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「安達太良山麓菓子合戦」

サチは専業主婦、いつも明るく料理上手で夫や娘達の生活を食卓から支えている

窓を開けると安達太良山からの風が吹き込む心地良いキッチンで、今日も夫の大好きなチーズケーキの焼き上がりをオーブンの前で楽しみに待っていた

時は変わって戦国時代の同じ安達太良山麓

今は合戦の真っ最中!両陣営睨み合いの膠着状態で緊迫した合戦場

固唾を飲む侍大将、慈恩陸奥守(じおんむつのかみ)の鼻腔に何やら甘き香り!数日来の慌ただしさに、食事も満足に取れずにいた胃袋の悲鳴が、緊張感を思わず崩した

「グ~!」顔を赤らめながら鳴り続ける腹を押さえ、家臣に向かい「ちと、小用じゃ!」と藪の陰に隠れながら、甘き香りの元を探していた

すると岩場の陰に四角い箱!その中に焦げ茶色の丸い菓子が煌々と光に照らされているではないか…

空腹に耐え切れず慈恩はその焦げ茶色の物体を指ですくい口にしてみた・・・「び、び、美味~~!」

腰を抜かし、へたり込んだ彼はよろよろと菓子に向かい更に食べようとした瞬間、四角い箱の反対側の扉が開き、扉越しに女の顔が覗いた!

「ぬお〜っ!」後ろに倒れこみながら、足をバタバタ…!それでも刀に手をかけ「お主は誰じゃ!曲者か?」と叫んだ

箱の反対側から覗き込んだ女も驚きを隠せない!そう、彼女はサチであった

「あ、あなたこそ誰ヨ!私のチーズケーキに何してくれてんのよー!」サチはこの出来事の不思議さよりも、家族の為に作ったチーズケーキを勝手に食べられた事に憤りを感じているようだった

「す、すまぬ!余りの空腹に拙者、武士らしからぬ行いであった…詫びを申す。しかし腹が減っては何とやら!合戦を前にこのチ、チーズ菓子とやらを分けて頂く事は出来申さぬかの~」

意外な素直さにサチは言った「まあ、いいわよ!お食べなさいよ…でもあなた合戦って、貴方の居るそちら側は時代が違うの?」

一心不乱に食べる慈恩は「えっ、いま?今は天正…えっと何年だっけ?ま、戦国時代っすよ〜!」…食べる事に夢中である

サチは大体分かってきた。どうやらこのオーブンを挟んでこっちが現在で反対側が過去らしい。もちろん慈恩陸奥守からしたら、こっち側が現在である

同じ場所で時空のズレ?歴史の歪み?…

ぺちゃくちゃチーズケーキを食べる音が響くキッチンで、それ程違和感を感じない自分にサチは驚いていた…


そうこうするうちに慈恩の家来達が集まってきた。余りに小用が長すぎる!どんだけ出してんだ!打ち切るタイミングを見失ってるんじゃなかろうか?と心配して探していたのだ!

慈恩は、口の回りにケーキをひっ付けながらバツ悪そうに「サチどの済まぬが…も少し作ってもらう事は出来ますまいか?家来を差し置いて自分だけだと、こう…なんていうか…カッコイイ大将っぽくないっしょ!…ねっ!」

サチは言われるまま作り、そのチーズケーキをむさぼるように食べる家来達は満腹感からか、気が緩み愚痴をこぼし始めた

「しっかし殿も強情だよねー、うん、うん、だよねー!元々は親戚同志なのになんで戦うのかねー、うんうん、だよねー!」

慈恩は慌てて「やめやめーい!そんなことを言うてはならぬぞ!よいか、侍に生まれたならば理屈は抜きじゃ!戦場が我らの生きる場所、戦う事が男としての生きる道ぞ!」

慈恩自身も釈然としない心を無理に奮い立たせる様に「サチ殿、今日は馳走になった。どういう経緯で違う時代が繋がったのかは知らぬが、きっとこれも何かの縁というものじゃろう、礼を申し上げる。礼ついでなのじゃがのぅ…このチーズ菓子とやらは小さい割に腹持ちがよく力も湧く!どうじゃろう戦場での携帯食に持って来いじゃ!あの~、も少し作ってはもらえないだろうかの~?」

