見出し画像

漂えど沈まず 愛国者学園物語 第219話

 憧れの人である

アルマ・ロドリゲスとのひと時

は、マイケルを失った悲しみに暮れる美鈴にとって、気分転換になる時間であった。それまで面識がなかった二人であったが、マイケルの話題で話は弾み、アルマは宿泊しているホテルのレストランで、夕食をご馳走してくれた。

 美鈴はお礼にというわけではないが、自分とアルマの本、それにマイケルとの関わりを話した。中学時代に街の古本屋の店頭で、偶然、アルマの本を見つけたこと。その本の帯に「私は悲惨な祖国の歴史から民主主義を学んだ」というアルの言葉があって、その言葉に惹き(ひき)つけられたこと。それを買って読み、それまで映画「コマンドー」と「プレデター」でしか知らなかった南米の国バルベルデについて、多くの知識を得たこと。アルマの文を読んで、生まれて初めて民主主義について深く考えたこと。そして、高校生になった時、その感想を読書感想文に書いて高評価をもらったこと。のちに、青年海外協力隊の一員としてバルベルデに赴任し、日本大使館のパーティーでマイケルと出会ったこと。それが、管理栄養士でありジャーナリズムに縁のなかった自分が、ホライズンで働くきっかけになった。のちに彼がバルベルデ系移民の血をひくヒスパニックだと知り、バルベルデについてさらに興味を覚えたこと。

それを美鈴は話した。

 アルマは良き聞き手であり、美鈴は彼女と話していると爽快感を感じた。美鈴が彼女の長年にわたる民主主義の大切さを説く言論活動を褒めると、アルマはうれしそうな、ほんの少し寂しそうな顔をして、
「私はそれを続けていただけよ。偉くも何ともないの。だから、貴女も続けてね」
と言った。

 美鈴たちは連絡先を交換して別れた。美鈴にはアルマの、美鈴が、バルベルデ先住民が作った強い酒を6杯も飲んだことを知ったその時の驚きの顔が焼きついた。そして、もう二度とは会えなさそうな、そんな気がした。

 日本へ帰った美鈴は仕事を再開したが、日本社会のマイケルに関する心無い批判を見て、心が曇った。「歯に衣を着せぬ」などと称して、容赦ない言論活動を繰り広げる、あの

「週刊まさか」

は、マイケルのことをダーク・マイケルと書いていた。それは彼がカフェオレ色の肌をしたヒスパニックであることを、からかっているようにも思えた。「週刊まさか」は彼が、米国のスパイの総元締めである国家情報長官であったことに触れ、スパイを信用するなと非難していた。日本人は日本語を上手に話すとか、日本文化に詳しい外国人に簡単になびいてしまうが、それは危険だと言うのだ。そして、そういう主張を日本人至上主義者たちが拾っては、それに賛同し、彼らの外国人嫌い、日本人びいきをこじらせるのだった。

 その一方で、ホライズンは

「さよなら、マイケル」特集

を組んだ。それは彼がCEOであるジェフの親友だから企画されたわけではなく、多くのホライズン関係者に影響を与えていたこと、それにホライズンが憎むテロへの反抗から組まれた企画であった。

特集は、

「外国を愛する人は悪い人ですか?」

とか、マイケルのような移民の血を引くヒスパニック系米人についての考察、それに、マイケルによって引き立てられた各界の人々の回想録から成り立っていた。美鈴も寄稿した一人で、バルベルデでの出会いから、時折送られてくるメールなどのやり取り、それに再会した時のエピソードなど、世界で彼女にしか書けない内容だった。日本人至上主義者に比べれば数は少ないが、日本社会には美鈴のファンもいて、彼らは美鈴の追悼記事に優しいコメントを送った。

 特にマイケルは米の情報機関コミュニティの代表として、日本の同業者とは深い付き合いがあることが知られていたので、ホライズンは彼らも追悼記事特集に参加してもらった。内閣情報官を務めた

根津透

(ねず・とおる)のような人は実名で、匿名(とくめい)で記事を寄せた人もいた。


 そして、特集記事を送り出しても、美鈴の気持ちは不安定なままだった。ある日、桃子に日頃の様子を聞かれたので、正直に自分の気持ちを告げると、桃子は

「漂えど沈まず」

と言った。それは、パリがルテシアと呼ばれていた頃の標語だという。読書家の桃子はそれを開高健(かいこう・たけし)のエッセイで知ったのだそうだ。美鈴は感心して、桃子に

「さすが母親ね」

と言うと、桃子はパソコンの画面一杯にガッツポーズをした。


続く
これは小説です。

次回第220話 「愛国疲れ1」
勇ましい言動をする愛国者学園の学園生たち。でも彼らは、ある理由から疲れていました。愛国者学園の教育にどんな問題点があったのか。次回「愛国疲れ1」 どうぞお楽しみに!


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。