夏目瀬石

なんとか生き延びてきた氷河期世代。いろいろものを書いてきたけれど、そろそろ小説も書いて…

夏目瀬石

なんとか生き延びてきた氷河期世代。いろいろものを書いてきたけれど、そろそろ小説も書いてみようかな。

最近の記事

【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』10

「教員のなり手も少ないからねえ。」  松本課長は、ぼやくように言いながらコーヒーを買った。そして続ける。 「講師もぜんぜん見つからないからな。4月の頭に人がいなくなったら、現場も大変だろう。不問にできるなら、こっちだってそのほうがいい。」  そうして、コーヒーを飲みながらあたしの全身を眺めて言った。 「ああ、思い出してきたぞ。もう、お店にはいないのかあ。残念だな。」  あたしは、なんと言っていいのかわからず、笑ってみせた。  その後、この件についての担当者だという職員も含

    • 【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』9

       いよいよ安藤を止めようと思ったとき、安藤は教職員課の手前を曲がってあたしを振り返った。  そこに、小さな休憩室のようなものがあった。  ごく狭い部屋だ。広さは全部で6畳ほど。奥の壁は窓になっている。簡素な椅子とテーブルも置かれていた。  知らなければ、入って良いのかもわからない部屋だ。しかし、安藤は当然のように入った。  そこにあった自動販売機で、安藤はあたしに缶コーヒーを買ってくれた。  あたしは苛立ちも忘れて、お礼を言って受け取りながら、安藤がどうしてこんなに県庁に

      • 【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』8

         アキという名の風俗嬢であったころ、あたしは客が県庁の職員だとわかると、その帰り際に名刺をねだった。  あたしは現役大学生の風俗嬢だったし、教職課程を取っていた。当初、あまり本気で教員を目指すつもりはなかったのだが、もし自分の気が変わって教員採用試験を受けるようなとき、県庁の役人にコネクションがあれば有利かも知れないと思ったのがきっかけだ。  しかし、名刺を使うということは、自分が風俗嬢であることも明らかにするということでもある。それは諸刃の剣だと気付いて、採用試験に使うとい

        • 【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』7

          「アルバイトなどはしていましたか?」 「はい。接客業でした。人と関わるのが好きだったので。」  えっ。なにが問題なんだろう。  という顔をしてみせた。  接客業だってピンからキリまである。飲食店のホールかも知れないし、風俗嬢かも知れない。   事実、あたしは性風俗店で四年近くもアルバイトしていた。しかし、それを校長の前で正直に話すほど、あたしは清くも正しくも、バカでもなかった。  ただ、ここで校長から「具体的に何のアルバイトをしていたか」と聞かれてしまうと、もう逃げ場がな

        【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』10

        • 【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』9

        • 【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』8

        • 【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』7

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』6

           4月9日火曜日。  入学式に参列するため、新入生と保護者が昇降口に列を成している。  外では、重い雲が校舎に覆いかぶさるように立ち込めている。昼過ぎから雨の予報だった。枝にわずかにしがみついている桜の花びらも、午後からの雨ですっかり流されてしまうことだろう。  この日、2年生と3年生は登校しない予定になっていた。  あたしの配属は3学年だ。今日は自分の学年の仕事がない。だから、入学式をつつがなく進めるため、1年生のために諸々の手伝いをするのだ。  職員会議で提案された通り

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』6

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』5

           4月も2周目に入った初日、8日の月曜日が始業式だった。  その場で、新任式も行われた。  全校生徒の前で、今年度の転任職員が紹介されるのだ。  入学式は翌日の予定だ。だから、入学前の1年生はまだいない。  集められた生徒は2年生と3年生だけだが、それにしても体育館には600人以上がいる計算になる。  その中であたしもステージ上に登り、初めて生徒の目に晒された。  足が震えた。何百人もの前に立つことは、一般的にはあまりない経験だろう。ひょっとしたら、あたしのこれまでの人生

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』5

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』4

           4月1日。月曜日だ。  初年度の初日。新規採用の教員というのは、朝は勤務校には行かない。  あたしは、県庁近くの大きな会館まで出張していた。  全県の新規採用教員が、まずここに集められる。  そして半日、県庁の偉い人達が話をするのを聞かされるのである。  比較的、前のほうの座席にいたので、偉い人達の顔もよく見えた。  あたしが驚いたのは、知っている顔が何人もいる、ということである。  あたしが勤務していた風俗店は、県庁近くの繁華街に位置している。  店にいるときから、

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』4

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』3

           あたしが元風俗嬢であることを、校長にでも言われたらどうなるか。  教員としてふさわしくない、と言われて採用取り消しになるだろうか。そんなことが頭によぎった。 「安藤先生。小島と申します。よろしくお願いします。」  あたしの声は、自分でも驚くほど震えていた。  無様だ。これまで何度も、身体を使って悦ばせてきた男に対して、恐怖を感じている。  あたしが優位だったのはベッドの上だけ。部屋を出てしまえばこの有様だ。それくらい、あたしは最初からわかっていたはずだったのに。  無様だ