サチは、ため息交じりで頷きながらこれも何かの縁と思い「私が良いというまで手を付けちゃダメよ!」と念を押しオーブンの扉を閉めた

焼きあがるのを待つ間にサチは何故か沸々と怒りが湧き上がってきた…「何?戦い?親戚?男として?…」オーブンの扉を開け、チーズケーキ越しに覗く慈恩に向かいサチは言った

「あーた達の家族は?奥方は?…厨房で貴方達の帰りを待っているんでしょう?貴方たちだけが戦っているとでも言うのかしら?社会だけが戦場かしら?家族は家を守り、この私だって厨房で毎日楽しく戦っています!料理を美味しそうに食べて、家族が安らげたのならそれが私にとっての一番の勝利なの~!それにねぇ戦いは本来、自分自身とするものよ!とっとと荷物を纏めてお家に帰りなさいよ~!」

余りの剣幕に慈恩はじめ家来たちもたじたじである。しかし何か心を打つものが有った様で、年若く結婚したばかりの兵士などは、しゅんとしている

そんな兵士の一人が慈恩に言った「大将も言ってたではないですか、この戦に道理など無い!殿も親戚の殿も意地を張っているだけで和議のきっかけを待っているのじゃ!って。大将だったら和議をまとめられるのではないのですか?」

迷っている慈恩陸奥守に追い打ちをかけるようにサチは「この無駄な争いを避け、和議を纏める事が貴方にとっての本当の戦ではないのですか?」

もうサチは半泣きで、わめきながら続けている「戦いは一生続くのですよ!いくつになっても、どんな環境に居ても自分自身と戦い続け、色んな思いをかみしめながら生きて行くのが私たちの務め!だからこそ下らない事で命を無駄にしてはいけませ~ん!とっとと和議を纏めなさ~い!」

暫く考えていた慈恩はやがて向かい風にすっと立ち上がり、吹っ切れた様に涙目のサチに言った…

「サチ殿、このチーズ菓子をもっと大量に作っていただけるかな?」黙って頷くサチを確認し、家来に向けて「よし!皆の者、戦じゃ!本当の戦を始めるぞ!」と宣言し、主だった家来にテキパキと指示を出した

「良いかお主はこのチーズ菓子を我が殿の元に届けてこう言え(親戚の殿から戦の前に舶来の菓子をおすそわけだそうです!毒など入っておらぬ故に正々堂々と食い、戦おうぞ!)との伝言です。とな!きっとこの菓子は心を和ませるきっかけとなることであろう

後は、わしと共に敵陣に伝令のフリをしてこの菓子を持って乗り込む者はいるか?無理にとは言わぬ、ここは戦場じゃ生きて帰れる保証はない!」

「た、大将!それは余りにも無謀。伝令とはいえ敵方、われらをおめおめと帰さぬでしょう。それに真実の伝令ではなく伝令の振りをするのでしょう?バレたらただでは済みますまい…それに我が方の殿の事も騙すと言う事でしょう?和議となっても大将は責任を取らされるのではないのですか?」

安達太良山麓の風に吹かれながら慈恩陸奥守は「な~に当たって砕けろじゃ!」と微かに微笑んだ

慈恩侍大将は家来たちを配置に着かせ、敵陣に乗り込む家来たちに言って聞かせた

「良いか決して争ってはならぬぞ、わしが親戚の殿に我が殿からの戦を前にしての差し入れ、と言う事でこのチーズ菓子を差し出す。きっとこの美味に、気も緩もうから間髪入れずに和議を整えてしまう。後で我が殿から𠮟責を受けた時は、わしが腹をかっ捌けば済むことじゃ!おぬし等はその間に和議が整ったぞ!と敵陣の隅々まで出まかせを触れ回り、チーズ菓子を配れ!この美味を味わったら満ち足りた気持ちになり闘争心も消え失せることであろうて!

さてサチ殿、世話になったの。良きひと時であった、命あらばまた会おう!」

先ほど迄とは打って変わり颯爽と馬にまたがり家来たちに言った

「よいか者ども!ここは戦場じゃ、正義や道理など何の役にも立たぬ。人間が意味も無く戦わずに居られぬのなら、同じ様に和平をもたらす事に意味を求めるでないぞ!

思い切って嘘をついて、付きまくれ!後は上手く落とし所を皆で探すがいい…その為の捨て石になら喜んで成ってやろうぞ、喜んで転がってやろうぞ!

