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【映画雑記】映画監督ジョン・カーペンターに捧ぐ極私的随想。

ジョン・カーペンターが好きだ。

控えめに言って大好きだ。ものすごく好きだ。
もちろん作品によって好き嫌いはもちろんあるが、ただスクリーンに"JOHN CARPENTER'S"という文字が浮かび上がるだけでもうハートはカツアゲされる。

 ただ、作品によって好き嫌いがある、というのは難しい言い方だ。基本的にカーペンターは演出のスタイルが一貫している。温故知新というか、先人から自身が受けたインスピレーション、恩恵を惜しみなく作品に投入するタイプだ。例えばスピルバーグのような、器用にスタイルを使い分けるタイプとは明らかに異なる。

一言で言って頑固な職人気質である。

 だからこそ、その職人気質なスタイルが脚本とガッチリ噛み合った時に、その作品は強烈な個性を獲得する。噛み合わなかったときはなんだか居心地の悪い仕上がりになる。

 なんてカッコつけて書いてみたけど、正直に申し上げてカーペンターの良さがわかるには時間がかかった。自分は小学生から高校生にかけて、テレビ東京の「午後のロードショー」や深夜放送の洋画劇場をまめにチェックするオタクだった。ホラー映画もたくさん観た。時は1980年代後半から90年代にかけてのことである。当時、ホラーは大人気だった。「13日の金曜日」「エルム街の悪夢」という二大人気シリーズがあった。一方で、子ども受けするキョンシー映画があり、人気作と2本立てでエグいイタリアホラーが公開されたりもした。レンタルビデオ店がそこらじゅうにできたいわゆる「ビデオバブル」もホラー人気を後押ししたと思う。

若さ故、まだ鼻たれ小僧の自分には、見た目が派手な映画のほうがお気に入りになりがちだった。ジェイソン、フレディ、「バタリアン」や「ヘル・レイザー」など特殊メイクを駆使して人体を破壊する血塗れ映画が大好きだった。

そんななかでカーペンターの映画はすこぶる地味に見えた。

例えば、ジョン・カーペンターの名を世界中に知らしめた傑作「ハロウィン」。その後のスラッシャー映画のブームの火付け役となったわけだが、白いマスクをつけたマイケル・マイヤーズは実に静かに一人、また一人と殺していく。「13金」シリーズでトム・サビーニの贅を尽くした人体破壊に見慣れた目には地味に見えてしょうがなかった。深夜のテレビで見た「遊星からの物体X」は放送素材の影響だと思うが、画面が暗くてなんだかよくわからなかった。男2人が向かい合って静かに終わってしまうのがこれまたピンとこなかった。

その後、映画の趣味がちょっとSFホラーから離れたが、高校時代が終わるころ、未曾有のラヴクラフト、スティーヴン・キング(マイ)ブームが巻き起こり再びホラー映画の深い森へと足を踏み入れることになった。それはちょうどタランティーノの「パルプ・フィクション」が、クリント・イーストウッドが審査委員長を務めたカンヌ映画祭でグランプリをとった頃だった。
 ある日、俺は「パルプ・フィクション」とともにレンタル・ビデオの新作棚に並んでいた「マウス・オブ・マッドネス」という映画を借りた。監督はピンとこないジョン・カーペンターだが、パッケージのあらすじを読んだらラヴクラフト臭がプンプン匂ったからだ。そしてビデオテープをデッキに突っ込んでからの2時間弱。俺は身動きができなくなった。物語のなかで、ある作家が書いた虚構と現実の境界がどんどん曖昧になっていく。世界は壊れ、主人公は逃げ込んだ映画館のスクリーンに映し出された自分の姿を見て笑う。マッドマックスではないが、「狂っているのは俺か世界か」、そこがわからなくなってしまい、最後にやっと絞り出した感情が笑いだったのだ。
俺はいま、何を観たんだ!?
 すぐにテープを巻き戻してもう1回観た。以来、カーペンターは気になる名前になった。それから数年して、「ニューヨーク1997」の続編「エスケープ・フロム・LA」が日本でも公開になり、確かカート・ラッセルが来日・・・はしなかったかもしれないが、日本のメディアの取材を積極的に受けてヒットさせる気まんまんで頑張っていた。さすがに日本の映画ファンに馴染みの薄い作品の続編とあってヒットはしなかったが・・・。

 さらにその後、衛星放送で「遊星からの物体X」のワイドスクリーン画面での放送があった。いつか見た真っ暗でボケボケの映像とはくらべものにならず、全く違う作品に見えた。ロブ・ボッティンによる特殊効果はホラー映画が獲得した一つの頂点であることは間違いないし、南極基地という閉ざされた空間で繰り広げられる疑心暗鬼に満ちたスリリングなストーリーは何度見てもこめかみのあたりがキリキリさせられ、一秒たりとも安心できない。これが映画だ!素晴らしい!

以来、俺はカーペンターにぞっこんだ。

 はやいものでその放送から既に20年の月日が流れた。あれから多くの映画監督の作品に触れてきた。作品の多くをいつでも見られるようにブルーレイのソフトを買いそろえている映画監督も何人かいる。その中でも一番コレクションが充実しているのが、実はカーペンターだったりする。作風は一貫しているが、作品はバラエティに富んでいるのも魅力だ。背筋の凍るホラー(「ハロウィン」、「ザ・フォッグ」、「クリスティーン」)、ニヒルなアンチヒーローの活躍(「要塞警察」、「ニューヨーク1997」、「ヴァンパイア」)、痛烈な皮肉があふれるブラック・ユーモア(「ゼイリブ」)、手堅い演出で見せるSF(「スターマン」、「透明人間」)など。普通、こういうフィルモグラフィになると雇われ仕事ばかり請け負う別の意味での「職人気質」かと勘違いされそうだが、決して違う。その証拠が、すべてのタイトルの前に冠される"JOHN CARPENTER'S"の文字である。心無い映画ファンに「B級」と貶められることも多いが、この冠こそ、その作品群にしっかりと作家性を刻んでいる証明である。「これはジョン・カーペンターの映画だ」と自信と矜持を持って宣言しているのだ。

 月並みで陳腐な言い方で申し訳ないが、まだジョン・カーペンターの映画を観ていない人は幸せだ。すこぶる恐ろしく、孤独で、残酷で、時にやさしさを見せるその世界に足を踏み入れることができるのだから。

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