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絶対スピードと対人スピード

多くのスポーツにおいてスピードという要素は、ハイパフォーマンスの前提条件として不可欠なものだ。
これまで、一言でスピードといってもそこには構造があり、それをクリアにしておかないと”使えるスピード”にはならないことを指摘してきた。
 
今回はそれとはまた違った視点で、
「絶対スピードと対人スピード」について。

絶対スピードとはタイムなどで数値化できる種類のもの。
対人スピードとは「相手がどう感じるか」に基準が置かれ、「タイミングを支配するスピード」でもある。
 
スポーツにおいてはどちらも重要だが、スポーツの種類によってその重要度は大きく異なる。

陸上100m走などでは絶対スピードが高まること(タイムの向上)で、パフォーマンスとしては向上していると言える。
 
しかし対人競技におけるタイムの向上は、パフォーマンスの向上、つまり試合で使えるパフォーマンスだとは言えない。
*パフォーマンスの枠組み次第では向上したと言える側面はもちろんある
 
限りある時間の中で、何を高めるのかの優先順位の選択はパフォーマンス向上戦略において非常に重要なポイントだ。
ある部分を鍛えてそこが強くなってもパフォーマンスが上がらなかった、などはこの戦略がズレていたことを意味する。
 
スピードの構造、絶対スピードと対人スピードの違いについての知識は、このようなズレを未然に防ぐためにも有効に使っていただけるとおもう。

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まず前提条件、競技特性の分類から。
対人スピードが必要なのは「対人競技」。
 
ここでいう対人競技とは、陸上競技や体操競技などの違う時間・空間において優劣を争うものとは異なり、同じ時間・空間レベルで影響を与え合いながら争う類のものを指す。
*陸上競技などは相手のタイムや点数などに影響を受けることもあるが、これは心理的・二次的なものであり空間および時間は共有していない
 
そこからさらに直接的対人か間接的対人かが分類される。
直接的対人分類はサッカー、ラグビー、バスケットボールやボクシング(格闘技)がこれにあたり、相手に対する直接的な妨害(触れることなど)がルール上許容されている。
 
間接的対人分類は野球、バレーボール、テニスや卓球など、時間や空間は共有するが、原則として直接的な妨害は許されていない競技群だ。
 
イメージしやすくするためにここでは直接的対人に絞って進めていく。
 
対人スピードは、常に相手が基準。
だから「速い」も相手次第で変わる。
 
Jリーグでの速いは、プレミアリーグやリーガエスパニョーラでは速くない、となり得るのが対人スピードだ。
 
ただしこれは単に周りの絶対スピードが高いからという単純な対比だけではない(もちろんその要素もある)。
わかりやすい例でいうと、対人スピードが高い状態とは、絶対スピードが自分より高い相手に「速いと感じさせる」こと。
 
50m走では負けるけれど、試合では振り切れる類のスピードを意味する。
 
そういう意味で、絶対スピードは単純なフィジカルの差がそのまま影響を与えやすいが、対人スピードにはもっと複雑な要素が関与するため、フィジカルの差があっても勝てる可能性を作り出しやすいとも言える。
 
***
 
対人スピードについて掘り下げてみよう。
まずは対人スピードを構成する要因を分類する。
 
対人スピード要因>
1)予備動作の最小化
2)いつでも動き出せる
3)切り返しの”間”の最小化
4)トップスピードになるまでの時間
*ボール保持時にはこれらにボール操作のレベルも影響を与える
 
1)予備動作の最小化
予備動作とは、実際に身体が動き出すまでに必要な動作のこと。
武道では”起こり”と呼ばれて相手の動き出しを予測するために使われる。
動き出しの絶対スピードが高くても、予備動作が大きい動き出しは相手に簡単に察知されるため、先に動かれたり走路に入られたりするなどの対応を受ける。
対人スピードを上げるには「動き出しの察知しにくさ」を追求する必要がある。
 
2)いつでも動き出せる
動こうと思ってから動き出すまでの時間の短さという意味では1)と近いが、ここでいう「いつでも」とは、自分がどのような状態であっても動き出せる能力を含む。
一般的には大きく体重がかかった側の脚は動かすことが難しくなる。
体重がかかった側の脚では、大半の選手が踏ん張って、または地面を蹴って動こうとする。
しかし、トップ選手であれば体重がかかった状態からも足を浮かせられるので、足の位置をずらせる。この動きを獲得できると、自分が動けない時間を最小化できるため、相手が動きにくいタイミングで動き出せるようになる。*後述
 
