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焼肉(前編)

はじめに
 本作品はフィクションであり、実在のいかなる人物・組織・団体とも少ししか関わりがないかもしれないですね

本編
 俺の目の前で首をくねくねとバブルヘッド人形のように動かしながら、焼肉店のロゴの入った制服を着た男は尋ねた。
 「何名様ですか?」
 無論、予約などしていない。30分前にはここにいる予定すらなかった。
 付け加えるとするなら、店の待合室には革ジャンを着た私以外にだれもおらず、その質問はただマニュアルに則った空気の振動でしかなかったのは明白だ。
 「いや、1人です。」
 弱腰もいいところである。土曜日の17:30意気揚々とワゴン車を飛ばしてきた、あの勢いはどこに行ってしまったのだろう?
 いや、と頭に入れてしまったのもいただけない。相手はこちらが1人だということなど解っているとこちらも解っているのに。
 まるで悔しいみたいじゃないか。1人で焼肉を貪ろうとせん自分自身が惨めに見えるではないか。
 「ご予約はされてますか?」
 不意の一撃は内省の渦の中にいた私に現実を突きつけてくる。
 ご予約はされてますか?これは裏を返せば、予約をしていない奴など客ではない。という意味になる。
 まとめるとすれば、1人で来て、予約もしていない、お前は客の振りをする狂人だろう?
 そういった意味の問いだった。
 「してないです。」
 「本日土曜ということもあって空きがないんですよ。申し訳ございません。」
 私は、敗退した。
 24にもなって土曜の夜に予定もなくフラフラしている人間に食わせる肉があるほど、この国は豊かではない。ましてや食べ放題。店の回転率が命の商売にとって、腹を好かせた独り者など、路傍の石でしかない。
 私は言葉もなく、店のドアを開けた。
 しかし、くよくよしてもいられなかった。明日のためにはなにか腹に収めねばなるまい。
 前向きになることでしか慰められないこの思いを何にぶつけようか、私は思案し始めた。
 ラーメン、牛丼、寿司、そのどれもが魅力的ではあった。しかし、それらは総じて受け身の食事なのである。
 焼肉は能動的な食事だ。焼いた状態で出てくるのではなく、わざわざ網を熱し、生の肉を運び、それを焼くわけである。
 ある種茶道にも似たその様式美。それを我々は食うのである。
 思えば、情報を食べているという言葉が一時期流行り、まるで味わっていない、味気のないやり方のようなニュアンスで広められてしまってはいるが、私はむしろ情報こそ味であると思う。
 値段、シチュエーションその2つは最高のスパイスなのである。
 むしろそれを楽しまない人生など、果たして本質を得ているだろうか?
 無駄があることを美徳とすることこそ、豊かさなのではなかろうか?
 そんなことを考え始めたせいか、何を食うかは一向に決まらなかった。
 私は考えるのをやめ、エンジンをかけ、公道を走り出した。
 その刹那、焼肉の裏手に光明を見つけた。
 お好み焼き!
 関西の方々、ありがとう。
 小麦粉であらゆる食材を混ぜ込むというその大胆さ、それこそ、空虚な土曜に相応しい。
 私は急いで左にウインカーをだし、ものすごい勢いで駐車スペースに乗り入れた。
 危険運転である。
 勢いよくドアを締めて暖簾をくぐった私を、お店の方々はにこやかに迎えてくれた。
 「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
 「1人です。」
 先の経験から、恥を捨てた私の一言は力強かった。
 「1名様ご来店!」
 それに返すような店員の大声、恥ずかしかった。
 席に座るとメニューを渡された。
 しばらくしてから注文を取りに来ると告げていなくなった店員。それを見計らって水を取りに行った。
 チェーン店で水を取りに行くと、必ず出くわすのがコップを押し込む水がでるタイプの蛇口だ。
 これを見るたびに、昔見たアニメで、姉妹が井戸から水を汲み取る時に使っていたポンプを思い出す。
 これも一種のスパイスである。食事をアクティビティにしてしまう工夫が、そこにはあった。ただ安いだけなのかもしれないが。
  水を一口飲み、ラミネートされた冊子を広げる。
 食欲をそそる写真が並ぶ。
 見事にまっ茶色だ。素晴らしい。ここまで振り切られるともはや不健康さすら感じない。
 欲望を満たすことだけを要求してくる並びの中で、一つの文字を見つけた。
 ”焼肉”
 人生には、逃れられないものがある。犬も歩けば棒に当たるように、人も歩けば焼肉に当たるのである。
 「お好み焼き屋でも焼肉ができる!!」
 似つかわしくないファンシーな字体で描かれた文字の下にあったのは、たった4種の肉。
 どれもがスーパーで見たことあるような肉だった。
 「あッ!〇〇ゼミで見た問題だ!」状態になってしまった。しかし、抗いがたい。スーパーで買えば500円前後の肉は、その倍の値段で誘惑してきた。
 腹を決めた。
 海鮮系のお好み焼きに、肉2種、これで行くしかない。
 冊子を閉じようとしたとき、まるで振り向きざまに微笑まれるように、焼きそばの四文字が我が人生に降りかかってきた。
 とんでもない熱量ッ!!3日は飯を食わなくても済む熱量ッ(カロリー)!!
 だが、断れない。
 なぜ袖にできようか。孤独な土曜日に花を添えるために入った店で、なぜ誘惑を振り払う必要があるのだろうか?汝は人狼なりや?否、人間である。
 人間には人生がある。人生は一度きりである。今日、この日、焼きそばを食べられるのは今しかない。
 店員を呼ぶため、ベルを高らかに鳴らした。
 「お好み焼きとこのお肉、あと焼きそばお願いします。」
 店員の苦い笑いが問いかける。あなた、一人ですよね?
 「かしこまりました。」
 そういうと店員は鉄板に熱を入れた…。

あとがき
 世にも奇妙な物語におもえるかもしれないが、これは事実です。
 土曜の夕飯時に粛々と革ジャンを着た男がお好み焼きを食べる。
 それをどこまで大仰に書けるのか、それが今回のテーマでした。コミカルに描きすぎたきらいがありますが、これが私の小説処女作ですので大目に見てほしいです。
 お好み焼きがどのように食べられてしまうのか、気になる方もいるでしょう。
 私も気になります。
 まさかここまで長くなるとは思わなかったので一旦前後編で分けて書こうとおもいました。
 その日一日のノリで書いてしまったので修正したい点も多くありますが、あえてこのまま出そうと思います。
 おもしろいと思われたらスキを送っていただけるとぼくもおもしろくてゴメン、chuになります。
 では、次回の記事でお会いしましょう。そろそろ音楽系の記事も再開しようと思います。
 また、執筆のお仕事もお受けいたしますので、なにかあればお気軽にご連絡ください。

 
 

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