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国家。国家。国家。~プラトン『国家〈上〉』

プラトン哲学最高峰の書であり、初期〜中期プラトン総決算とも言うべき本。

岩波文庫版上巻には原典10巻中5巻までが収録されており、上巻のみでも500pを超える大著。ちなみに、プラトン著作のほぼ全体に言えることだが、難しい術語が皆無なため、哲学書とはいえ文章はかなり平易ですごく読みやすい。

内容は、タイトルにある「国家」についての論というよりも、当時の社会において一般的に信じられていた「正義とはこうである」という概念に対して、周辺論点を順繰りに考察・検討の俎上に載せながら喝破していくというもの。

「正義」の話をするに際して、個々人にとって何が正義かといった概念への切り込みや、正義とは具体的にどういう振る舞いを指すかといった例示を積み重ねることで、みなが納得のいく良い結論に至ることはなかなか難しい。個々人が生きる上での価値観や志向性、それぞれが身にまとった常識や規範がどうしても混ざり込んで議論が錯綜してしまう、正義とは、それほどに大きな概念である。

プラトンが鋭かったのは、「理想の国家」の検討をその立論全体のスタート地点に定めることで、自国の維持・発展を目指すという、読み手(というよりプラトンのアカデメイア聴講生や周辺ポリスの市民・ソフィストたち)の全員がある程度自然と共通了解に至ることができるような足場を組んだ点である。個人の内面の話ではなく、戦争で勝つべくどう兵士を育てるかといった、外在的な利害がバチバチに絡む「国家」の話から、プラトンの正義の論証に必要な前提を順々に確保していく。

そして、その過程もまた圧巻である。まったくのゼロから、その明晰で鮮やかな思弁、洞察、論理、そして華麗な語りを以ってして、ソクラテスを媒介とした会話の上のみで、1つの理想的な国家をその基礎から建設していく。

上巻は、ソクラテスを通して完成を見た理想国家が、ではいかにして可能か、という議論の渦中で、プラトン思想の本懐であるイデア論に少し触れかけて終わる。

ここにおいて、プラトンの初期~中期の著作ではしばしば曖昧な境界線のもと頻繁に顔を出した、師匠ソクラテスの成分が明確に抜け、プラトンその人が編み上げた混じり気のない思想が、初めて体系的な形で現れている。

ただ、このあたりは好き好きなのだが、本書『国家』においては、プラトンの対話篇に自分が期待しているようなー『メノン』やその前後作あたりに見られたようなー 粗野で荒々しく、世界に食ってかかろうとする自由な思惟の「哲学者」プラトンの弁ではなく、生徒たちを優しい目で見つめる「教育者」プラトンの姿が強く現れているように思えた。

依然として対話篇という形式をとってはいるものの、なんだかおとなしく、教唆的で、きれいにまとまった全体を淡々と置いていくような、教科書然とした思想がそこにある。実際に、本書はプラトンが創始したアカデメイアの生徒たちが使ったテキストでもあり、世界最古の教科書のようなものなので、もっともな話ではあるが、少しさびしい部分もある。

まぁ、その辺を加味したとしても、前述のような理想の国家の建設工事や、かの有名な哲人政治(哲学者が国を治めるべしという考え)が高らかに宣言されながら市民のあるべき生き方に迫っていく本書は、哲学徒ならずとも必読の書であることに変わりはない。

国民が金銀銅に色分けされてたり、子供は匿名化され全国民に共有されるシステムが提唱されてたり、当時としても多くの議論を呼び起こす問題作であることは間違いなかっただろうし、知的格闘技たる対話篇の醍醐味こそ薄いが、十分に面白く読めた上巻だった。

・・・そして下巻へ。


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