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劣等感と東大生の彼女の話

僕は現在医学部医学科の学生だ。

名前を言っても恥ずかしくないような大学には一応通っている。

ただ、幼少期からたぐいまれなるプレッシャーの中で育ってきたし、周りと比較して絶望するという経験を繰り返したことで、一番にはなれない自分に対して深い虚無感というか、怖れというか、この現実に対する恐怖心のような何かを感じながら生きてきた。

家庭環境の問題とか、いろいろあって自分は結果として自己肯定感の鬼低い人間になってしまったし、何かにチャレンジするときにいつもこう思ってしまう。

どうせ自分なんか何をやってもダメなんだ、、、

僕は難関国公立医学部残念組なので、慶医や医科歯科に対する畏怖の念は確かに抱えている。もう地に足をつけて生きていく覚悟が出来てしまったので学歴コンプレックスはないが、すごいなあという感情が存在する。

さて本題に入るが、自己肯定感の低さと受験は成功したが大成功したわけでないというふわふわした立場の自分であるから、何でもできる人との出会い、付き合いは良くも悪くも新鮮なものであった。

出会いは友達の紹介である。アタックは向こうからだったのだが、告白は自分からだった。

付き合ってそれなりに長い日々が過ぎたが、彼女は一言に行ってすごいのである。トップクラスの成績でトップ女子高を卒業し、現役で東大に入学。大学では運動会系の部活に所属し、全国に出れるレベルにまで実力を伸ばし、学業も優秀。インターンもこなす。といった具合だ。

そんな人に見初められたのは誇らしいことであるが、同時にこうも思ってしまう。

自分よりいい人が絶対にいるはずだ、自分が彼女の成長の足かせになってはいやしないだろうか??

彼女にそれを言うと、全然そんなことないよ、筆者のことが好きだよ、と言ってくれる。けれど、僕はいつもありがとうと言いながら本当かなぁと心の中で思うのだ。

結局、解決策としては、僕が彼女と同じレベルまで到達するしかないのだろう。しかし、それが出来るかどうかはわからない。モラトリアムをしながら、自分の人生の方向性を決めていかないといけないのだろう。

一年間彼女と付き合って、本当に広い世界を見せてもらったし、自分も成長できたような気がする。いつまで続くかわからないし、お互いに目移りすること、人生の節々でお互いが邪魔になることさえあるかもしれない。

だけど、付き合い続けて結婚したとしても、わかれて別の人との人生を歩んだとしても、ああ、あの時こういう経験をしてよかった!と思えるような恋愛をしたいな、と切に思う。


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