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スパイの指輪 〜国立西洋美術館の橋本コレクションより〜

子どもの頃、自宅のお手洗いには小さな本棚があった。

その習慣のない人にしてみれば、なぜこんなところに本棚が?と思われるだろうが、我が家ではトイレタイムの読書が常であった。

とはいっても、私は今も昔も胃腸がとびきり健康で、読書に没頭するほど長時間お手洗いに籠もる必要がない。
そんな私が迷わず手に取るのは、1〜2分で読めてしまう、星新一のショート・ショートだった。


たしか、初めて読んだのは小学4年生の頃。
宇宙人が登場するものや近未来を描いた作品が多く、初版の年を見ると私が生まれるよりずっと前なのに、古くさく感じることがなかった。

バッドエンドではないものの、皮肉なオチのついた作品も多かった。
その中でも、近未来…ちょうど今の世界を予言していたかのようなショート・ショートがある。



画像引用元:amazonより


『万能スパイ用品』

文庫本『ちぐはぐな部品』に収録。
初出は1966年。

秘密諜報部員である主人公が、軍事機密を盗んでくるように命じられ、撮影のため「万能スパイ用カメラ」を与えられる。
このカメラが新しく開発された優れもので、通信機器にもなるし、万能の合鍵にもなるし、敵を買収するための宝石(!)まで内蔵している。脱出用ロープも出てくるし、敵を欺くための幻影を映し出すこともできるし、追い詰められたときには時限爆弾や武器にもなるという、まさにスパイのための万能アイテム。
ところが、肝心の撮影機能は?


…という、ネタバレぎりぎり(笑)の説明になってしまったが、現代のスマートフォンを連想せずにはいられない作品だ。一人一台のスマホが当たり前となった今では、アイロニカルな結末がより身近なものとして読める。

私もiPhoneのことを携帯電話と呼んだりしているけれども、実際は手のひらサイズのPCであるし、通話がメイン機能ではなくなっている。
少し前なら別に持ち歩いていたデジカメもハンディカムも、すっかり要らなくなってしまった。
初出が1966年で、フィルムカメラや黒電話の時代であるから、当時は斬新な作品として読まれただろうと思う。


さてさて、このショート・ショートを連想させる指輪が、実在する!

…と言ったら、信じてもらえるだろうか。

1950年頃、ロシアのスパイが使用したといわれる。
「カメラが隠された指輪」だ。


上野の国立西洋美術館に所蔵されている、『橋本コレクション』の指輪のひとつである。
2014年に初めて展示されたのを見に行って、今年2023年にも見に行った。
金色の指輪は変わらずに輝いて、静かにそこに在った。

フィルム式で4ミリ四方のネガが8枚撮れたという。
それでも、当時としては革新的なアイテムだったのだろうな。この指輪、どのような秘密をネガに収めてきたのだろう。


変装した美人スパイ(なぜかスパイは美女であってほしい願望が…)の指に光る金の指輪、ターゲットは二つ向こうの席についた男性。
ワイングラスを持ち上げるふりをして、指輪のレンズをそちらへ向ける。

…などという、安易で素人じみた空想をするのも、また楽しい。


私が書くnoteなのだから、今回もジュエリーの話に繋がるというオチで終わりたいと思う。

国立西洋美術館
https://www.nmwa.go.jp/jp/index.html





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