湯、水風呂、サウナの温度は多少の誤差がある可能性があります。銭湯のマナーやサウナの入り方はお店それそれぞれなので、お店に関する正確な情報は個人でお確かめください。
このnoteに関するお問い合わせはお店の方ではなく、私にしてください。
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