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【グローバル化】有機農業の拡大にはエコ意識よりも輸出やテクノロジーの発展が大切

個人的に農業の面白さの1つとして
「農家さんの性格や嗜好、哲学などが、その方の農業に現れている」
ことがあると考えています。

「農業」と言っても、作物や農法、販売方法など色々な違いがあるので、そのような違いに着目すれば簡単に「農業」を一括りにはできません。

中でも「農法」は農家さんの思想的な部分にも深く関与していて、これまでの経験上、有機や無農薬など慣行農法を行っていない農家さんは特に、思想や哲学など自分のものをしっかり持っているような気がします。(ビジネス哲学とかではなく環境問題への意識や人生観など)
※慣行農法を卑下しているわけでは全くないです

しかし、最近の農業技術に関する記事などを見るとテクノロジーこそが有機農業が拡がるのに大切なのだなと思うようになったので、今回はその辺りについて書きます。

先にまとめです。

まとめ
有機農業は「発展へのアンチテーゼ」として消費者に広がりましたが、現在の有機農業先進国を見ると、しっかり輸出最新技術の活用を行なっており、グローバルビジネスとして有機農業を捉えていることがわかります。ですので、日本のような有機農業があまり進んでいないと言われる国では、小規模多品目の有機農家さんが点在している状態から産地を集約し、技術を活用し輸出を目指していけるような体制づくりが必要なのかなと考えています。


有機農業の始まり

有機農業に関わる事柄の年表

オーガニックファーミング(有機農業)という言葉が初めて使われたのは1940年に出版されたイギリス人の農業技師アルバート・ハワードの著書「農業聖典」だと言われてます。
彼は1905年から1931年まで、当時イギリスの植民地であったインドに赴任し、土壌が豊かなインドの農業を研究します。
インドの堆肥を使った農業技術を「インドール式処理法」として体系化し堆肥作りのバイブルとして世界的な評価を受けています。

そんな有機農業が農家ではない消費者にも注目されるようになったのは、農薬や化学肥料による人体への被害が報告されたことがきっかけです。
本として世界的に有名なものではレイチェル・カーソンの「沈黙の春」(1962年)
日本では有吉佐和子の「複合汚染」(1975年)などがありますが、
こういった本や公害病のような経済発展と同時に起きた社会問題を経験する中で、消費者に「安全なものを食べたい」という考えが生まれ、機械化・効率化・規格化された慣行農法を批判する有機農業運動が起こるようになります。

こういった背景で誕生した有機農業なので、現在でも「発展へのアンチテーゼ」のような思想を持つ人も一定数存在します。

※ちなみに農業技術の発展についてはこちらにまとめています。

世界の有機農業の現在地

日本は有機農業が遅れていると言われていますが世界では有機農業はどのくらい拡がっているのでしょうか。

有機農業面積(国別)

有機農業面積(国別)2020 FAOより
単位は千ha

農地全体に占める有機農業面積の割合(国別)

農地全体に占める有機農業面積の割合(国別) 2020 FAO等

有機農産物の消費額(国別)

有機農産物の消費額 FAO等

各国の特徴

  • オーストラリア
    圧倒的な有機農業面積を誇るこの国ですが、国土の3分の2以上が乾燥地帯であり、農地のほとんどは放牧地です。灌漑農業を行なっているのは全体の0.5%しかありません。
    そんなオーストラリアの農業は大規模が故のテクノロジーへの投資が特徴的です。
    有機農産物の価格は一般商品と比べて約1.5~3倍高いようで、日本ともそこまで変わらないような気がしますが、消費者の8割が1年間のうちに何かしらの有機農産物を購入したことがあるという調査結果もあり、日本よりも有機農産物に対しての消費者の関心は強いようです。

  • アルゼンチン
    国内農地の2%ほどが有機農地であり大半は牧草地です。
    有機農業で作られた農作物や加工品はほとんどが輸出向けで、主に洋梨、りんご、大豆及びその加工品、サトウキビ、小麦、ワインなどがあります。
    日本の有機農業ように小規模多品目の農家さんが散らばっているのではなく、地域ごとに品目を絞って生産することでスケールメリットを活かそうとしています。
    輸出がメインなので地産地消やスローフードに沿うような有機農業ではないようです。

  • ウルグアイ
    南米で2番目に小さく、国土は日本の半分ほどしかありませんが国土の8割以上を農地として利用しているので他国同様、有機の牧草地をたくさん持っています。
    輸出額の中でも農林水産品の占める割合が非常に高い(2019年で8割以上)ので、付加価値のつけた輸出を行うという意味で有機農業はウルグアイにおいてとても重要な位置づけとなっています。

  • インド
    インドは2015年、シッキム州にて66,000世帯以上の農家全体が有機農業へ移行したことが大きく取り上げられ、シッキム州をモデルケースとして他の州でも有機農業への移行やそれによる観光産業の活性化を促進しようという動きがあります。
    国民の半分以上が農業をやっている国でもあるので今後の更なる有機農業の発展にも期待できそうです。

