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平安ファンタジー・王朝懶夢譚

姫の家には代々、不思議な櫛が受け継がれている。
玉(ぎょく)でできており、重いので髪飾りとしては実用的でないが、姫はこれで髪を梳く感触を気に入っているらしい。

玉には雲のような模様があり、一か所ほんのり透ける部分は朧月にも見える。この櫛には霊力があり、時間と場所を超えることができる。
時には、玄宗皇帝と楊貴妃の仲睦まじい様子を見せてくれたりもする。なるほど、玉とは、古来より中国で貴重とされてきた軟玉ヒスイのことでもある。


おそらくこんな櫛だったのかも…
新宿のミネラルショーで買った翡翠の櫛!


小天狗に呼び出され水の中から現れた鮫児(こうじ)は、鮫と人とのハーフ。濡れ濡れと長い銀色の髪をしていて、少女のように愛らしい風貌である。
鮫児の涙が真珠になるというところは人魚伝説を思わせるが、それを投げて当たった者たちの縁結びができるという。

真珠は古今東西、愛や生命力、そして結婚の象徴でもあるのだ。


10年も先に東宮のもとへ入内することが決まっているが、今がまさにお年頃で、恋を諦められない月冴姫。
そんな彼女に声をかけたのは、可愛らしい小天狗(といっても300歳!)の外道丸。
河童や猩々などの物の怪も登場し、出逢いと恋を求めて冒険を繰り広げる平安ファンタジー。

「女は恋だわ。愛。勲章は人にみせびらかすものだけれど、恋は心のなかの、汐満玉だわ。…誰にみせるものでもなくて、心のなかでぐんぐん、汐が満ちてくるもの。…そんなものを求めて、この道ひとすじ、が女なんだわ」

満潮をまねく伝説の水晶玉に、恋をなぞらえる。
恋とは、そのくらい不思議なパワーに満ちている。


軽いタッチで書かれているので読みやすいけれど、史実にもとづいた時代設定や、盗賊にさらわれる姫君…といった説話などが盛り込まれていて、奥が深い。
さすが田辺聖子さん。
平安時代というものを、もっと知りたくなる。

魅力的な玉や真珠が、物語を進めるキーアイテムとなるところも楽しい。


天然石×美容アイテムは、現代にもあるのよ〜!
クォーツのフェイスローラー by Francfranc


近代まで、女性にはあまり自由がなかったと言われている。日々の生活においても、もちろん婚姻についても。
しかし、月冴姫は年相応に溌剌として行動力もある。
実際の平安女性がどのような心持ちで暮らしていたのかは分からないが、意外と、このような女性もいたかもしれない。

それから、私は20年ほど前の旧装丁版の文庫本を持っていたのだけれど、新装丁の表紙は、いのまたむつみさんのイラストに。


小学生の頃にも、いのまたむつみさんの美しい挿絵に惹かれて文庫本を集めていたっけ…。美しくて冒険心をくすぐる挿絵は、たくさんの小説に彩りを添えていた。
昔とても好きだった方が、今も(絵柄は少し現代っぽく変化しているけれど)変わらず活躍されていることが嬉しい。

(以下、ネタバレあり!)



月冴姫はちょっと気が多くて、さまざまな男性に少しずつ惹かれたり心を通わせたりする。しかし、まるまる心を奪われてしまったのは、櫛の向こうに見えた とある東国の若者だ。

「この人をきりきり舞いさせたい、いじめてやりたい」「自分に振り向かせたい」という、なんとも厄介ないじわるな気持ち。そのときに本人は気づいていなくても、このどうしようもなく一方的な想いは恋そのもので、一目惚れだ。

一方の若者も、月冴姫に化けた狐に出会いその日のうちに「自分の一生をあげるよ」と、率直すぎる告白をする。これも一目惚れといえるだろう。
紆余曲折あって、化け狐ではなく姫と若者は結ばれるのだが、この若者のまっすぐな優しさと、姫の快活さやしたたかさが、現代の若いカップルのようで面白い。

そう、現代においても、こういう出会いはある。
本人そのものではないアバターどうしでネット上で出会い、結婚に至るカップルもいるのだから!

素直で可愛い、ただ待っているだけのヒロインではないから、遥か時空を超えたはずの平安ファンタジーであっても、身近にリアルに読めるのだと思う。

そしてやはり、一目惚れはいつの時代も最強なのだ。



※このnoteは過去にShortNoteにて公開した記事に加筆修正したものです。

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