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進め、迷わずに

「やりたいこととできることが全く違うんですよね……」

高校3年生になりたての私はそんなことを考えていたな、とふと思い出す。暖かい春風が肌を撫ぜる。最後の一年が始まろうとしていた頃だ。遥かに伸びる道の、見えぬ行先を見ようと目を凝らしながら、私は絶えず自分に問いかけていた。

私にできること。
 中学2年生を過ぎた時点で自分が人より「できないことがある」人生であることに気づいていた。それは悲観ではなく、経験に基づいた自意識で、この先を生きていく上でも自分にとって受け入れなければならない事実だった。
 そんな中で、唯一自分にとって武器足り得るもの、これさえあれば、この中であれば、自分は自由に声を出せ思うように動くことができると感じたのが、唯一文を書くこと(と絵を描くこと)だった。
 それは職業として食っていくには見通しが暗かった。それに、中学生までの私は書くことが好きが故に、批評されることを恐れていた。なまじ自己評価が低く、他人からの言葉に惑わされやすいため本気で向き合えば向き合うほど、いつか失ってしまうのではないかと怖かった。怠らず堅実な家庭を築いた両親と、国家資格の職を目指す姉のいる家庭でアーティストや作家など浮いた職業は苦笑いを浮かべられるに決まっていた。何よりも自分自身の意思で、私は別の道を進もうと決意した。
 人生の速度が遅い私だから、皆と同じような適職を見つけるにも時間がかかるかもしれない。何かを極めることが好きだから、普通科には行かない。そうして私は高校では興味のあった分野の専門学科に進み、その学びを活かせるスポーツを見つけたのだった。

 やりたいこと。高校に入った私はとあるスポーツに青春を捧げ、ひどく愛していた。いつまでも続けたいと願うほど私の人生で大きな出会いだった。
いつかそれに関わる職業に就きたいと思うようになった。別にオリンピックに出たいとは言わない、競技者として食っていけるほど光る才能があるわけではない。けれども、生涯この競技に携わっていたい、毎日触れれば届く距離にいたい、そばで見続けたいという願望が3年の高校生活の中で育っていた。
 例えるならばスポーツショップの販売員とか、テニススクールのインストラクターみたいに。ただ販売員にしたって商品の使用感を伝えられなければセールスできないし、インストラクターだったら初心者向けにしたって人に教えるだけの技術も、わかりやすく伝える力も必要になる。
高校3年生の私が悩んでいたのはそこだった。自分にはその道で生きたいという愛も願いもあるけれど、絶望的にセンスがないのだった。

 あの日、悩みを溢した自分に「まだそんなこと考えなくても、今やりたいことをやればいい」と私の尊敬していた人はなんとなしに言った。私とは正反対のタイプだから、その言葉の軽さに少し多少苛立ちもしたけれど、結局私はまだやりたいと思えるのならやっていくしかないと自分に正直に進路を定めた。

 自分にとってできることは、自信もつくしやりたいことになりやすい。できる=やりたい、そしてそれが社会から求められるものであればなお良い。上手く行けば天職になるだろう。
 でもおそらく、私の他の人間も自分にできてやりたいことばかりやっているわけじゃないと思う。できないけどやりたいと、自分の力の及ぶ範囲を知っていることはそれでもそれ以上に手を伸ばすことは、できないことをできることに変えていける可能性に溢れていると私は思う。

 もう3年が経った。やっぱりあの時のあなたが望んだようにはなれなかったかもしれない。ただ後悔したことはないよ、一度もない。

 やりたいことはやりたいだけ、やれるだけやり続けてみたらいいよ。目に見える結果とか、わかりやすい功績なんかなくてもその日々は失われないから。それを志した自分とか、かけた愛情や熱量はその道で大成しなくとも必ず自分に残る。
いつか別の道を選んでも、きっとそれは諦めとは呼ばない。少なくとも、やりたいこととの出会いは私の短い人生を鮮やかに彩って、今もまだ輝かせてくれている。

そしてできることも続けたらいい。
 やりたいこととは違っていても、自分にできることの存在と自分への信頼はいつかの居場所を必ず作ってくれる。あなたが困って悩んで立ち止まった時、それらはずっと昔からそうだったように、隣にいて味方でいてくれるはずだ。

Googleフォトの通知は忘れっぽい人に優しい。いく年か前のこの頃に制服を脱いだ自分の写真を見て、ちょっと後ろを振り返ってみたのだ。大きく成長したようにも、あまり変わっていないようにも思えるけれど、書いてみたら意外と熱っぽくなって、あの日の私に伝えたい言葉がわいてきた。
もしもあの日の私に似た画面の前の誰かがいたら、そしてこれを読んで自分の行先を信じることができたならいいなと傲慢ながらに思う。

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