  • フランス
    フランスは1962年に有機農業協会が設立された、有機農業先進国です。
    国内農地の約10%が有機農業面積であり面積ではEUで1位、国民の有機農産物への意識も他国より高いです。
    またEU全体としても有機農業への関心が強く、EU全体のうち7%の農地が有機農地です。

  • スペイン
    EUの有機農業を支える存在としてはスペインの存在感も強いです。
    昨年、フランスの有機農業面積がEUで1位となりましたが、それまではスペインが1位でした。

  • 中国
    中国で有機農業が始まったのは1990年代で最初は輸出品目の栽培が目的でした。
    その後、国民の生活水準の向上に伴い、現在では国内でも有機農産物の需要が高まってきています。
    有機農業面積は農地全体のうち0.4%ほどなので、決して高くはありませんが、そもそも農地がとても広大なのでアジア有数の有機農業大国となっています。

  • アメリカ
    アメリカはオーガニック商品の市場規模としては世界一を誇りますが国内の有機農業面積でいうとここまで上げた国々よりも小規模なようです。
    アメリカの農業は小規模な有機農業などを支援するCSAというコミュニティベースの農業とテクノロジーをガッツリ使った大規模な農業に二分されると言われています。
    ちなみに民主党支持者の方が有機農業に関心が強い人が多いという話もあるようです。

  • イタリア
    地域・歴史・文化
    を重んじる風土が強いイタリアでは有機農業や在来種へのこだわりも強いです。
    スローフード発祥の地でもあるイタリアの有機農業はこれまで上げた国の中でも一番、有機農業支持者に好かれるスタイルを持っていると言えそうです。

  • ドイツ
    ドイツは世界第2位のオーガニック商品の市場規模を誇ります。
    また、ドイツのオーガニック認証「デメター」は世界で最も認証基準が厳しいと言われています。

  • 日本
    日本の有機農業面積は農地全体の約0.2%です。(有機JASを取っていない農地を含めると約0.5%と言われています)
    また、国民の有機農産物消費額も先進国の割に高いとは言えません。
    なぜ上記の国と比べてこれだけ差があるのかについては後述します。

うまくいっている地域の要因

それぞれの地域で有機農業がうまくいっている理由は様々ですが、その中でもいくつか共通している点をピックアップしました。

有機農業の国別成功理由(主観です)

病害虫の発生しにくい気候

冷涼で乾燥している地域の多いヨーロッパや乾燥地帯の多いオーストラリアなど、有機農業が盛んな地域は、農薬を使わないことで発生しやすくなる病害虫がそもそも発生しにくい気候であることが多いです。

環境被害を受けてきた歴史的背景

ヨーロッパは特に有機農業だけではなく電気自動車の普及など環境問題解決に関わる(ように見える)ビジネスをうまくトレンドに乗せることができているように思います。
産業革命による環境被害、チェルノブイリ原発事故、酸性雨など環境問題の発生により深刻な被害を経験しているヨーロッパでは環境問題への対策が支持されやすいという歴史的背景があると言われています。

伝統を大切にする文化的背景

特にイタリアなどでは地元のものや伝統のものに価値を見出す文化が根付いており、この点は有機農業とも縁が深いスローフード運動の誕生にも現れています。
スローフード運動により、在来種や地域の資源に目が向けられることや、そもそもこの運動がグローバル化のアンチテーゼのような性格を持っているのでグローバル化の対局と考えられている有機農業への指示も厚くなるのです。(ただイタリアは農産物の輸出もしっかり行なっているところに強かさがあります)

発展した農業技術

農業の大規模化がしやすいヨーロッパやオーストラリアは、その分農業への投資も大きくできるので、農地に適切な肥料の量をコントロールしたり、大規模なハウスで環境を制御するなど農薬などを使わずに農業ができる仕組みを取り入れることが比較的容易にできます。

潤沢な補助金

有機農家に対して補助金を出している国も多いです。
有機農業だけでなく農業全体への保護も経営規模を加味すると日本より手厚いです。

※農業の保護についてはこちらに詳しく書いています。

農産物の輸出志向

チリのように農業が基幹産業の国は、より農産物に付加価値をつけて輸出するということで有機農業に積極的に取り組んでいます。
ヨーロッパも農産物の輸出が活発ですが、有機農産物を作ってブランディングをしている国が多いです。

経済的な余裕

国内での有機農産物消費が活発な国は国民一人当たりのGDPが高い国が多いです。
どこの国においても、結局メジャーなのは慣行栽培の農作物なので、国内に高く希少な有機農産物を買えるだけの購買力のある人がたくさんいる必要があります。

