【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』10
「教員のなり手も少ないからねえ。」
松本課長は、ぼやくように言いながらコーヒーを買った。そして続ける。
「講師もぜんぜん見つからないからな。4月の頭に人がいなくなったら、現場も大変だろう。不問にできるなら、こっちだってそのほうがいい。」
そうして、コーヒーを飲みながらあたしの全身を眺めて言った。
「ああ、思い出してきたぞ。もう、お店にはいないのかあ。残念だな。」
あたしは、なんと言っていいのかわからず、笑ってみせた。
その後、この件についての担当者だという職員も含めて、教職員課で改めて話をすることになったのだが、話の途中で松本課長が「不問」と一言発すると、担当はただちにあたしへの追及をやめた。
「仮に。仮にそうであったとしても、それを見抜けずに採用したのは教職員課ではないか。
また、そうであったとして、何が問題なのか? 仮に風俗店での勤務経験があったとして、教員としてふさわしくないと我々が言う根拠がない。」
松本課長は、その場をそのように締めくくった。
無罪。
あたしは釈放された。
気が抜けた。来るときは緊張感でなんとかなったが、いざ無事に終わってみると、気持ちが抜けて疲れがどっと出た。
ぼうっとなりながら、あたしは処刑場、教職員課を後にした。
「良かったなあ。」
横を歩きながら、安藤が言う。あたしは立ち止まって、安藤にきちんとした態度を作って深く頭を下げた。
「どうもありがとうございました。」
ちゃんとお礼が言えて良かった。
安藤がおらず、一人でここに来たならば、あたしは今ごろ試用を切られ、このあたりで泣き崩れていたのだろう。
「いや、いいんだよ。
最後の部分は手伝ったけど、自分を救うための積み重ねをしてきたのは君自身だった。君のサービスに感じるところがあったから、客も名刺を出したんだろうし、今回は客のほうが君を助けようとした。俺も、松本課長も。」
そういうものだろうか。あたしはひとつ疑問を思い出して、安藤にぶつけた。
「あの、最後に話が出た『先生』ってなんですか? 先生の名刺を持ってたから、あたしの勝ちって。」
安藤は答えた。
「ああ。議員だよ。
学校現場と違って、県庁で『先生』って言えば議員のこと。
君の名刺の中に、県議会議員の名前があった。」
「えっ!」
そんな役職の名刺は無かったはずだ。
「ちょっと前までは一般の会社員だった。でも、最近の選挙で大きな政党の公認を受けて当選した議員だよ。
県庁っていうのは、議員の不利益はとにかく避ける。だから、究極的にはあれ一枚あれば『勝負あり』だったわけだ。」
そうだったのか。
『先生』。
思い出してきた。やたらに肛門を舐めたがる客だったような気がする。放っておくと永遠に舐め続けるので時間調整に苦労した。
人それぞれ、様々な性癖がある。教員ひとりクビにして、議員の性癖まで世間にぶちまけられる結果を招いたら、県庁は何をしているんだという話になりそうではある。
「じゃあ、今日はこれまでだね。家まで送るよ。」
県庁を出るとき、安藤は言った。
来るときも安藤の車だったし、断る理由はない。
でも。
家まで送るって。
これ、ヤられちゃうやつだ。
……あたしは今日、安藤にすごくお世話になった。
したいなら、いいよ。むしろ、サービスしてあげるよ。
ほどなく、車はあたしの家の近くに着いた。
安藤は道端に車を止めて、ハザードを焚いた。
「じゃあ、また明日。」
「えっ!? あれっ!?」
あたしは安藤の台詞を信じられず、彼を見た。安藤もこっちを見ていたので、あたしが言わんとしたことは伝わったはずである。
「だって、小島先生はもう一般女性でしょ。」
「マジメか!!」
思わずツッコミを入れてしまった。
半日、あたしのために行動して結果も出したのだから、抱かせろくらいの話はしたっていいじゃないか。
「ていうか、『送るよ』って、ヤらせろって意味でしょ!?」
「いや、そんな意味、聞いたことないんだけど……。」
「そっちの心の準備、もうしちゃってたんですよ!」
「でも、君は一般女性でしょう?」
この、よくわからないこだわりはなんなんだ。
「ああ、わかりました。でも、このままじゃあたしの気持ちが済まないので。お茶を入れますから、お茶だけでも飲んで行ってくれませんか?」
あたしがそう言うと、安藤はしぶしぶといった感じで近くのコインパーキングに車を入れた。
家に入ればこっちのものだ。襲ってやる。
うーん。これ、立場逆じゃないの? 普通。
つづく
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