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-嵌められた冤罪事件-若者の命を奪った事件の全貌と慢性的な司法の不祥事

「痴漢の犯人だと疑われたら、すぐに逃げろ。駅長室へ行ったら人生終わりだ。」

 もし今後、日本へ行くことがあるならば覚えるべき日本の常識の一つであり、決して誇張しているわけではない。ここでいう痴漢とは、電車内で故意に誰かの身体に触れるなど、わいせつ行為を表す。

実際に痴漢行為をしたかしないかは別として、痴漢を疑われると駅構内の駅長室に連行され、すぐに警察が駆けつける。そして自白をするまで取り調べが続くのだ。そのため、痴漢事件の犯人と疑われた人が、駅から線路や他の建物へと逃亡したという報道が多いことも事実である。

 しかし、痴漢を疑われ、逃げるどころか、見ず知らずの男たちに暴行された挙句、警察から被疑者と決めつけられた結果、25歳で命を絶った青年もいる。冤罪事件の被害者である彼は、なぜ死ななくてはならなかったのか。彼の遺したレコーダーの音声が、事件の全てと日本の刑事司法の常習的な違法行為を明らかにしている。

被害者であった原田氏が、被疑者へとされる全容

 2009年12月10日の夜、原田信助さん(当時25歳)は、JR新宿駅にいた。信助さんが転職した先の職場の人たちが、彼のために歓迎会を開き、その帰りで彼は電車を乗り継ぐところだった。午後11時ごろである。駅の階段を何段か上ったとき、突然、「今おなかを触られた!痴漢!」などと若い女性が叫んだ。

するとすぐに、男性数人が現れ、信助さんを階段から引きずり降ろし、囲んで蹴るなど激しく暴行した。男性たちは叫んだ女性の仲間であり、彼らは大学生であった。

信助さんは状況が理解できないまま暴行を受け続け、助けを求める思いで自身の携帯電話で警察へ通報した。

数分後、駅員や警察が駆け付けるも、暴行事件の被害者である信助さんは、痴漢の犯人として交番から新宿警察署へ連行され、取り調べを受けた。激しい暴行で受けた傷の治療はされていない。

 調べが進むとともに、信助さんを痴漢扱いした女子学生や暴行をした男性たちが、犯人とする人の顔を見ていない、覚えていないと言い出した。信助さんの服装が女子学生の証言とは違うこともあり、警察は、「痴漢の事実なく、相互暴行事件として後日呼び出し」などと通報の記録を残すメモに記し、その確約書を信助さんに渡し、翌朝の4時ごろ釈放した。

警官に言われるがまま署内のソファで仮眠をとった信助さんは、いくつか電車を乗り継ぎ、東西線早稲田駅へ向かった。そして、大学生時代に利用し、見慣れた駅のホームから線路へ信助さんは自身の身を投げた。

午前6時40分ごろ、救急隊員が駆け付け信助さんに声をかけた。朦朧とした意識の中で、彼は名前と生年月日を答えた。

 「息子さんと思われる人が電車に轢かれ危篤です。すぐに病院へ来てください。」

信助さんの母、尚美さんが警察から連絡を受けたのはその日の午後7時15分ごろである。信助さんの所持品に身元を証明するものがなく、連絡が遅れたという。尚美さんは何が起きたのか状況が読み込めなかったが、刑事に言われるがまま、すぐに病院へ向かった。

 母を気遣う優しい信助さんと最近交わした会話が思い出された。病室に着き、紫色に晴れ上がった顔が見えた時、尚美さんはその患者は信助さんではないと思えたが、その希望は一瞬にして消え去った。目の前で輸血などのためにチューブに繋がれ、ピクリとも動かないその人は、間違いなく尚美さんの愛息子だ。医師が激しく心臓マッサージをしたが、信助さんは戻らない。

「信助、行かないで!」母が叫ぶ声は届かず、医師は信助さんの心肺停止を告げた。25歳であった。

 信助さんが身を投じたのは、警察から釈放されて、ほんの30分後のことだ。激しく損傷していた体は癒されず、まったく謂れのない事実を突き付けられ、数時間の拘束を受けた信助さんが心身ともに疲弊していたことは、想像に容易い。

後に、尚美さんが警察から見せられた駅の監視カメラの写真には、いつもの整然とした身なりとはまるで違う信助さんが写っていた。シャツの裾は腰から落ち、髪も乱れ、手には何も持っていなかった。

遺されたボイスレコーダーの7時間の記録

 信助さんが英語学習のために持ち歩いていたボイスレコーダーには、事件直後から信助さんが線路に身を投じるまでの7時間が録音されている。警官の名前と共に取り調べの一部始終は残され、彼の潔白と違法捜査を暴く遺品だ。母の尚美さんがレコーダーから聞き取り、メモを記録。そこには、信助さんを取り調べた新宿警察署が、まるで口裏を合わせていたかのような話の食い違いも記されている。