わしがもし親戚の殿の刃に倒れ帰らぬ身になっても、おぬし等は抵抗せず切り刻まれようともチーズ菓子を配りまくれ、息絶えるまで敵に菓子をすすめるのじゃぞ!

皆の者出陣じゃ!怯むな!恐れるな!良いか、決して引くでないぞ!えい、えい、おー!」

サチは涙でぐちゃぐちゃになりながらオーブンの扉に顔を突っ込んで、戦国時代の安達太良山麓を眺めていた…

どれくらいの時が経ったのであろうか….

オーブンからの安達太良山麓を渡る風に吹かれながら、サチは思っていた「なんか時間の感覚が変!」

僅か一日の出来事なのに、慈恩陸奥守が出陣して待つ間、数日経っている様な錯覚に陥っている

やがてオーブンの向こう側の日が陰り、かがり火が灯る頃どこからともなく宴の賑やかな声が聞こえてきた

サチは居ても立っても居られなくなり、オーブンの扉に耳を傾け、顔を突っ込んで更には足を突っ込んで向こう側の世界に行こうと、バタバタしていた

もう少しダイエットをしておけば良かったと思いながら、何度か足を出し入れしていると何度目かにガツッと何かを蹴り上げた様子

「ぬおっ!…」覗き込むサチの前に酒に酔った赤ら顔に足形を付けた慈恩侍大将がヌーッと顔を出した

突然の安堵にキッチンに座り込んだサチに慈恩陸奥守は言った

「上手く行きましたぞ〜!矢張りサチ殿のチーズ菓子の力ですなぁ!もう大丈夫。一度緊張の糸が切れて酒宴と成れば今更、相手からの舶来菓子の差し入れが偽りだったと気付いても戦など面倒ですからな!ホントはみんな争いたくはないのですよワッハッハー!ヒック!」

しかし彼の後ろに控える家来たちは皆沈んでいる。「大将、今のうちにお逃げ下さらぬか…このままでは…」

サチは「どういう事?」心配そうに尋ねると慈恩は

「なーに、この和議のからくりが公になるのは時間の問題。わしが責任を取るまででござるよ!それで全てが収まります。どちらの殿もわしが責任を取れば、それを名目に戦を避けることが出来ますからな」

サチは不満気に「でも皆、望んでた平和なんでしょう?なんで貴方だけが…」

「むははは…サチ殿、時代が違えばシキタリも違う。運命からは決して逃れられませぬ…まあ、わしにとっては勝ち戦ですから!良き仕事をしたと思っておりまするよ!」

慈恩陸奥守はオーブンの扉越しに手を伸ばし、サチの手を握りながら

「実はの、遠い昔に病で亡くした我が妹にお主がそっくり生き写しなのでござるよ!子供の時分によく、いたずらした私は𠮟られて居りました!…この不思議な箱越しにそなたに怒鳴られた折は危うく泣きそうになりましたぞ、ワハハハハ~…ちと、酔いすぎましたかな…」

慈恩陸奥守は遠き子供の頃に思いを馳せていた…

…………………

〜「兄上!おつきの者らをチャンバラごっこで困らせてはなりませぬ!兄上は大将でござるぞ!身を挺して皆を守らねばならぬ立場!それに戦は自分自身とするものでござるぞ!兄上〜」〜

……………………

「ハハハ~矢張り、酔いすぎたようじゃ」と名残惜しそうに手を放し、妹を慈しむ様な優しい眼差しで慈恩は語りかけた

「そちらの時代では幸せの様じゃな、安心致した…命を楽しめよ…さらばでござる!」と言ったとたんにオーブンの奥がピカピカ!っと光ながら塞がって元のオーブンに戻っていた

サチはその場にへたり込み、思いのほか柔らかだった慈恩の手の感触を握りしめながら不思議と寂しさよりも嬉しさと懐かしさを感じて、かすかに微笑んでいた

その夜の夕食後、チーズケーキを美味しそうにほうばる娘や夫を見ながらキッチンの窓を開け、安達太良山から吹き降ろす風に向けて

「私も勝ち戦でしたよ兄上!それから私が作ったのはチーズ菓子ではなく、チーズケーキですからね!」と心の中で呟いた

サチの頬と心の中を、風が「ワッハッハー!」と吹きぬけた…

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