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』3

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』2

           大学生活にも慣れてきた、一年生の夏からあたしは風俗店でアルバイトを始めた。  最初は、手でサービスする店。  自分で言うのもなんだけれど、あたしは、そこそこ可愛い。クラスでは一番か、二番くらい。  そして、人と比べて洞察力が鋭く、共感力が高い。人の様子を見て、何を考えているのか、どうして欲しいのか、どんな気持ちか、わかることがあった。  だから、男たちに好かれる女の子がどんなタイプなのか、それくらいは簡単にわかった。  男は自然体が好きなのだ。化粧やネイル、アクセサリー

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』2

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』1

          「今日の授業は女性から男性への口淫、一般的にはフェラチオと言いますが、実習も交えての学習になります。」  あたしは教卓の前に立っていて、40人もの高校生を相手に今日の授業について説明している。教室の中は男女とも、真剣な目つきであたしを見つめているのだ。 「まず、心構えですが。  フェラチオは、主に女性中心の動きになります。男性にとって、自分の性器を口淫してくれる女性というのは、非常に大事な存在に成り得ます。  いつも言っていますが、性技というのは自分の大切な人を幸せにするこ

          【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』1

          【短編小説】『彼女エディタ』

           ……お。見つかっちゃったっスね。  そう。ここが時空の狭間、コトワリの裏側。  彼女の設定変更ができる『彼女エディタ』があるところっス。  見てもらったほうが早いっス。はい、カメラに顔認証っスよ。顔認証。  ほら出た。モニターに女の人が出たでしょ。  これ、お客さんの彼女でいいっスよね? うん。そうでしょそうでしょ。  早い話、ゲームのキャラクターを作るのと同じなんスよ。  右側に彼女の全身像が出てる。マウスホイールでクローズアップできるっス。細かいところを作るときは、

          【短編小説】『彼女エディタ』

          【ImageFX】パンツも消えるプロンプト公開 すべては芸術『永日珍品』8

          早速、プロンプトまで公開する  吾輩は夏目瀬石である。  小説のタイトル画像を作るために「ImageFX」を使い始め、芸術を追求しているわけである。  オトナ向けの画像? いや違う。吾輩が追求しているのは芸術である。芸術を規制することは、ダビデ像にモザイクをかけるがごとき愚行である。吾輩が追求しているのは芸術なのだ。芸術なんだってば。わかりましたね、みなさん。  「ImageFX」を使っている諸兄は御存知のとおり、オトナ向けの画像、もとい芸術的な画像を出力させるにはちょっ

          【ImageFX】パンツも消えるプロンプト公開 すべては芸術『永日珍品』8

          【短編小説】『彼女交換所』

           ええ、よくおいでくださいましたね。ここが彼女交換所でさあ。  ここに来るのは、ひと苦労あったでしょう。  時空の狭間、コトワリの裏側ですからね。二度と、おいでになることはできますまい。  しかし、あなたはいらっしゃった! おめでとうございます。  では、じっくり御覧いただきましょうか。  こっちのショーケースは、みんなカワイイでしょう。  最近はAIでね、顔面偏差値っていうのがはかれるんだそうで。このあたりはみんな、顔面偏差値70以上なんでさあ。  どうです? どれもい

          【短編小説】『彼女交換所』

          【短編小説】『彼女分裂』〜別の彼女が増えた場合〜

           家に帰ると、彼女が二人になっていた。  いや、正確に言えば、片方は知らない女だった。  もう片方は、元々彼女であった女である。  問題は、知らない女のほうがいい女だということだ。 「名前は?」  俺は聞いた。両方が「ミツキ」と答える。 「俺たちが付き合ったのはいつから?」  ミツキ以外に、これに答えられる女はいない。  互いの答えを参考にできないよう、紙での答えを求めた。  しかし、知らない女のほうも「大学一年の夏」と、ミツキと同じ答えを返してきた。どういうことだ。  

          【短編小説】『彼女分裂』〜別の彼女が増えた場合〜

          【短編小説】『彼女分裂』〜同じ彼女が二人の場合〜

           家に帰ると、彼女が二人になっていた。  いや、正気を疑わないでもらいたい。僕はありのまま、事実を述べているだけなのだ。  僕は今日、大学の講義に出て、そのままアルバイトへ行った。自宅に戻ったのはたった今、午前0時40分である。  彼女とは半同棲の状態だ。玄関の扉を開けたら、家の中に彼女が二人いた。 「ねえ聞いて! この女誰なの!?」 「ちょっと! あたしより先にユウタに話しかけるのやめてくれる!?」  僕は頭が痛くなった。一時間目から講義に出たし、その後はずっとアルバイ

          【短編小説】『彼女分裂』〜同じ彼女が二人の場合〜

          【短編小説】『夏の予感』

           高校一年の、一学期期末考査初日。  僕は普段より一時間早い電車に乗ろうとした。万が一にも遅刻はできないし、早く着いたら学校で勉強すれば良いと思ったのである。  僕が通学に使う電車は全国的にも有名な混雑路線だ。  多くの人が利用するため本数も多いが、運行トラブルも多く起きる。ホームドアの確認から人身事故まで多種多様。遅延は毎日のように起きているが、考査に遅れるわけにはいかないし、間に合うかどうかで気を揉んだりもしたくない。  午前6時30分。僕は最寄り駅でホームへのエスカ

          【短編小説】『夏の予感』