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セレンディピティーとして活かせるかどうか 研究の途上であらわれた新たな色との出会い


はじめに

 生化学者として四半世紀ほど研究に従事していて、この分野は急速に進展していていまだに興味が尽きない。児童生徒たちへの学習サポートをやりながらの二足わらじ。

これまでさまざまな新たな現象や色との出会いがあった。運良くセレンディピティーとして活かし開花した経験もあった。

いきなりひょんなことから研究中に出くわす新たな色。今日はそのあたりを記す。


アミノ酸分析をしていると

 かなり以前のこと。タンパク質を研究対象にしていた。さまざまなタンパク質を塩酸で加水分解しアミノ酸組成を分析していた。構成する20種の各アミノ酸の組成を知り、特徴を探るごく基本的な手法のひとつ。

極微量のタンパク質を6M塩酸(プラス添加物)とともに空気を抜いた状態で110℃で24時間加水分解する作業がつづく。この分野の方々ならばおなじみの操作。たくさんの試料をまとめて処理する。

オーブンに入れて所定の時間がたつと取り出し、容器のなかの塩酸を取り除く。そこまですすむと試験管の中身は見た目はからっぽだが、タンパク質は構成アミノ酸までに分解されている。そこへ所定の溶媒をくわえて溶液とする。アミノ酸混合物の溶液がずらりとならぶ。大部分の試料は無色透明。


あれっ?色がついている

 ところがなかには色がつくことがある。たいてい淡い褐色を帯びたものが多い。タンパク質には糖鎖といってオリゴ糖で修飾されたものがある。糖タンパク質と呼ばれる。それはこの操作で色がつきやすい。

分析機の種類によって試料を溶かす溶媒を変える。感度のよい新たな装置による分析法だ。使う溶媒が異なり着色などの機会が増えた。ある日、予期しないことが起こった。

おなじみの褐色以外の色が出現した。ぽつんと目をみはるほどあざやかな桃色。とてもめずらしい現象だったので周囲のなかまに見せてまわった。

周囲もおどろいていた。いずれもその分析法の経験者。何度となくやって慣れている。にもかかわらずめったに出現しない色だった。

もちろん使っている試験管は6度のさまざまな洗浄操作、最後にはバーナーで赤熱させ、有機物を検出限度以下に。さらに対照実験で異物の混入のおそれを取り除いている。密閉状態を保っているので分解後の混入は考えられない。したがってもとの試料に由来していたようだ。

新たな色の出現

 ここまで実験操作を経た試料は極微量(数十ピコモル)かつ純度が高い(99.99%程度)ので、試料への異物の混入のおそれはごく少ない。つまり試料そのものに極微量で強く発色する物質が含まれているらしい。

すでに幾万もの試料を分析した経験と、タンパク質の塩酸加水分解物に由来し、溶媒の種類によって桃色を呈するものを文献や書物で調べたが、それに関する記述には行き着かなかった。

これは推論に過ぎないが、アミノ酸のなかでも芳香族アミノ酸のひとつ、とくにトリプトファンやチロシンに由来しそうだった。有色の化合物を生じやすいことで知られる。

でもそこまで。必要なのは主目的の実験結果であり、桃色が出現した物質ではない。その場はやりすごし主目的の研究の方に操作を進めた。


セレンディピティーに出会うこと

 実験中に偶然いつもと異なる現象に出会うことがある。わたしの修士論文はまさにそうだった。研究に着手して何日もたたないうちのできごとだった。主目的とはちがうセレンディピティーに出会い、そこから新たに派生した内容だった。

わたしの卒論担当の教師は5回ほどのやり直しを命じた。それもそのはず、卒論生のすること、間違いのほうが多いとみるのがふつう。それでもその予想してない現象は何度やっても起こる。

卒論着手からわずか数日で方針転換。1年半ほどでまとめあげて修士の段階で学会で発表できた。その点ではめぐまれている。

世界中のだれも知らない現象。しかもわたしは実験好き。暇さえあれば土日でも実験を朝から晩までやっていた。12時前に帰ることはまれなほど。朝もだれも来ないうちなら機器を真っ先に使えるので、だんだん早くなってくる。

その点においてわりと予想外の結果のおこる機会に恵まれやすかったかもしれない。実験をやればやるほどそのチャンスにめぐりあえるようだ。しかもはっとするほどの印象を残すことが多い。

さて、話をもどして上述の塩酸加水分解物の予期しない呈色について。色づいたままダメもとでそのまま分析にまわしたが、案の定、異常値を示した。

当然だがその1本の試料からのデータは除外せざる負えない。つまりそのタンパク質試料を得るまでの操作全体をやり直すか、そこで実験手法を見直して回避するしかない。その未知の色の解明はおあづけとなる。


おわりに

 ふつうはその偶然出た色の追求へと研究が横道にそれていくのはまれ。その追求によって得られる成果が本来の目的よりも大きいことはなかなかない。

しかしわたしは物質の示す色にひかれてこの分野に進んだので、興味の尽きない現象。

いずれ余裕ができたときのシーズとしてとっておこうと、この現象をいずれ追試できるようにノートへ条件を書き記した。


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