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21世紀新明治計画その1       愛国者学園物語122

 話題はここで、日本人至上主義者たちが熱望する、天皇による政治の話になった。

 「日本人至上主義者たちが、天皇の権限を強化して政治や軍事に関わらせようという、『21世紀新明治計画』は空想の産物だよ。今の日本に、平成の次の時代に、明治、大正それに昭和前期のような政治体制と国民を復活させようなんて、時代錯誤じゃないか」

 強くうなずいた美鈴の心の中で、その中心人物・吉沢友康議員の声が響いた。


 「反日勢力と自虐史観のせいで傷ついた祖国日本を再生する。偉大な祖国日本を取り戻すのだ!」


 西田の話は進んでいた。
美鈴さんも知っての通り、その計画では、天皇は軍隊の最高指揮官になるそうだ。憲法改正により、自衛隊は、新しい日本軍として生まれ変わる。それで、彼らは大々的な軍事パレードを皇居前で行いたいらしい。銀座から出発して、東京駅を通り、皇居前まで行進する。それに、吉沢友康が叫んでいるように、日本軍は靖国神社の前も通るんだろう。日本軍は靖国神社に忠誠を誓い、それに疑問を持つ将兵を組織から排除する。政府は、かつての大日本帝国のように、皇族の男子を軍に入れて、帝王学と心身の鍛錬をしていただくのだそうだ。

  勇ましいよね。天皇が21世紀の新しい日本軍の指揮官になれば、将兵の士気も上がるかもしれない。だが、戦争では必ず死者が出る。流石の天皇でも全知全能ではない。戦死者は日本の軍神として靖国神社に祀られる。しかし、日本軍を指揮した天皇に対し、戦死した将兵の家族が抗議するかもしれない。それで、もし、彼らを不敬罪で取り締まったら、国民は動揺するかもね。あるいは極端な形として、「日本軍最高指揮官」に怒ってデモをする民衆に、軍隊が発砲して蹴散らしたら、どうなるだろう……」

器の中の冷奴を突きながら話していた彼が美鈴を見た。

「それこそ暴動になるかもね。そして、政府は軍隊を大量に投入し、首都は@にまみれる。あるいは、民衆同士の大喧嘩で死傷者が続出するだろう。天皇派と反天皇派の激突は酷いことになるだろうな……
美鈴が下を向きながら、それを聞いていた。

 「天皇は象徴の地位に留まるのが一番良いのさ。
政治が悪ければ、政治家が辞めればいい。軍事が上手く行かなければ、軍の高官たちが辞めりゃあいいんだ。
でも、政治や軍事、外交が悪いからと言って、それに関わった天皇を退位させることは無理だろう。


 皇族はもう、幼い子供でも数えられる人数しかいないんだから。
軍事や政治に失敗したからという理由で退位した天皇の代わりを探すことは困難だ。

 これは日本だけの問題じゃない。
王がなんでも担う絶対的な王朝は、21世紀の民主主義社会には合わないと思うよ。

王が持つ政治的権限は少ない方がいい。
王が政治をするのはやめた方がいい。
王は政治家たちからの報告を聞けばいいんだ。
王は憲法に従って生き、行使する権力は少ない方がいいんだ」

 「それが立憲君主制ですよね?」
「そうだ、それだよ」
「君臨するけど統治はしない、というやつだ。と言ったけど、確かめよう」

2人はiPhoneに内蔵されている辞書でその意味を確かめたが、自分たちにその知識があまりないことを感じたので、話を次に進めることになった。

 「話を日本に戻すと、もし天皇が政治や軍事に関わっていたら、それは日本国民にとっても、皇族にとっても、大きな苦悩の種になる。なぜなら、政治や軍事外交の失敗は全て天皇のせいになるから。世界史をひもとけば分かるように、王が最高権力者として政治や軍事、外交に関わっても、必ずしもそれらが上手くゆくとは限らないからね」

 「失政や軍事的敗北は全て天皇の全てのせいになるんですか。『21世紀新明治計画』を考える人たちは、そういう問題点なんて考えないんでしょうね」
「そうだよ。それに、もし天皇が軍事や外交に深く関われば、対立する国からその命を狙われるかもしれない。そして日本政府はそれを防ぐために政治警察を、いや、秘密警察を創設して、スパイ狩りをするだろう。それに関連して、天皇に対する犯罪や反対運動を厳しく取り締まるだろうね。そうなれば、天皇に対して恨みを持つ国民が登場する結果になりうる。そして、政府は弾圧を繰り返し、その結末は……」
西田の冷たい目を見るのが嫌で、美鈴はどうにか言葉を絞り出した。
「まさか、革命とか」
「そうかもね。革命か、国を揺るがすような動乱か。そうならないことを願うよ」

 「吉沢議員は政権与党の大幹部です。そういう人が、民主主義国家である日本を大きく変えて、独裁的で、軍事大国にしようと主張しているのですから、衝撃的です。しかも、あの大総理をはじめ、神道の関係者や日本人至上主義者の文化人に、その賛同者は少なくありません。

彼が書いた、21世紀新明治計画は衝撃的です。私はそれを暗記しているわけではありませんが、驚くべき内容でした。

政府は、独自の憲法を制定する。今までの憲法は、終戦後にアメリカに押し付けられたものだから、日本人の手で作り直す。そして、新憲法では天皇は国民の象徴ではなく、国の元首になり、政治にもっと関わっていただくようになる。だから、皇族に対する国民の失礼な言動はそれだけで不敬罪とし、その最高刑は死刑だ。

政府は神道を国の宗教として定め、国家神道を復活させその保護に努める。神道は日本古来の宗教であり、文化であるから、それを政府が守るのは当然だ。政権与党議員の靖国神社参拝も義務化し、殉職した自衛官も全員、靖国神社に祀る。政府は靖国神社と伊勢神宮を聖地として確立する……。

もちろん、政府は自衛隊を再編して国防軍を創設する。事実上の徴兵制度である国民奉仕自衛官制度は廃止して、本格的で大規模な徴兵を行い、徴兵制度で、周辺諸国に引けを取らない規模の軍隊を作る。国防軍は予算を倍増し、核武装することも考慮する。なぜなら、日本の周辺国は核保有国ばかりだからだ。日本が核兵器を保有すれば、周辺諸国は日本を見下さなくなるだろう。

政府は外国のスパイなど反日勢力を取り締まるため、公安警察を増強し、かつ、対スパイの防諜機関を創設する。スパイ罪は重罪であり、死刑も当然だ。外交は親米政策を止めて、日本独自の外交をする。中国や韓国・北朝鮮・ロシアは日本の敵国であり、自由な文化交流や経済活動はしない。

日本には約2600年の歴史を持ち、126代続く世界最長の王朝・皇室がある。
だから日本は世界一の国なのだ。それゆえ、それを守る愛国心を日本国民はもたねばならない。
そして、全ての国民は国防に参加せねばならない、というような内容でした。驚くべきものです。今までと反対ですから」

続く

これは小説です。立憲君主制については、コトバンクなどを参考にしました。

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