3)切り返しの”間”の最小化
切り返しとは動く向きが変わる動作のこと。
例えば右に進んでいたのにそこから急激に左に向きを変えることであり、相手を振り切るまたは相手についていくためには不可欠な運動だ。切り返しの時、すなわち動く方向を変える際には必ず”間”が生じる。
”間”とは、右移動から左に切り返す場合だと右足で踏ん張って地面を蹴る局面で動きが止まる瞬間を意味する。
本質的には2)と同じ構図。この”間”をどれだけ短くするかが対人スピードにおいては非常に重要な課題だ。
 

4)トップスピードになるまでの時間
1)2)3)の直後に起こる局面でありそれらの影響を受ける。
同時にそれらが高いレベルでできているかの指標でもある。
なぜなら、上記3つに共通して影響する下部構造は重心移動だから。
動きの起点としての重心移動がスムーズであれば、必然的にトップスピードになるまでの時間は短くなる。
これを下部構造として付加的・直接的に影響を与えるのは脚の筋力と脚の回転数(腕振りのスピードも影響)だ。
 
***
 
上述した要因を叩き台として話を進める。
 
対人スピードを高めるための基礎部分として、相手(人間)の動きの原則や特性を知っておく必要がある。
 
話をシンプルにするために、ここではサッカーでDFとFWが対峙している場面を設定する。
 
まず、DFは必ず相手の動きを見てから動く。
トップレベルの動きでは、まるで読まれたと感じるぐらい、FWの動きを察知するタイミングが早いが、必ずFWの動きをベースとして動いている。
 
対人スピードの鍵の一つは相手の視覚。
人間の動きには視覚を起点とした情報処理から指令までのスピードが影響を与える。
 
情報処理のスピードとは、例えば、「間違いなく左に動く」と判断できる材料が揃うタイミングの早さに関連する。
 
例)あるDFはFWのわずかな重心移動+視線+腕の動きで「左に動く」と判断できるとする。これらが揃えば間違いなく左だ、という指標を持っていることを意味する。その指標がずれたものであれば、ギャンブルに近くなり、フェイントにかかりやすくなる。重心移動であれば、ここが動けば間違いなく左だ、というポイントを持っていることで判断(反応)は早くなる。
*もちろん実際はもっと複雑な認知を使いつつ感覚的
*判断をギリギリまで遅らせる戦略を持つケースも存在する。DF自身の動き出しが早いことが前提(武術では「後の先」と言う)
*指令については「目の使い方」が関与。ムービングアンフォーカスというトレーニングを使いますが、また別の機会に。
 
FW側の立場から考えると、この判断のタイミングを遅くさせる、または間違わせる必要がある。判断を遅らせる動きとは、いわゆる「察知されにくい動き」などが該当する。

「察知されにくい動き」が重要になる状況は、大きく分けて2つに分類できる。
 
1)ニュートラル状態からの動き出し
FWがボールを保持して立ち止まり、DFと向き合っている状態からの場面がわかりやすいかと思う。ニュートラル、つまりDFから見てどちらにも動ける選択肢がある中での動き出しの場面だ。
一般的にイメージされる「動き出し」にあたる。
ここでのポイントは、上述の通り、どちらに動くかをDFに判断されるタイミングをいかに遅くできるか、または誤らせる(右に動くと思わせて左に動く)か。フェイントもこの構造に含まれる。
 
2)動きが限定されている状態からの動き出し
対人スピード要因の2)に該当する。
DFが、「もうこっちに動くしかないだろ」と感じる段階で違う方向に動ける、または「このタイミングでしか動けない」と感じている状態でそれとは違う(遅いまたは早い)タイミングで動けることを指す。
具体的には右足に重心が移動して踏ん張った状態では右足で地面を蹴って動くと動くタイミングが絞られる(予測しやすい)。

しかし、トップレベルでは、踏ん張った足そのものを踏み替えて角度を作ることでそれとは違うタイミングで動き出す身体操作スキルが使われている。
(私はこの動きを「ヒットバック」と名付けて身体操作トレーニングの対象としている)
視覚とも関与するが、「注意」という特性についても踏まえておく必要がある。
 
人間は注意を向けたものの動きには敏感だが、注意を向けていないものの動きや感覚には非常に鈍感になる。

これを読んでいる今、シャツの襟の感覚に注意を向けてみてほしい。
何らかの感覚に気づくと思う。
が、注意を向ける前はどうだったか?
 
