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読書記録その➀__自らの「市場価値」を考えながら読んだ本たち、他


今回からしばらく、「大学時代に読んだ本」をいくつかピックアップして、可能であればテーマなんかも決めちゃったりして、感想やら当時の感情やらを素敵なSNSツール「note」を用いて言語化していこうと思います。


10月という季節。ちょっと肌寒く、もの寂しい季節ですね。好きです。

phatmans after school (現:saji)さんの「ツキヨミ」を聴きながら散歩するのがたまらんです。

pasのMVは勿論、sajiのスタジオセッション版も最高


脱線が早すぎた。時を戻します。

大学4年の秋、「卒業が迫ってきている」という精神的な変化は勿論、「下宿の引き払い」「身回り品の整理」的な物理的な変化など、色々ある時期でして。

その中でも、特に5畳しかない部屋の大部分を占拠している「本棚」をどないしようかと思っておりました。

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そんなに場所とってなかった。

コロナの影響もあって入社後もしばらくはリモート研修が待っている (らしい)。ひとまずは実家に引き揚げる。実家のキャパ諸々を考えても、今ある本をぜんぶ持って帰るのはちょっと現実的じゃない。処分するっきゃない...。

であれば、手放す前に「そういえばこんなのあったな~」と思い出しておくのも一興、それを言語化しておけば尚良し、という考えに至りました。

完全に自己完結の内容ですが、もしどこかの誰かの目に留まり、1冊でも手に取る本があったりすれば、著者の方が喜ぶと思います。



※本題に入る前に「読書の変遷」と称して自分が読んできた本の傾向や興味の変化をまとめようとしたのですが、そんなところまで考えて本を読んできたわけでは無かったので、傾向もクソもなく、無理でした。


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■『戦略読書』:ジャケ買いついでに考える自分の「市場価値」



何から紹介すれば良いか思いつかない為、とりあえず本棚へ。何事も走り出しが一番難しい。目に入ったのは、自分が見てきた本の中でもトップクラスに見た目が好みで、中身も碌に見ず買った本。

鮮やか&素敵な装丁!



Mrs.GREEN APPLEの2nd ミニアルバム「Progressive」を彷彿とさせる。

浪人時は『CONFLICT』、大学入ってからは『日々と君』をよく聴いた。

ミセスの話したい。
けど今は本の話...!

フェーズ2楽しみに待っています。
(2020年10月8日現在)

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「戦略読書」は、著者の方(以下、三谷さん)の読書遍歴を元にし、

「いつ」
「どんな本を」
「何のために読むべきか」

というような、文字通り「戦略」としての読書について魅力たっぷりに語られているのですが、個人的に以下の一文に三谷さんの危機感が大きく表れていると感じました。


みんなと同じ本を読んでいたら、みんなと同じことを言うようになった(p.18)


三谷さんは戦略コンサルを出ており、人と違う切り口でアイデアを出せることが強みで採用されたのだそう。ところが入社後、「課題図書」や「ビジネス書」など、本業に関わるものに偏った読書を続けた結果、引用のような状態になっていることに気づいた。それ以降は戦略を立てて本を読むようになったとのことです。

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こういう4事象分類にドハマりして、何でもかんでも分け分けしようとしてた時期もありました...。

「戦略読書」はこのマトリクスをメインに、時期や業種に応じて読む本べきを選んでセットしていくという感じです。ワクワクしますね。


引用文を見て思い出したのですが、個人的に本を読み始めるきっかけになったのも「人とは違う何かを提供出来る人で在りたい」という感情からでした。「市場価値の高い人間にならねば」という、いわゆる強迫観念ですね。



将来、人間が必要とされる職業は益々減っていく。機械が役割を代替していく。残るのは「人間にしかできない高付加価値の仕事」もしくは「機械を使うよりも安上がりな労働」のどちらかで、技術の発展によって後者の人数がどんどん増え、競走は強まり、市場原理によって賃金は減り...


