他人の無知は蜜の味~「教養」の悪徳について

先日レビューした『教養の書』の文末で、ひとつ予告をしていた。予告通り、教養と「悪徳」について書こうと思う。

著者の戸田山和久がすごくキレイにまとめた教養の”定義”は、しかしそれ自体、教養が持つ魅惑的で背徳的な側面を十全に写し取ってはいないように感じる。その側面の一端は、じつは本書のなかにも書いてあるのだけど、あまりにもそっけなく書き置かれ、読者の注意をそこから無理やり逸らそうとでもするかのように、そそくさと通過されている。


教養とは、第一義的に「知識を持っていることである」と、著者は序盤で述べる。知識を持っていて、プラスアルファでそれをいかに加工し、体系づけ、運用しながら世の中と関わるかが、本書の中盤以降で語りだされる。「知識」の効用について、著者は繰り返し強調する。いくつかの映画のシーンを抜き取りながら、特定の知識を持っていなければ読解できない微妙なニュアンスや、作者の込めた真のメッセージを続けざまに例示していく。

しかし、作り手にとってはそれは作品が機能する一つのレベル( 12 歳向け)にすぎない。作り手は密かに、もう一つの、 45 歳向けのレベルを仕掛けている。...ようするに、「当然知ってるよね、だからこっちも知ってることを前提して進めさせてもらいますよ」という態度が、 独り善がりにならない程度の大きさの集団に対して( できれば国境を越えて、長期にわたって)通用する作品なら何でも「古典」なんである。 

「ある知識を持っている」ということは、受け取れるメッセージが増えることに繋がる。知識は、作り手が密かに作品のうちに込めた意図に接近するための通路としてあることが示される。

そしてここが重要なポイントなのだけど、そうした(広義の)作品が折り重なって当代の文化をかたちづくっている以上、「文化」そのものもこうした性格を受け継いでいる。教養の担い手が主に貴族であった時代、一般市民にアクセスできる情報は非常に狭い範囲に限られていた。学術や芸術といった、およそ教養に関わりそうなものはみな、貴族にのみ触れることを許されていた。階級社会が徐々に力を失ってきた今でこそ、かなり多くの範囲の情報でオープンアクセスが担保されているが、情報のこうした特性は一定程度現代にまで受け継がれている。大衆が垣間見ることすらできない隠された知識が、明に暗に様々なコンテンツに織り込まれ、それを解読できる選ばれた少数者は、特権意識の恍惚に浸りニンマリするのだ。

「上」からの軽蔑と「下」からの反発が動因となって文化は豊かになる。だから、 文化というものは多少の悪徳の匂いを伴う。毒のある土壌に咲いた花のようなものだ。

戸田山は言う。文化とは悪徳であり、階級社会の残滓であると。ごく少数の知っている人がいて、大多数の知らない人がいる。知っている人は、その情報自体の価値を超え、”自分だけが知っている”という事実それ自体に快感と安寧とを見出す。


ここでしかし、「教養ははたして悪徳であるか」と著者は問わない。教養が文化の触媒である以上、教養そのものも多分に毒を含み持っている、とは言われない。教養を求める読者にむけた本に当然の成り行きとして、それは正しい手順と努力を惜しまぬ姿勢を通して誰にでも身に着けられるものとして、最終的に定義付けられることになる。教養は、万人に開かれている。階級社会は過ぎし日の陰でしかないのだから、と。

本当だろうか。

「知識」の持つ教養的性質を考えてみる。

例えば、「お茶」に関する知識というものが色々ある。「静岡のお茶はうまい」とか、「緑茶はうすい緑色をしてる」とかである。これらは純然たる知識であり、この事実を知っている人は、「モノを知ってる」となる。ではこれらを知っていることは教養的ということになるだろうか。たぶん、ならないんじゃないかと思う。「モノを知ってる」ではあるんだけれども、この知識を世間にしたり顔で開陳しても「モノを知ってるね~」と言われることはないだろう。

他方また、こういう知識もある。「茶の起源は紀元前6世紀頃の中国に認められる。当時薬膳などとして飲まれていたものが8世紀に陸羽によって禅道と結びつけられ、憂き世の中に美を見出さんとする茶道へと高められながら日本へと伝わった。」。これは教養っぽい知識だろうか。なんとなく、そうっぽいのではないだろうか。

前者と後者の知識の間に横たわる違いはなんだろう。いずれも、社会的に共有された事実を描写している。両者の価値に貴賤はない(むしろ後者を知ってるのに緑茶が緑色であることを知らないとなんだかヤバそうである)。情報の”深さ”なるものを想定してみたとて、果たしてどちらが深い情報なのか、決めるのは結構難しそうだ。「視座が~」とか言ってみたところで、こういうのが深いと決める側の価値基準の枠付けに依存するだろう。

一方が常識として切り捨てられ、他方が尊ばれるような状況が生じる理由のほとんどは、ある共同体のなかで”それを知っている人が少ないものは価値の高いものである”というに通念による。その情報自体がなんらか高い価値を持ち有効なものであるから、ではない。むしろ、茶の起源と変遷に関する知識なぞ、死ぬまで知る必要がないという人が大半ではないだろうか。

