見出し画像

英文学の書き出しその4:「透明人間」

こんにちは。こんばんは。

英文学の書き出しその4です。今回はSFの巨匠、H・G・ウェルズの1897年の作品「透明人間」の冒頭について話します。イギリスの小説家のH・G・ウェルズは「透明人間」に加え、「宇宙戦争」「タイム・マシン」などの有名なSF作品をいくつも発表し、また国際ペンクラブ2代目会長も務めていました。
透明人間は古代神話にも表れるなど昔から人類が興味や憧れを持っていた存在ですが、「透明人間」というテーマのもと、透明人間そのものだけでなく、その特異な存在を受容する社会の反応や心理についてもここまで書かれた作品はこれが初めてでしょう。ウェルズは活発に政治活動にも参加しており、SF作品にもある種の社会風刺・社会批判になっているのが分かります。SFを通じて現実世界に関する見方を大きく転換することができるかもしれないので、「透明作品」は是非おすすめしたい作品です。

さて、そんな「透明人間」という作品ですが、冒頭はSFらしい、不穏な空気に包まれて始まります。

 The stranger came early in February, one wintry day, through a biting wind and a driving snow, the last snowfall of the year, over the down, walking from Bramblehurst railway station, and carrying a little black portmanteau in his thickly gloved hand. He was wrapped up from head to foot, and the brim of his soft felt hat hid every inch of his face but the shiny tip of his nose; the snow had piled itself against his shoulders and chest, and added a white crest to the burden he carried.

The Invisible Man|H.G.Wells

 小説は一文目は短く何かをズバッと言って読者の気を引くのが鉄則のように思いますが、本文の書き出しはコンマ6個で区切られた、少し長すぎるくらいの一文です。なぜこんなに長い文にしたのか、真意は分かりませんが、私はウェルズが「天気の悪さ」を強調したかったのだと思っています。本のタイトルが「透明人間」ですから、ほとんどの読者は”The stranger(見知らぬ人)”がまさしくそれであると想像がつくでしょう。” early in February, one wintry day, through a biting wind and a driving snow, the last snowfall of the year (二月のはじめ、ある冬の日、身を刺すような風と激しい雪、一年の最後の降雪の中)”を見知らぬ人が歩いているのを読者はどう思うでしょうか。一年の最後の降雪ですから少し待てば天気も回復するかもしれません。なのにそれを待たずに汽車でこの場所に向かい、大雪の中を敢えて歩くのはなぜなのでしょう?この時点ではまだ何もわかっていませんが、もしこの人が透明人間であるとすれば、周りにばれたくない、知られたくないという気持ちもあるかもしれないのに、それでもなお悪天候の中を進む人にはそれだけの理由があるはずです。

 ”carrying a little black portmanteau in his thickly gloved hand(しっかりと手袋をした手で小さな黒い旅行鞄を持って)”というフレーズからは怪しいにおいが伝わってきます。"black"にせよ”thickly gloved hand”にせよ、何かを隠したいというのは明らかです。そして全体の見た目の前に片手部分に焦点を当てるのはなんとなく焦らされている気持ちになって読み手の気を引きます。
 
ちなみに話がそれますが、”portmanteau”に「旅行鞄」以外の意味があるのを知っていますか?"portmanteau"には二つの言葉をくっつけて一つにした「かばん語」という意味があります。身近な例を一つ挙げると、例えば”pokemon(ポケモン)”は"pocket+monsters"と考えるとかばん語だと言えるでしょう。現在ではもともとの「旅行鞄」という意味はほとんど廃れましたが、130年程前に書かれたこの本では単純に「旅行鞄」の意味合いで使われています。
 
閑話休題、本文に戻りましょう。二文目の前半部分” He was wrapped up from head to foot, and the brim of his soft felt hat hid every inch of his face but the shiny tip of his nose(頭から足まで布に巻かれ、帽子のつばが鼻先を覗いて顔を全体を隠している)” ここでようやく怪しい人物の様子が詳しく分かりはじめます。一層怪しく、呼吸をする鼻以外必死に隠しているのが分かります。この人はほぼ確実に透明人間で、なんとしてもその姿を他人に姿を見られたくないのでしょうね。透明人間と言えば、その特殊能力を生かした色んないたずらや悪さをする、みたいな存在を想像する人も多いでしょうが、この人物はむしろそれを知られるのに強く怯えているように感じます。

”the snow had piled itself against his shoulders and chest, and added a white crest to the burden he carried.(雪は彼の肩と胸に積もり、彼の抱える重荷に白くかぶさった。)” 私は最初読んだとき前半に釣られて、”crest”の意味を紋章ととってしまい、肩と胸に積もった雪が紋章みたいに見えたのだと思ってしまいました。しかしそれだとやはり違和感が少しあって、いろいろ調べていると「crestには『頂上』という意味があって、『鞄の上に白い雪が積もった』という意味になる」と言っている人がいて、なるほどなと思いました。
 
でも、本当にそんな単純な意味でしょうか。やはりそれに加えて、彼の精神的な負荷も表しているのではないかと思います。そうじゃなければ”burden”という言葉を使わず、”luggage”や"baggage"で良いと思うんです。みなさんはどう思いますか?少なくとも私は”burden”が鞄と透明人間であることの心理的負荷の二重の意味を持っていて、重量のない雪さえも重荷に感じてしまうほど追い詰められている、と考える方がかっこいいと思うんですよね。

He staggered into the "Coach and Horses" more dead than alive, and flung his portmanteau down. "A fire," he cried, "in the name of human charity! A room and a fire!" He stamped and shook the snow from off himself in the bar, and followed Mrs. Hall into her guest parlour to strike his bargain. And with that much introduction, that and a couple of sovereigns flung upon the table, he took up his quarters in the inn.

The Invisible Man|H.G.Wells

"staggered"や"more dead than alive"の表現から分かるように、相当大雪にやられていますね。そして「馬と馬車」という宿に入り、部屋を借りたいとせがんできます。
 
最後に”a couple of sovereigns flung upon the table”という言い方が英語らしくて私は好きです。"sovereign"は昔のイギリスの貨幣なのですが、客がお金を置いたことを動作で直接表すんじゃなくて、「テーブルの置かれたいくつかの貨幣」と動作の主体を記さずに受動態で表現するのが何となくおしゃれに感じます。説明が難しいですが、詩や和歌でも言いたいことことを直接伝えず、行間をよませるのが趣深いのと非常に似ていると思います。

ということで、長くなりましたが今回はここまで。
「透明人間」はもちろん、H・G・ウェルズの作品は魅力のあるものばかりですし、映画化されているのも多いので是非何かしらの形で親しんでみてください。

また来週。

前回↓↓

次回↓↓


この記事が参加している募集

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?