 まず、信助さんが痴漢を疑われ、暴行を受けた駅から新宿西口交番へ連行された後の会話で、「録音で人権を侵害する恐れがある」と、警察官が信助さんから携帯電話を取り上げていることがわかる。通常、事件の被害者であれば身を守られ、被害者家族へと電話をするのは本人でなく警察の仕事である。

「実家に帰る約束をしていたので電話をしたい」と、言う信助さんに対して、「電話は貸せない」と答える警官。

「新宿警察署に行けば、電話を貸してもらえるでしょう。」信助さんはその言葉を信じて、新宿警察署への車に乗りこんだ。

 信助さんは、新宿警察署の防犯課で、痴漢の被疑者として身体検査や取り調べを受けた。信助さんは、自身が受けた暴行を詳しく説明し、飲酒検査、歩行検査、直立能力検査を受けた。信助さんを殴る蹴るなどした男子学生たちも、自身と同じように取り調べを受けているのか聞くと、警官ははぐらかす様に答えた。

電話をさせてもらえるよう頼む信助さんに、「まだだ。上司の命令だ」としながら信助さんの飲酒量を指摘した。その後も信助さんは「お前がやったんだろう」と、2人の駅員から詰め寄られたことなど、暴行事件の被害者として事件の状況を事細かに話した。それに対し警官は、「詰所に行けないのは、やましいからだろう」「女性は真正面からあなたの顔を見ている」「あなた自身がよくわかっているはず」などと一向に被疑者扱いは変わらない。

 話は平行線のまま、深夜3時ごろまで続いた。信助さんは、後日出頭、身柄拘束という言葉に納得がいかなかったが、警察の指示に従って確約書に記入した。警官は、信助さんが受けた暴行についての被害届は後日出すように伝えた。

「明日の仕事に支障をきたすので、休養を取らせていただきたい。」
「社会生活に支障をきたすようなドキュメンタリーにあるような、世の中に出まわっている冤罪みたいなもので苦しめられたり、そういう支障があり得る可能性は。」
「駅構内の写真や目撃者とかないんですか。」

信助さんは、痴漢の被疑者として完全に疑われていること自体が、現実に自身の身に起きていることを改めて実感していった。午前4時を過ぎ、信助さんは警察署で泣いていた。

その後、トイレで顔を洗うような水の音、ため息や小さなつぶやきが聞こえる。「よし、行こう」信助さんは自身を気を入れ、警察署を後にした。


被疑者死亡で書類送検した警察側の理由

 暴行事件の被害者である信助さんが自殺へと追い込まれた一連の事件に関して警察は、2010年の1月29日に迷惑防止条例違反(痴漢事件)として書類送検した。痴漢の被害を自称した女性から、被害届や供述書はなかったにも関わらずである。捜査の違法性を疑った母の尚美さんは、2011年4月26日、国家賠償請求訴訟を起こした。これにより事件は、「新宿駅冤罪暴行事件」から、「新宿署違法捜査憤死事件」と呼ばれ、警察の不祥事を暴くこととなった。

警察が被疑者死亡のまま書類送検した理由は、信助さんの自殺が、証拠隠滅と改ざん工作など警察の不祥事一式によるものであり、警察自身がそのことを認識しているためである。致命的な違法行為の発覚による国民全体からの信頼失墜は、霞が関の警視庁を筆頭に警察組織として最も避けなければならない。

 レコーダーが語る事実と、尚美さんが警察から直接聞いた話では多くの矛盾点があった。冤罪事件を作り上げた警察の失態を隠すための虚構である。

例えば、事件の被疑者が連行される防犯課で取り調べは行われていたが、当時の副署長は尚美さんに、「生活安全課で事情聴取をした」「(信助さんを暴行をした)大学生とすれ違った」などと、事実とは反する内容を伝えた。

取り調べを行った事実が「単なる間違い」では済まされないことは、警察が一番理解している。その他にも警察は、当時の信助さんの怪我の状態を聞いた尚美さんに対し、「外傷はなかった」と伝えている。尚美さんは、「何よりも先に病院で治療をしてもらいたかった」「確約書の字は力なく、音声の終わりのほうに聞こえる言葉も徐々におかしくなっている。脳に障害があったのではないか」と話している。

せめて治療が優先されていたら、信助さんは線路へ身を投じず、命が守られていたのかもしれない。息子を突然亡くした母でなくても、同じように考えるだろう。

 また、尚美さんの弁護士が送致記録の開示を求めたことによって知り得た事実もある。信助さんへ暴行を加えた男性の服装について、送致書に書かれていたものと目撃証言とは違っていた。

