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美鈴が左派になったわけ その4    愛国者学園物語128

 では、保守派である右派について、美鈴はどう思っていたのか。彼女は彼らに対し、嫌悪を抱かずにはいられなかった。今の日本は右派政党である政権与党が一党独裁に近い政治をしていた。左派系の政党はどれも力がなく、政権交代はほとんど夢物語だった。政権与党に所属する議員の多くとその取り巻きたちは日本人至上主義に染まり、その根本である、神道、皇室、それに愛国心を全国民に広めるべく、日夜活動していた。強大な国家権力と資金を用い、マスコミを手懐け(てなずけ)、政権与党だけが、日本を外国の魔の手から守れるのだという安心感を国民の心に植え付けた。

 それだけではない。国民奉仕自衛官という名の事実上の徴兵制度が出来た。強力なスパイ防止法の制定と公安警察の増強。日本の国益を向上させると称する対外情報機関の創設。国防予算の増加など、右派らしい政策を次々に打ち上げ、そして現実のものとした。日本の周辺諸国がその経済力や軍事力が強化する情勢下では、日本の地位低下は目に見えていた。だから、右派・右翼イコール日本人至上主義者たちは、強い日本を作るべく、外国の脅威を非難し、日本国の体力強化にいそしんだのだ。

 さらに政権与党は神道系団体と組んで、日本古来の宗教であり、皇室とも深く関わる神道の守護者としての立場を前面に押し出した。彼らは国会議員の靖国神社参拝を推進し、それに異議を唱える諸外国を無視した。また、神道が世界で日本にしかない宗教であることを宣伝し、反日勢力から神道を守るためと称して、神道の国教化をぶちあげた。 

 学者や文化人たちが、それはかつてのような国家神道の復活であり、政府による宗教の強制だと非難したにも関わらず、政権与党は神道の信仰を国民に強制することはないと、口当たりの良い言葉で大衆を丸めにかかった。そして、刑法の礼拝所不敬罪と説教等妨害罪を強化して、神道だけを特別扱いするように作り替えた。
 

 日本人至上主義者たちが優勢な日本社会で、宗教だけが変わったのではない。男女平等の精神が後退し、男尊女卑が平然と社会に戻ってきた。しかも、日本人至上主義を信じる女性たちは、自分たちは男性の一歩後ろを歩きたい、男女平等は外国の精神であり、慎み深い日本女性には有害だ、などと叫んで、男尊女卑を自ら肯定したのだった。

 

 そのような巨大な力に支配された日本では、美鈴のような左派、特に穏やかな左派は無力も同然だった。それだけではない。ある先輩いわく、今の世の中は2割の左派と2割の右派、そして6割の無関心層で成り立っている。その6割が何の意思表示もせず、投票にも行かず、強い右派に流されるままだから、今の日本に日本人至上主義が広まったんだ、と。


 その話を聞いて、大学生の美鈴は、自分の意思表示がどれだけ大切なことか理解した。そして、無関心がどれだけ危険なことかも悟ったのだった。無関心層が増えたのは、日本人の多くが経済的に余裕がなく、日々の生活を送ることに精一杯だから。そのせいで、社会の問題について考える余裕がないのだと、ある作家がテレビでそう話していたのを聞いた美鈴は、自分の生きている社会がどのようなものなのか、考えるようになった。それは美鈴が単なる若者から、社会の一員になったことのあかしであった。


 美鈴は大学時代に様々なことを体験したが、公安の男のことは苦い思い出だ。美鈴たちがある街角で団体のビラ配りをしていると、少し離れた場所にいた色付きメガネのおじさんが、こちらにカメラを向けて撮影しているのに気が付いた。短気な美鈴はその意味を知らなかったので、そのおじさんのもとに行き、勝手に自分たちの写真を撮らないように言った。背後で、先輩の
「三橋、止めろ」
と言う声がする。

 おじさんは
「困ったなあ」
ととぼけていたが、美鈴が引き下がらないのを見て、懐から黒い手帳を取り出して見せた。

 (警察官だ!)
美鈴はその正体に嫌なものを感じたが、それで諦める美鈴ではなかった。彼女は私服になぜ撮影するのかと食ってかかったが、彼はとぼけて、なにも言わなかった。自分の質問を無視されたことに腹を立てた美鈴は、彼が首から下げていたカメラのレンズを手で塞ごう(ふさごう)とした、その時。

 元気のない私服の目が急に厳しくなり、ドスの効いた声で威嚇した。
「おい、邪魔すると、公務執行妨害で現行犯逮捕するぞ」
その声に美鈴はひるんだ。
 しかも、自分はいつの間にか、私服警官らしき人間たちに取り囲まれているではないか。
「警部、どうしました?」
「いや、こいつが邪魔するからさ、手帳を見せた」
「私、見てました。コーボーですよ、ゲンタイしましょう」
誰かが突然、美鈴の右手首をきつく握ったので、思わず
「痛い」
と声が出たが、その手は美鈴を離さなかった。
(ゲンタイ?)

 「止めろ、彼女を離せ」
「ただのビラ配りでしょ、なにが逮捕よ」
サークルの仲間たちの声が聞こえた。
それから2分ぐらい押し問答をした挙句、美鈴たちは自分たちの不利を悟り、大人しくなった。

 自分たちの絶対的優位を知っている警部が横柄な態度で
「今日は見逃してやる」
と言うと、美鈴の右手は自由になった。
「甘いですよ、こいつ、公安を舐めてるんだ、ガツンといきましょう」
「まあいい、おい、身分証明書を見せろ」
偉そうな態度丸出しの男に命令されるのは、実に嫌な気分だった。
そして身元や、何の活動をしているのかその場で10分ほど事情聴取されて、美鈴はやっと解放された。
 

 警部は、にやにやしながら美鈴に言った。
「お前なあ、この次は逮捕するからな。女だからって手加減はしないから、覚えとけ」

 (解放された……)
 恥ずかしさと憤りで美鈴の目には涙があふれていた。サークルの仲間たちは、そんな美鈴を見て慰め、励ましてくれた。買い物に行っていた彼氏は、美鈴のトラブルを知ると、みんなの見ている前で彼女を抱きしめ、元気を出すようにと言ってくれた。そして、その晩もやさしくしてくれたが、美鈴の心は怒りで燃えていた。
(ビラ配りぐらいで、公安警察に監視されて、逮捕すらありうるなんて……)


続く

これは小説です。私は保守派ですが、日本社会の右傾化には疑問を持っています。主人公の美鈴を左派にしたのは、彼女を「いじめられ役」にするためです。

刑法の礼拝所不敬罪と説教等妨害罪は実在します。それぞれ、刑法第188条第1項と第2項です。

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