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クーデター恐るるに足らず        愛国者学園物語167

 美鈴のもとへ反論が返って来た。
 確かに日本にも、自衛隊によるクーデターの懸念はあるかもしれない。しかし、戦前の2・26事件や5・15事件も、政治家などが殺されたものの、クーデターが成功したわけではない。それに、終戦直前に、映画「日本のいちばん長い日」で描写された、昭和天皇へ反旗を翻す(ひるがえす)事件「宮城(きゅうじょう)クーデター」が発生したが、支持者がほとんど現れず、頓挫(とんざ)した。


 では、1970年の三島事件はどうか。彼は自衛隊に決起を促したが、それに応じた自衛官はいなかった。そして、それ以後も、クーデター騒ぎはない。21世紀の今、

2022年の今、自衛隊にクーデターを呼びかけるような『悪のインフルエンサー』も、自衛隊をけしかける『悪のリーダー』も、自衛隊による政権樹立を賛美するような危険な文化人もまずいないだろう。

少なくとも、マスコミの話題にはなってはいない。

 単独か少人数のグループが行うテロと、クーデターには大きな違いがある。それは、クーデターには多数の支持者や参加者がいなければ実現しないということだ。現代の日本政府をクーデターで奪うには、何人が必要なのか。大人数の組織では、秘密の保持は困難を極めるはず。自衛隊の情報機関も公安警察も、日本人至上主義者の集団には目を光らせているはずだ。話が大きくなればなるほど、それら機関のアミにかかって、暴力的な計画は発覚するだろう。

 それにもし自衛隊を動かしてクーデターをする人間たちがいたとしても、彼らはまず反クーデター派と戦わねばならない。クーデター部隊に数千人が参加しても、それを上回る規模の部隊がその鎮圧に当たるだろう。自衛隊は約23万人の大組織なのだから、そのうちの一部がクーデターに参加しても、それ以上の規模の反対派・鎮圧(ちんあつ)部隊が出てくる可能性が高い。また、もし米軍が介入してきたらどうするのか。
 米軍が日本の民主主義を守るために、日本で戦争をするとは思えないが、鎮圧部隊側に味方をすることはありうるだろう。

 もしそうなった場合、クーデター派はどうするのか。国土と国民を灰にしてでも鎮圧部隊と戦うのか、それとも、彼らを黙らせる何か切り札でも投入するのか。「パトレイバー」のクーデター話では、その切り札が核兵器だった。また、クーデター話ではないが、映画「ザ・ロック」では、毒ガス弾頭を装着したミサイルをサンフランシスコに向けて発射すること。それが、反乱分子たちの切り札だった。

 クーデター派が天下を取るには、多くの障害に立ち向かわなくてはならない。だから、自衛隊の反乱分子が軍事政権を打ち立てるかもしれないという懸念は、空想だと思う、と西田は静かに語った。


 「私は自衛隊のクーデターなど恐れてはいませんよ。もしも、そうなったら、私は軍事政権に反対します。そして、世界に向かって、日本の軍事政権を打倒するように呼びかけるかもしれない」
西田はそこで寂しそうに笑って、付け加えた。
「私はただのブロガーですけどね」
美鈴は微笑まなかった。

 「もし日本で軍事政権が樹立されたとしても、彼らはその政権を維持は出来ないでしょう」
と西田は言った。
「なぜだかお分かりですか?」
「わかりません」
美鈴の顔は恐ろしかった。


「ウクライナですよ」


西田は説明した。


 「国際社会の経済制裁がロシアに打撃を与えました」

と彼は話し始めた。ロシアによるウクライナ侵攻では、ロシアを非難する国際社会によって、ロシアに対する多くの制裁が実行された。特に経済制裁が、かなりの効果を上げていた。私が注目したのは、マイクロソフトやアップル、VISAカードなどの対応だった。それらの会社は製品の新規販売やサービスなどを停止したのだ。それが意味するのは、ロシア政権だけでなく、ロシア国民にも多くの不便、あるいは犠牲を伴う制裁が実行されたということだ。それらのサービスは簡単には代用出来ないのだから、ロシア国民は痛い目にあったと言うべきだろう。
 それだけではない、ロシアから多国籍企業が600社も撤退するという。これはまさしく、ロシア国内の経済活動に大打撃を与える決定であり、もし日本が同じことをされたら、日本はどうなるだろうか。

 日本人は生活に必要な物資の多くを海外に依存しているのだ。

 日本は石油をほぼ100%輸入に頼る国で、その備蓄量は約200日分だ。食糧も米は100%自給出来るが、食料自給率は40%ほどに過ぎない。もし、日本人至上主義者のグループがクーデターを起こす、つまり極右政権を樹立しても、国際社会が日本への石油や食糧の輸出の停止、あるいはハイテク製品の利用サービスを止めたら、日本は大混乱に陥るだろう。だから、クーデターを起こす人間たちには益はない。

 それよりも、日本人至上主義者たちが、自衛隊や警察、それに政府機関にいる仲間たち、あるいはその趣旨に賛同する政治家たちを増やして、日本人至上主義に染まった政府を作る方がより危険だと思う。クーデターはそんな簡単には実現は出来ないが、政府や政府機関を日本人至上主義者で満たすことは簡単だろう。それが証拠に、政府のあらゆる組織や政権与党に、そういう人間たちがいることがわかっているのだから。

 しばらくの間、二人の耳には、賑やかな居酒屋を飛び交う楽しそうな会話と音楽だけが届いた。美鈴は断ってから、気になったことを少しだけメモした。この会話は録音しているとはいえ、ふと思いついた疑問は、意外と重要な質問になりうるからだ。

 そして、美鈴たちの話し合いは、賑やかな酒場での話題とは思えないほど、深刻な内容に踏み込んだ。

それは、神道と自衛隊の合体だった。


続く

これは小説です。

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