被害を受けたという女性に関しては、書類送検直前の2010年1月26日、手書きではない被害届が提出された。女性は事件当時は酩酊状態にあり、信助さんが痴漢行為をしたことについて「人違いだった」と上申書へ書きその場を離れている。そして、事件発生現場は駅の階段上なのだが、防犯カメラには映らない通路と記されていた。

送致書には、警察が事件の3日後に特命捜査本部を設置していたことも記録されていた。裁判への対策で組織的に口裏を合わすために設置されたと言わざるを得ない。

司法制度の問題点が国民の首を絞めつける

 警察は国民を守るのではなく、法を保護する機関である。その言葉通り、日本では警察組織内外で残る古くからの慣習や不祥事をカバーするために、国民が犠牲になっている。

事件から8年が経とうとしていた2017年11月17日、母の尚美さんが起こした裁判は、最高裁で上告不受理決定された。最重要証人であるはずの当の女性や、暴行をした男性たちが証言台へ上がることはなかった。肝心な事件現場の駅の防犯カメラの映像は、裁判官により無視された。当然のように警察の不法捜査は裁判では認められず、信助さんの潔白は晴らされていない。

 どの国でも冤罪事件は問題となっているが、司法制度に関しては歴史と共に変化している。他国の司法制度と比較する際に特に指摘されるのが、日本の高い有罪率と、捜査や取り調べ、公判においての不透明さである。日本でも録音や録画は取り調べ室等での録音や録画がされないことが、日本での冤罪を引き起こしていることは明白である。音声や映像によって記録されない状況下では、通常の捜査では思いもよらない事でさえも行われてしまう。
 
 ここに一つの例を挙げる。当時看護助手だった西山美香さんが、患者の人工呼吸器を外したとして殺人罪で12年の懲役が確定、服役し、事件から16年後に無罪判決に至った問題がある。被疑者への差し入れは禁止されているにもかかわらず、ケーキやジュースなどを担当の男性刑事から渡されるなどして、軽度の知的障害がある西山さんは、優しい男性刑事に恋心を抱いた。刑事は彼女の気持ちに漬け込み、検察あての手紙に虚偽記載をさせたり、人工呼吸器の外し方を練習させるなどした。また、刑事は、西山さんが数を数えるのが苦手であることを知らずに、西山さん当人が60秒数えて事件の発覚を隠したと嘘の調書を偽造したことが分かった。当時は西山さんの自白があったことで、裁判官が流れ作業的に判決を出している。

 このように、慢性的な違法捜査が冤罪事件を引き起こし、国民の人生を台無しにしていることは言うまでもない。日本の司法制度が、いかに自白主義であり不公平であるかは顕著である。

信助さんのような冤罪被害者が、レコーダーなどで記録を残していることは、実に稀だ。信助さんが記録を残し、自死したため、事件の全容を明らかにし、日本の司法制度の問題を追及することができた。

 警視庁は、地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災の被害者のASD・PTSD・うつ病などの精神的被害の深刻さに対して胸を痛めているとアピールする。また、工藤会トップの死刑判決に関するNHK番組(2021年10月5日)では、被害者の「怖くて外出しなくなった」という証言や、工藤会の報復を恐れて躊躇する証人のための24時間警護について紹介され、警察は正義の味方であるように描写された。

しかし、信助さんのような被害者や、司法やマスメディアの被害者は、地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災の被害者の数をはるかに上回る。

公務執行妨害系の事件ともなれば、十数名の警察官が総出で「再現」を行い筋書きを統一していくことが時々あり、それが結果的に偽証と判断されることも普通に起きている。

あとがき

 冤罪事件、有罪事件に限らず、捜査や取り調べ中の透明性は非常に低いため、事実がどこにあるのかは謎である。取り調べや捜査段階での可視化は義務化され、必要証拠として提出されるべきだ。近年では録音や録画が進んでいるが、被疑者の権利である黙秘権は変わらず行使されていないため、数時間から数カ月の拘束が行われ、結果的に自白を誘導する。彼らはまるで、ありとあらゆる手法で人々の感情を操作する詐欺師のようだ。警察や検察官、裁判官が権力や組織として彼ら自身を守るために存在し、圧力に弱い一般国民(非公務員)を被疑者にでっち上げることが、彼らの職務ではない。

こちらの記事は、下記のリンク元を参考にしております。 
My News Japan 「原田信助はなぜ命を絶ったか―1 痴漢えん罪の青年が自殺『息子は新宿署の取調べに絶望した』」
日刊サイゾー 「痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた『警察の非道』」全国市民オンブズマン連絡会議より訴状
New Sphere 「日本の司法おかしいのでは? ゴーン氏逮捕、注視する海外 長期勾留、有罪率、情報リーク
PHPオンライン衆知 「冤罪を防ぐための『検察憲章』私案」
Business Journal「新宿署、痴漢冤罪めぐる証拠隠蔽・改竄工作が発覚…違法捜査受けた男性は直後に死亡」


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