手品などではこの特性を利用し、動きや視線を使って観客の注意を別の方向に向けさせ、気づかないうちにコインを移動させる。注意を逸らされた観客はまるでコインが急に消えたり現れたりしたと感じる。
*スリの技術にも使われている。ぶつかってきたりするのはそちらに注意を向けさせるため。
 
人間の認知には注意がベースにあり、見えているけど見ていない、触れているけど感じていない、などの現象が起こる。
絶対スピードが低いのに対人スピードが高い、という選手は、これがうまい。
対人スピードにおいては「注意」を逸らすことは非常に重要なポイントになる。
 
1)の状況では、多くのDFはボールに注意を向ける。
しかし対人スピードに長けたFWの場合、例えば、動き出す際にボールを最後に動かす。
*ここでの鍵は上半身。上半身を使って先に全身の傾きを生み出すことで先に”スタート”が切れる。
このケースでは、ボールが動き出したときにはFWはすでにスピードを得ているので、動き出しで置き去りにされてしまう。*私は「リーニングクロス」というトレーニングでこの動きを指導している。

裏を返せば、反応が早いDFは注意を複数のベクトルに拡散させるのがうまいとも表現できる。ボールを見ているけど相手の全身にも注意を向けている。もっというと周囲の状況にも注意を向けている。
この辺りは上述した目の使い方とたいへん深く関与する。
格闘技や武道のトップレベルでは当たり前に使われている目の使い方(武道では「遠山の目付け」と言われる)がこれにあたる。
 
以上、対人スピードに認知機能を少し絡めながら進めてきた。
どうしても文章中心なので伝わりづらい部分はあると思うが、このようなポイント踏まえて、その選手がどうやって相手の注意を操作しているか、という視点で対人競技を見るのはとてもオススメだ。

対人競技における対人スピードについて記述したが、絶対スピードが不要だという意味ではない。絶対スピードを上げるための取り組みも、もちろん不可欠だ。
目指すべきは、絶対スピードも対人スピードも高いレベルであることはいうまでもない。
 
最後に、大事なことなので再度。
指導の時にもプロアマ共通して多くの選手が課題に挙げるスピードだが、これを考える上で欠落しがちなのが「対人」の要素だ。サッカーなど対人競技においてスピードは常に相対的なもの。いくらタイムで表せるスピード(絶対値)が速くても、相手に対応されては有効なスピードにはならない。

絶対値スピードは自分が速くなれば向上するが、対人スピードは、常に”相手”を考慮しながらトレーニングしなければならない違いがある。ダッシュをひたすら繰り返してタイムが上がっても、試合では通用しない可能性もあるのだ。
いくら速くても、相手のタイミング(予測・姿勢・バランス)が整っている状況で動き出すと対応されるのが対人競技の特徴。試合で本当に有効なスピードを獲得するためには、対人スピードを高める必要がある。
裏を返せば、絶対値スピードが遅くとも対人スピードを高めることで試合では”速い選手”になれる可能性がある。
 
選手の成長戦略を考える上で少しでも参考になれば幸いだ。
選手の努力のロスを最小限にするために。



全てはパフォーマンスアップのために。



中野 崇 

YouTube :Training Lounge|”上手くなる能力”を向上
Instagram:https://www.instagram.com/tak.nakano/
Twitter:https://twitter.com/nakanobodysync

1980年生
たくさんのプロアスリートたちに身体操作を教えています
戦術動作コーチ/フィジカルコーチ/スポーツトレーナー/理学療法士
JARTA 代表
プロアスリートを中心に多種目のトレーニング指導を担う
イタリアAPFトレーナー協会講師
ブラインドサッカー日本代表戦術動作コーチ|2022-
ブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチ|2017-2021
株式会社JARTA international 代表取締役

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