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靖国神社へ行進する防衛大学校の若者たち 愛国者学園物語169


 「え、ええ。私は左派なのか、あるいは、バルベルデの件を見すぎたのか、自衛隊や警察をそのまま信じられないんです」

美鈴はそれで答えを誤魔化そうとしたが、相手がそれに満足していないのがよくわかった。


 西田は美鈴からもっと意見を引き出そうと思ったが、彼女の口元が固く閉じられているのを感じた。


 

「あの、美鈴さん。先ほど、自衛隊の艦船の中に神棚があるという話をされていたような、それは?」


「ああ、あれはですね、海自の軍艦の中に神社の一部があるんですよ。軍艦、より正確に言えば自衛艦のなかに神社の神棚があるなんて、驚きですよね。そう思うのが普通の人の反応だと思います。西田さんのことを普通だと馬鹿にするつもりはありませんけど」

美鈴はその点に注意を払った。

「ええ、わかっていますよ」

微笑みが返ってきた。


 美鈴が説明したのは、ホライズンの先輩の目撃談だった。数年前、2018年5月のある日、彼は千葉県の船橋市に出かけた。それは海上自衛隊が運用している砕氷艦『しらせ』を見学するためで、その日は一般人に対する「『しらせ』の公開日だった。彼は珍しい機会を楽しみ、たくさんの写真も撮影したが、その際に気がついたのだ

『しらせ』の中に神道の神棚があることに。



なかなか立派な作りだった。


 

「海上自衛隊の隊員は船乗りだから、航海の安全を神に祈りたい。そういう気持ちはわかるんですけど。船乗りの人生が過酷なことを指して、『板下(いたご)一枚下は地獄』って言うらしいですね」


「でも、あれは政府の船なのだから、憲法の政教分離の問題は大丈夫なのかな。そういう宗教的な祭壇を設置して」

「詳しくは知りませんが、憲法違反じゃないそうです。先輩がそう教えてくれました」

「そうなんですか」

「乗組員の私的なお金で備えたそうです。私という字と貨幣のへいと書いて、私幣(しへい)で備えたとか」


「なるほど……。海上自衛隊の関係者は特に、旧日本海軍の東郷平八郎元帥のことを無視は出来ないでしょう。日露戦争において、ロシアのバルチック艦隊と戦を交えて、大勝利したのだから、なおのことだ。勝ち戦をした元帥の御加護を頂きたい。そういう気持ち、私は理解出来ますよ。その当時も今もロシアは日本の仮想敵国だから。それに東郷元帥の死後、東京の原宿に東郷神社が創建されて、彼は神として崇められているわけだ」


美鈴の反応に苦いものが混じった。

「美鈴さんはそういうことに反対なんですね? 軍艦の中に神棚があることを」

 「ええ、私は反対です。自衛官個人がお守りを持つぐらいなら理解は出来ますし、それをとがめる気はありません。ですが、いくら個人のお金を集めて作ったとは言え、自衛隊の船の中に神棚を作るというのは、おかしいと思います。神棚を作らなければ、神様は彼らを助けないのでしょうか? 東郷元帥は東郷神社に祀られているから、神道の祭壇を作らなければ、神は海上自衛隊の艦船を守らないのでしょうか。私の先輩が『しらせ』で見た神棚は、東郷神社とは別の神社の物でしたが。


 自衛隊は結局、神道と共にあり、神道を守る軍隊なのでしょうか。伊勢神宮や靖国神社に忠誠を誓う軍隊だと思いますか?」



 「神棚を作らなければ、神様は彼らを助けないのでしょうか、という疑問はいいとこを突いているな……。

それはともかく、この問題、語るにはなかなか難しいですよ。私たちは自衛隊を外から眺めているだけで、彼らの心情や、自衛隊と宗教の関係について熟知しているわけではないから。だが、自衛隊、つまり現代日本の軍隊は、旧日本軍関係者や戦争で亡くなった人々を祀る靖国神社を無視は出来ないでしょう。その証拠と言うか、彼らの心情を表しているのが、あの行進ですよ」

「あの?」


 「自衛隊の幹部を養成する防衛大学校の学生たちが、神奈川県横須賀市の大学校から靖国神社まで徒歩で行進するという私的なイベントの話ですよ」

愛知県の人間である美鈴は、頭の中でその距離を考えようとした。

「横須賀から歩くんですか?」

 「全行程を歩く者もいれば、途中、バスに乗る者もいるらしい。彼らは一昼夜かけて70キロメートルほどを歩いて、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に参った後、靖国神社に参拝するのだとか」


美鈴は自分の質問が失礼なのかもと思いつつ尋ねた。

「あの、どうして、西田さんが、そのイベントのことを知っているんですか?」

それはね、千鳥ヶ淵戦没者墓苑のwebページにそれが書かれていたんです。それに、彼らの様子を写した動画もユーチューブにあった。靖国神社の境内で、制服姿の防大生たちが整列して、前に進む姿が写っていたんだ。それらを手がかりに調べてみると、その行進はなんと1959年から行われていて『靖国行進』とも『東京行進』とも呼ばれている。学生たちは自主的に参加しているとか。また、このイベントは、自衛隊に関連する法律には違反していないらしい。


 2021年では11月28日に行われて、女子学生100名を含む約680人が参加したそうです。約2000人の学生のうちの、ですよ」



 西田は美鈴の表情からその内心を察した。

「美鈴さんはそういう光景というか、制服姿の幹部候補生たちが、靖国神社のようなところに参拝するのが嫌なんでしょう? 別に答えなくてもいいが」


美鈴はすぐに反応した。

「いえ、答えます。正直に言うと、複雑な気持ちです。彼らは一般的な大学とは違う、政府の組織である大学校の学生でもあり、公務員でもある人たちですよね。いくら神道とはいえ、特定の宗教に関わってほしくない気もしますし、学生たちが戦没者を慰霊したい、戦没者に敬意を払いたいという気持ちも理解は出来ますけど……」


続く
これは小説ですが、出来事などは全て実際に行われていることです。
「しらせ」の写真は2018年に私が撮影したもの。




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