みたいなことばかり考えるようになった末、「知識入れなきゃ」「本読まなきゃ」「必要とされる何かを手に入れなきゃ」という所に至ったような気がします。

一見意識高い系、その実ただのビビリ。

大学1年生の後半から大学2年生の前半あたりはひたすらそんな感じで、「将来喰いっぱぐれないために」ということだけで本を読んでました。残念過ぎる。


ただ今振り返ると、「後々使えるような形で知識を蓄えておく」だったり、「今はこの勉強を○○のためにしていて、現時点ではこの辺りにいる」というような見取り図的な考え方だったりと、そのものには没頭しつつ、かつ少し俯瞰して状況を眺めるような訓練にはなってたかもなぁと思ったり思わなかったり...。

■『勉強の哲学』:「小賢しいバカ」目指して今日も蠢く

そんな、当時の中でも特に思い出深い「勉強の哲学」という本をせっかくなのでご紹介します。知ってる人も多いかもしれませんね。

勉強によって自由になるとは、キモい人になることである。(P.61)

引用文を最初に見た時は思わず苦笑い。そしてちょっとだけ安心。


名前の通り「勉強」について色々考えている本です。

たとえば「これまでの自分ってこうだったよね」という自己分析を軸に、「こだわり」としての勉強テーマを見つける。そこから「深堀り」と「目移り」を駆使して勉強を有限化していくという方法を説いています。

なぜ「深堀り」と「目移り」なのか。


あるテーマについて深く深く勉強していくことは、最終的に「物事の根源を知りたい」という所にまで到達し得るということです。けれども僕らは神様じゃないので、当然「物事の根源」なんてわからない<※アイロニーの過剰>。ゆえに「深堀り」はどこかで中断する必要がある。その中断方法として「目移り」がある。

一方で「目移り」も万能じゃない。会話の中で「そういえば○○と言えばさ...!」と話の内容が二転三転していく状況に似ているのですが、勉強していく中で徐々に扱うテーマ(もしくは意識)がズレてきて、別の様々なテーマと繋がっていく。気づいたときには「結局何をしているんだっけ...?」となる。


それくらい物事というのは繋がりやすいということですが、それが激しくなると「どんな物事でも繋がってしまう」状態、いわゆる意味飽和の状態になる<※ユーモアの過剰>

そういった2方面での過剰を防ぐために工夫して勉強しましょう、その工夫の仕方も教えましょう、ということを書いてます!

たぶん。

(自信無ぇ...間違ってたらご指摘ください)

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この図...!ほんとに3周くらいしてやっと理解した思い出。自分の言葉で説明するとなるとなんて難しいのだろう。


ちなみにこの本を読むことは、フランス哲学をちょびっと勉強することにもなるらしい。確かに「アイロニー」と「ユーモア」って、浅田彰さんの「シラケ」つつ「ノる」概念に近い何かがありますね。

第1章の1文目『はじめにEXCÈSがあった。』。見た瞬間に諦めた。


雲行きが怪しくなってきたので市場価値の話に戻りますね。この本を取り上げた一番の理由として、本書(勉強の哲学)で言う「来たるべきバカ」のような存在になりたいな~と常々思っているというのがあります。

営業社員には営業社員の、家庭には家庭の、コミュニティAにはコミュニティAの、共通言語があり、求められる役割というものがある。

それぞれテーマの異なる組織において、自らの使う言葉をスイッチし、それぞれの場所で自らの役割をきちんとこなせる存在。そういう「器用さ」を自らの中に内包できている存在。これにほんと憧れる。


平野啓一郎さんの「分人主義」にも近いような気もしますが、個人的には「来たるべきバカ」の方がしっくりきています。

”individual(個人)”と”dividual(分人)”。足場にする自我ってだいじだ。


勉強をするということは、あるテーマについての言葉を獲得していく作業です。当然、日常会話で用いる言葉とは、少し違ったものになる。そんな「あるテーマにおいて”のみ”使う言葉」を、例えば日常生活で使ってしまうと「浮いている」ような感じになる。会話相手からすると「キモい」人として見える。冒頭引用した「勉強するとキモくなる」とはこのことです。



ただ、ある場面で用いたら「キモイ」けれど、別の場面で用いたら「共通言語」として作用する。そういうものを出し入れしながら、何食わぬ顔で自分の役割をこなす人。それこそが「来たるべきバカ」。カッコイイ。それは周りからは一見分からないけど、分かる人には分かる。カッコイイ。


勿論、そう簡単に自分のテーマとなる勉強が身になるわけでは無いし、それを扱う言葉が身につくのも時間を要する。なので「勉強は同時並行で複数走らせておく」べし。これ、たしか本書にも書いてました。


続編もあります。こちらも面白かった。


対話相手の言葉を尊重し、別テーマでマウント取るような土俵荒しはせず(キモくないように)、したたかに振舞う人(来るべきバカ)。引き出しを多数持ち、それらを的確に使い分けられる人。

そういう人になりたいし、そういう人ってどこ行っても重宝されるんじゃないですかね。勉強したくなります!


