約90年前に祖父が丁稚奉公に行ってたという「船場」を訪ねてみた旅。
私の祖父は、
その昔、大阪の「船場」の乾物屋に
丁稚奉公へ行っていたそうです。
その乾物屋は「道修(どしょう)町」にあったそうです。
そこで、商売の基本を覚えたそうです。
働き者で利口だった祖父は、
主人に気に入られ
そこで株の相場の取引のおつかいに
よく行かされていたそうです。
そして、主人が言った値段より安く買い、
主人が言った値段よりも高く売ってきては
主人を儲けさせ喜ばせていたそうです。
そこで、株取引を覚えたそうです。
祖父は、私が5歳の時 66歳で亡くなりました。
丁稚には10歳前後で出されたそうですので、
今から約90年ほど前のことですね。
「道修町」は、
大阪の高層オフィス街にありながら、
その一角だけ
昔ながらのたたずまいの旧家のような家屋もあり
とても不思議な空間です。
そして、
道修町は製薬会社の本社ビルのひしめき合う
薬の町でした。
そういえば、
薬も乾物ですものね。
そして、天下の台所として
出汁文化も花開きました。
昆布も鰹も乾物です。
そして、大阪はカレー文化も
独自の発達を遂げているのですが
よく考えると、
スパイスも乾物です。
祖父が大きくなり、
丁稚先の主人の娘が祖父のことを好きになってしまい、
身分不相応ということで丁稚奉公は終了したそうです。
その後は、
丁稚でもらったお金を元に自転車を買い、
市場で新鮮な魚を買い、
高級住宅街に売りに行ったそうです。
貯めたお金で株を買い
さらに儲けたお金で田んぼを買ったとか。
百姓をする傍ら土方や、
墓石のはつりなどもしていたようです。
色々あって、嫁さんは3人変わりました。
私の祖母は3人目の嫁さんです。
なので、祖父が亡くなったあとは
色々揉めましたね。
真面目で働き者でしたが、
そういった面では罪つくりな祖父でもありました。
私の祖父の原点である「船場」を訪ねるというのは
大変価値のある旅だったと思います。
なんしかカッコいい大人になろう。
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