こうしたことは、成熟したコミュニティの中で発達する専門用語によく似ている。ウチとソトを線引きし、より小さな集団の中だけで通ずる言語で会話することの快楽。社内用語とかネットミームとかはその格好の例である。格の高い知識と呼ばれるものは、あえて仲間内だけに通ずるものとして生み出された、私的言語のような性格を持っている。


作品の作り手が特定の知的階層あるいはコミュニティの構成員にしか知り得ない情報を作中に埋め込み、大多数の聴衆が受けれないメッセージを発することは、ゆえに一面においてかなり意地の悪い趣味ではないだろうか。戸田山がそうした教養の共有基盤無しには「作り手も面白いものを作れなくなってしまう」と言うとき、”面白いもの”が誰にとってどう面白いのかは、判明なものではない。古典をメタファーとしないと伝達できない類の面白さは想像しがたいし、情報の圧縮性能ということであれば多少は分かるが万人が知っているものを組み合わせても事足りよう。じつに、そうした面白さの源泉は、"アイツらには分からないけど自分たちには分かる”という愉悦であることがほとんど全てではないだろうか。そこに、少なからず選民的ニュアンスを見出すことは難しくはない。

教養を楽しむことは、知的な階級意識・囲い込みとともにある。「教養」と銘打たれた格差構造が、世の優れた作り手になんらかの快楽を提供し、運良くそれを受け取る資格を持つ聴衆にも同時に快楽を提供し続ける限り、このゲームは終わらない。そして肝心なのは、この隠し事に際限がなく、大衆の知識レベルがいかに上がろうとも、作り手はそれを振り払うかのように必要な知識レベルは引き上がり続け、それゆえ”原理的に”大衆がすべてのメッセージを解読できるようになる日は来ない、という点であろう。なぜなら、全員がわかるようなメッセージでは、"アイツらには分からないけど自分たちには分かる”という愉悦が感じられないからだ。誰しもが簡単に発見できるようなメッセージは、つまらないのだ。

これがなかなかに意地の悪い話であるのは承知の上で、そうした秘匿性なしには、教養は定義されえないのではないだろうか。社会は、文化や芸術の作り手を介して、常に「知るもの」と「知らざるもの」の非対称性をまとい続ける。全員が獲得可能な知識が教養たりえることは原理的になく、その意味で誰しもが教養人になれると謳うことは、単なる詭弁である。

教養とは、常に”過剰”な知識であって、相対的にごく少数のみが知り得るような知識が価値の高いものとして有機的に序列化され、構造化されるような類のものであろう。


思えば、しばしば教養と同一視される西洋の”リベラルアーツ”概念のなかにも、こうした格差の原理の残滓を見出すことができる。

筆者が知る限り、リベラルアーツの祖型はプラトンにまで遡る。プラトンは主著『国家』において、人が自由に生きるため、哲人政治を執り行うための必須科目として自由七科の原型を示した。これは西洋中世以降いまに至るまでリベラルアーツの源流としてほぼ形を変えずに受け継がれている。

注意を要するのは、ここでプラトンが企図した自由人は、すべての人間ではなかったという点だ。プラトンが暮らしたポリス国家アテナイは、史上まれに見るスーパー民主主義国家で、参政権のある全員が議会に参加して議論を交わすというとんでもない国家運営がなされていたのだが、そんな超民主制のアテナイですら、万人の平等は達成されていなかった。むしろその後の多くの専制国家や共和制の社会などよりも遥かにおおく、人権的平等は達成されていなかったと言ってよい。女性や若者に参政権は全くなかったし、国民の半数以上に登る奴隷には参政権はおろか基本的人権と呼べるようなものは何も保証されていなかった。

プラトンが説く”自由人”はすでにその入口からして注意深く監視されており、幸運にもその中に入れた者に対しても、さらに統治者として国を治めるに足る資格があるかどうかが厳しく選抜される。そうした様々なふるい落としの過程が、『国家』の中では壮大に語られている。このプログラムが、自由七科としてのリベラルアーツの祖型なのだ。教養はその始原にあって、ごくごく一握りの人間にしか配布されないものとして生まれた

こうした教養は、しかし先に引用した悪徳としての文化論、知識の快楽、秘密の暗号としての教養論と符号する。

映画の1シーンのなかに、知識人にしかわからない”良きサマリア人”のもじりを入れること。シェイクスピアの諸作を当たり前のようになぞること。送り手も受け手も、そのことの快楽から逃れ得ない。

教養は、その知識的側面から見れば、万人が手に入れようとするとその手中をすり抜けてさらに狭く深く形を変えてしまうような、動的で相対的なものである。『教養の書』では語られない教養の本質的な性格が、ここにある。”万人が社会に参与する公共人として知的基盤”といった美辞麗句の裏側に、巧妙に隠され、固く閉ざされた秘密の花園がある。教養の傍らには、公共に関わる理想的な社会よりも、ずっと汚く生生しい現実の社会がある。

一つの救いは、奴隷制や階級制に(比較的)縛られないこの時代、本屋でも図書館でもネットでも、知識へのアクセス手段は無数にあり、どちらの側へ行くのかはわりと個々人の選択に委ねられている、ということであろう。しかし忘れてはいけない。ここで述べたように、それは万人に向けて潤沢に用意されている救済ではなく、そこに至るチケットの枚数は限られている。

自ら教養人への道を志すものは、悪の道へ進む背徳感と、ねっとりと絡みつくような背後からの無数の蔑みの視線を携えて、その歩みを始めなければならない。



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