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「小賢しさを畳み込んでいるバカ」という表現、大好き


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■『苦しかったときの話をしようか』:父の背中と就職活動


そんなビビリの自分も、あと半年(もないじゃん!やべぇ!)程すれば晴れて社会人。浪人の経験から「進路が無くなること」に対する恐怖は根強く、就活は負けられない戦い。

その中で出会った数々の思い出の本たち...!

初見の290頁から先、文字通り「嗚咽」しながら読んだ。

USJのV字回復でお馴染み、森岡毅さんの愛溢れるド級の名作。父が娘に宛てて書いた指南書(お手紙?)のようになっていて、とても読みやすくて嘘が無い。嘘が無いからこそ、胸ぐらガッと掴まれるような文章もある。そこも含めて愛。

”痛がり屋さん”は、目の前の変化に対応するだけの耐性をそれまでの人生で十分に積めてこなかったのだ。挑戦せずに、変化から逃げる選択ばかりしてきた。挑戦しないから、成長しない。挑戦しないから、相対的にどんどん弱くなる。今住んでいる山にますます依存し続け、山にいることを許されるために誰かの”奴隷”になることが避けられない人生を過ごす。いつまでも小さな異変にさえ恐怖を感じてしまう、臆病な羊か、チキンのような人生を送ることになる。選ばなかったことによって、そんな人生を受動的に選んでしまっている! (P.270)


ただ読み物として抜群に面白いだけじゃなく、マーケティングの理論を用いた自己分析の手法も教えてもらえる。ともすれば主観ばかりで自己紹介になりがちな自己分析を、徹底的に「市場からみた自分」の立場で検討できます。すごい!

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ブランド・エクイティ!戦略と戦術は別物!

個人的に「ブランド・マネージャー資格試験」の勉強を細々としていた時期があったのでスムーズに入ってきた。

さっきの「勉強の哲学」もそうだけど、確立された学問の手法は、色々な方向で応用できるんですね。尊敬する先輩が「スポンジを押し込むと、周りも徐々に凹んでいく」って言ってたのを思い出しました。

P.129の図があまりに分かりやすくて胸が詰まった。装丁が好み。


本当に元気が出る、未来に向けて頑張るぞって前向きになれる1冊。

ただそれは、単に気楽になれば良いという訳ではない。これから待っているであろう現実と、きちんと向き合ってからのお話。

■『いま生きる「資本論」』:労働者になるということ

そういう面で帯を締める気持ちにさせてもらったのが、佐藤優 先生の著書『いま生きる「資本論」』。

続編「いま生きる階級論」は絶賛読み進め中。激おもしろい。

この本については書きたいことが山ほどあるけど、特に印象的だったのは「会社がどれだけ利益を上げようが、それは労働者には分配されない」というものでした。

賃上げなどの例外はありますが、労働者の賃金は基本的に「生産」の段階で決まるとのこと。利益は資本家と、地主の間で分配されます(資本論では出てきませんが、実際にはそこに国家官僚も絡んできます。収奪という形で)。

労働者の賃金は、
➀次の1か月も労働が出来るだけの体力を維持するための衣食住にかかるお金、また少しの娯楽費

②労働力を再生産するために子供を産み育てるためにかかる、デート代や交際費、教育費など

③資本主義社会はイノベーションで成り立っているので、勉強して資本主義の発展に貢献するための自己研鑽費


の3要素で決まるのだそう(かなりざっくりと紹介しました、本来はもっとちゃんと分類されてます!)。会社が生んだ利益は、そもそも労働者に分け与えるものではない。これは正直初めて知りました。「会社が大きくなれば、いっぱいお金もらえるぞ!」と思っていた自分って一体...。

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別の著書で「同志社大学神学部」という本があるのですが、その中でも学生時代の佐藤優さんがバーでウォッカ飲みながらおつまみ食べてるシーンが好きです。バリバリ影響受けたのでファミマで「ソーセージとポテトの詰め合わせ」みたいなのを買い、梅酒ロックと合わせて雰囲気出しながらこの本読んでました。クソ余談すみません。


また、本書は資本主義下において、なかなかシビアな選択肢を提示してきます。それは極論、

「労働者として搾取される」のか、「資本家として労働力を搾取し金を稼ぐのか」のどちらかだ。資本主義とはそういうものだ。そのうえであなたはどうやって生きていくのか。

ということ。

綺麗ごとを抜きにしても、資本家は労働力を搾取することによってしか生存できません (なお搾取というのは合意の下で成り立つので合法)。しかも競争があるので、コストは最小限に抑えたい。資本家からすれば、労働者に支払う賃金は「出来るだけ少なく済ませたい」というのが深層心理として当然。気前よく労働者に金をバラまく余裕などありません