有機農業を拡大するにはどうしたらいいのか

上記のうまくいっている理由を参考に有機農業を広げるには何が必要なのか考えてみました。

有機農業を拡大するために必要なこと

農産物輸出の強化

有機農業が活発な国は漏れなく農産物の輸出を行っており、有機農業は輸出農産物のブランド化に役立っています。
日本のような人口が減っている国では特に輸出産業の強化が必要だと思いますが日本の農産物は総じて高品質(で高い)という評価を海外から受けており、農産物も含めた食品の輸出を拡大していくという政府の戦略もあるので、今後、農産物の輸出が増える中で有機農産物によるブランディングというのも必要になるかもしれません。
いずれにしても有機農業を拡大するには農産物の輸出を強化することは必須だと思います。

技術発展

農業は周りを取り巻く複雑な環境(生物的環境・化学的環境・物理的環境)をしっかりと理解して適切な処置を行うことで作物の実りや状態を良くします。
化学肥料や農薬が優れているのはこういった複雑な変数をいくらかシンプルに考えても一定の質の農作物を育てることができるという点です。
その点、有機農業や無農薬などは肥料の利き方も分かりづらく、即効性もないので農家に求められる技術力が自ずと高くなります。
そして従来はこういった技術は経験を重ねることでのみ習得が可能でしたが、最近は複雑な環境もデータで整理することができるようになってきているため、肥料を減らした栽培にもデジタル化が一役買っている部分があります。
肥料分野においてもバイオスティミュラントという植物本来の力を十分に引き出す目的で使われる天然由来の新しい農業資材が近年注目されていたりと科学技術の発展が化学肥料に依存しない農業を生み出しつつある側面もあります。
また、工場野菜や施設での栽培はそもそも環境を制御できるので病害虫の心配なく栄養価の高い農作物を栽培することが可能です。

投資対効果のある農業の大規模化・産地の集約

日本は中山間地が多いので農業の大規模化は難しい部分もありますが、有機農業は特に小規模多品目の農家さんが多いです。
しかし、有機農業を通して農産物の輸出やブランド化を促進していくのであれば産地を集約することは必要だと思います。
そして、そういった産地単位であったとしても単一作物で大規模化をしていくことができればテクノロジーや高価な資材の投資対効果も上がるのでより有機農業を活発にしやすくなると言えそうです。

国民の所得向上

国内での有機農産物の市場を広げるには国民が経済的に豊かになることがマストです。
どんなに有機農業が盛んな国であっても農薬・化学肥料などを使った慣行栽培の農産物の方がメジャーなのでどこの国でも有機農産物は高く、希少価値が高いものです。
ですので、そんな高い農産物を食べられる人を増やすにはそもそも国民の所得を上げることが必要となります。
(もしくは冷戦時のキューバのように石油などの資源が輸入できない環境になれば強制的に有機農業が広がるかもしれません)

これから拡がる有機農業は「昔ながら」の農業ではない

有機農業を取り巻く環境の変化

有機農業は発展へのアンチテーゼという文脈で拡がってきた部分がありますが、実際に有機農業が広がっている国を見るとガッツリとグローバル市場を取りに行っていて、そのためにはブランディングや最新技術の活用にも余念がないというのが分かります。

一方、日本で有機農業が活発な地域は、地域内に理解ある消費者がいることで生産から消費まで小規模なコミュニティーで完結するケースが多く、それが有機農業の理想像として捉えられているせいか小規模他品目の有機農家さんが多いようです。

ただ、これから更に有機農業が発展していくためには輸出や産地の集約が必要だと思うので発展へのアンチテーゼとして、どこか昔ながらのスタイルを残そうとしてきた有機農業とは全く別の、機械化・効率化・規格化された有機農業が必要になっていく可能性は大いにあると思います。

私自身、感情としてはスモールイズビューティフルみたいな世界観が理想的だと思う一方で、現実的には有機農業はブランド化の道具として使うべきだなと考えています。

まとめ

今回は有機農業の発展について書きました。

有機農業は「発展へのアンチテーゼ」として消費者に広がりましたが、現在の有機農業先進国を見ると、しっかり輸出最新技術の活用を行なっており、グローバルビジネスとして有機農業を捉えていることがわかります。
ですので、日本のような有機農業があまり進んでいないと言われる国では、小規模多品目の有機農家さんが点在している状態から産地を集約し、技術を活用し輸出を目指していけるような体制づくりが必要なのかなと考えています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ー 追記 ー

SDGsや環境問題に絡めたビジネスは農業の視点から見ると(規模やテクノロジーの利用による)生産性でアメリカや中国に勝てないヨーロッパがどうやって覇権をとっていくのか考えて編み出した「最も付加価値のあるビジネス」なのかなと最近思いました。
(とはいえ、環境問題で最も割りを食うのは、環境問題に加担している人たちではないことが多いので、結果としていいことをしているとは思いますが)

ー 追記2 ー

ヨーロッパの食料品店は閉まるのが日本より早かったり、土日の営業時間はさらに短い(もしくは休み)であることも珍しくないようで、この食料品店の不便さが逆説的に消費者と農家さんの直販を促し、農家さんも消費者への責任が増すことで有機農業へ切り替えることが起きやすくなるという意見も聞きました。


Twitterでも農業やネパールについての情報を発信しているので良ければ見てみてください。

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