利益は労働者には配分されず、仮に会社は大きくなっても、先に挙げた最低限度の3要素から多少増えるくらいの額しかもらえない。しかも最近は市場の変化も激しく、AIに取って代わられる仕事も生まれてきつつある。労働者はそういう状況にあるのだと。

資本家、労働者、デジタルの関係についてはこの本が面白かった。昨今話題の「テレワーク」は、「社内文化」という「無形資本」を捨て去ることにならないか?というような主張もしていて興味深いです。



このような内在論理をきちんと理解したうえで、どう生きるのかを問うてこられます。
シビア。


ただ、だからといって「搾取する側に回る」ことを佐藤さんは一方的に勧めているのではありません。こういった内在論理を「知っている」ことで、働き過ぎて身や心を壊すことなく、一歩引いた目で社会を見る力を付けてほしい、というメッセージです。

ひとまずは労働者として社会に出る僕ですが、思考するプロレタリアートを目指して弱いなりに適度にあがいてみようと思う今日この頃です。

■『風をたべる』:誇り高き宇垣アナの言葉



それにしても!!!
「資本家」は競争に常に晒されてプレッシャー半端ないし、「労働者」は労働者でお金持ちになれず色々不遇だし、皆それぞれ大変だな!!!

みんな違ってみんなキツイ」状態。

ただ、これを感じるたびに思い出す良書があります(強引なカットイン)。こちら。


かわいい。超かわいい。

宇垣アナのエッセイ。

ものすごく文章が上手。引き込まれます。

あのときあんなに頑張っていた自分や、捨ててしまった選択肢を生きる自分に対する責任を果たしたいというか、それらの存在に見られても恥ずかしくない生き方をしなくてはと、常に気をつけているところがあるのだ。 (P.46)

悩んだ末に選び取った選択肢。あったかもしれない未来の自分が見て喜んでくれるように精一杯生きたい。

素敵な考え方ですね、自分もそうありたい!

オチや笑いどころのないグチなんて時間の無駄。どうせ話すのなら、自虐でもなんでもクスりとできるところを見つけてしっかり笑いをとらないと。(P.70)

本人も関西人のサガかもしれないと仰っている。間違いない。

ただ自分に至っては結構な確率でスベるんだよなぁ
どうすればいいんですか。

世間は厳しい。みんながみんな、自分のことをわかってくれたりなんてしない。人生なんて本来悲しいものだし、人と人との間には絶対に埋められない溝がある。一度心に負ってしまった傷はなかなか治るもんじゃない。でも、だからこそ、そのことに慣れてはいけないと思うんです。何度だって大げさに痛がって、自分で自分のこといい子いい子してあげようよ。「かわいそうだったね。泣かなくて偉かったね」って。だって、自分のことを大切にする以上に、他の人のことを大切にすることなんてできないんだから。いつか自分の大切な人が傷ついたときにちゃんと甘やかしてあげられるように、今は自分のことを目いっぱい甘やかします。 (P.122)

「いつか自分の大切な人が傷ついたときにちゃんと甘やかしてあげられるように」というところに、人としての芯の強さ、ゆえの優しさが見えますね。すごい。

そして、先ほどの「みんな違ってみんなキツイ」のくだりにつながる一文がこちらです。


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人は誰しも悩んで傷つくもの
そして人は皆、それぞれの地獄を生きる (P.148)


どういう生活してたらこういう凄みのある言葉が出てくるんじゃ。


何はともあれ。

キツイ世の中だからこそ、ツラい時に誰かから貰うちょっとした優しさに、グッとくることがある。社会人になってからも勿論そうだけど、まさに今、こういう状況もあって、キツイ人、沢山居るはずなので。

ちょっとした優しさを提供出来る人でありたいなと思います。

草むしりでもしてこようかな(違う)。

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■ちょい予告っ


予期せず長編になってしまったものの、まだまだ紹介したい本は沢山あるので、頃合いを見て続編を書こうと思っています。小説とか音楽雑誌とか、それこそエッセイなど。

初回にしてテーマが「市場価値」という何とも言えない感じでしたが、最終的に「学生生活に通底していた不安」みたいな所に落ち着きましたね。

前向きに頑張るぞ~。



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試運転中。大学卒業を控える身として思うことを書きます。当面は読んだ本の感想など。

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