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居酒屋韓国 010 -韓国で朝帰り-

【これは『居酒屋韓国』というエッセイ集の一つの記事になります。韓国で韓国人の友人たちとの交流を通して経験したことや知ったこと、韓国語についてなど色々と書き綴っています。(小休止は主に韓国語学習について書いています)】

 私は度々韓国を訪れているのですが、目的は人に会うという観光をするためです。友人に会ってお酒を飲む。友人の友人を紹介されて新しい友人が増え、一緒にお酒を飲む。私の韓国旅行は、その繰り返しです。ちょっと恥ずかしいですが、つまり飲んべぇ旅行ですね。
 私は以前にイベント関係の仕事に関わることがあって、その時に韓国で演劇をやっている人たちと知り合いました。そんな友人たちに会うために韓国の劇団の稽古場に行くことがあります。この時もそんな感じで、いつものように友人たちの稽古場を訪れました。
 その稽古場は、漢城(ハンソン)大入口駅(ハンソン大学入口駅、한성대입구역)から少し歩いた場所にあります。韓国の演劇人には馴染みのある場所だとは思いますが、簡単に説明すると大学があって、駅の近くに小さな川が流れていて、その川沿いに食堂や飲み屋さんがあり、大きな駅ではないのですが、なかなか居心地の良い場所です。私には思い出の場所で忘れられない場所でもあります(この話の詳細はまた別の機会に)。
 話を元に戻しますね。その日、朝4時半に起きて韓国に向かった私は韓国仁川(インチョン)国際空港に昼の12時に過ぎに到着して、いつも宿泊する鍾路(チョンノ)3路(チョンノサンガ、종로3가)にあるホテルへ向かい、ホテルにチェックイン、荷ほどきをして、持ってきたお土産の仕分けをしました。そして、お気に入りの場所、韓国の大型書店、教保文庫(キョボムンゴ、교보문고)に買い物へ。一旦、書店で買ったものをホテルに置きに戻ると、荷物をお土産に持ち替えて友人たちに会うために彼らの稽古場に向かいました。朝4時半に起きて、稽古場に向かったのが夕方の4時なので、けっこうしんどいスケジュールです。ですが、久しぶりに友人たちに会える嬉しさ、久しぶりに気兼ねなくお酒が飲める高揚感で疲れを感じるどころか、足取りも軽く地下鉄に乗りました。
 稽古場に到着後、稽古を見学させてもらい、お土産を渡して、当時まだ片言だった韓国語となんとか話せた英語を駆使しながら居酒屋に向かいました。お互いの近況を報告しあっているはずなのですが、正直に言ってしまうと、まだ言われていることをちゃんと理解できない時期で、ちゃんと理解できないですし、言いたいことをちゃんと伝えられませんでした。右も左も分からない不自由な状態でした。それでも、楽しいんですよね。なんとなく内容が分かればちゃんと分かっていなくても楽しく会話ってできるものだと思うんですよね。特になかなか会うことができなくて、文化も言葉も違うことをお互いが受け入れ合っていれば何とかなるものなんだと思うんです。これは経験してみないと分からないことだと思いますが、本当にそういうものなんです。それに最終兵器「スマフォのアプリで翻訳」を使えば何とかなります。それにそういう状態だからこそ、表情や身振り手振りなどでコミュニケーションをとる事ができますし、それにそんなぎこちないコミュニケーションだからこそ笑い合えることも生まれます。
この時とは違う時の話ですが、私の知り合いは英語も韓国語もほとんどできませんでしたが、「サンキュー」という言葉だけを駆使して飲み会で爆笑をとり、みんなから好かれていました。お酒を注がれても「サンキュー」、「辛いから気をつけて」と言われても「サンキュー」、「一緒に写真を撮ろう」と言われも笑顔で「サンキュー」、笑顔でいたらサンキューだけで何とかなるんだなって、あの時ほど「サンキュー」を魔法の言葉だと思ったことはありません。難しく考えず、楽しく話した者勝ちなのかもしれませんね。
 話を戻しますね。久しぶりに会った上に、居酒屋に到着して酒が入れば会話はより弾みます。もちろん、言葉が不自由な私を置いてどこまでも話が進んで行く、ポツンと独りになってしまう、そんな時もありますが、ちょっとすればみんな戻ってきてくれます。そして、居酒屋のメニューを見ながら韓国の文化を教えてくれたり、他のテーブルの人たちを見ながら日本との違いを話してみたり、もちろん難しいですが芸術についても話したりします。そして気がつけば、夜中の12時近く。体力も限界に近くなり、明日の予定のことも気になり始めます。名残惜しいです。会いたいと思ってもすぐに会えるわけではありません。どちらかが飛行機に乗って来なければ会えないですから。胸の奥から込み上げるものがあることを感じます。そして目の奥から……。
 と、いうことにはなりません。
 安心してください。韓国で仲の良い友だちとお酒を飲む時は、ここからが本番なんです。そうです。当然のように2次会があるわけです。この日は、店の外に出たときには既に2次会の場所が決まっていました。2件隣の居酒屋です。お店に入るなり、彼らは店の冷蔵庫からお酒を持ってきます。この日本では決して見ることのない風景も見慣れてきていて、ここは韓国なんだな、と実感したりします。こんなふうに、店員さんではなく自らお酒を冷蔵庫から持ってきて飲むという行為をしてしまったら「お勘定はどうするの?」と思われるかもしれませんが大丈夫なんです。韓国ではグラスでお酒を売る事がなく、お店の人はこちらが飲んだ量を空瓶や空きペットボトルの本数で確認できるんです。もちろん私も最初は大丈夫なのかと不安になりましたが、見ているとお店の人は楽で、こちらとしてもいちいち店員さんを呼んで来るのを待つという煩わしさから解放されるというWin-Winなシステムだと気がつきました。日本ではできないでしょうが、所変わればなんとやらです。
 ところで覚えてらっしゃるでしょうか。私、朝4時半起きでした。ですが、まだ2次会が始まったばかりです。お酒もすでにそれなりの量を飲んでいます。その上、お酒は自分たちの手によって勝手に運ばれてきます。元々ちゃんと分からない韓国語がより分からない言葉に聞こえてきます。しかし、世の中というものは思っているよりも人に試練を与えるものです。
 二次会、日本でもそうですが、より深い話をしたりします。これから自分の人生について、夢だけでなく、結婚やお金の話、そして時に真逆に大馬鹿な話。この秩序のない状態に異国の言葉とお酒。そして朝4時半起きという体力の問題がのし掛かってきます。楽しいんですよ。本当に楽しいんです。ですが、何かが壊れてきて、色々なことが麻痺し始めます。トイレのちょっと天井が低い場所で「気をつけなくちゃ」と思った瞬間に頭をぶつけました。思わず日本語で返事をしてしまったり、相手の長い話を内容もまったく分からないのに相打ちし続けてしまいました。そして最後に「どう思う?」という質問。もちろん、ちょっとトイレと言って逃げ、戻ったら話題が変わっていることを心から祈りました。(作戦は失敗に終わり適当なことを言って取り繕いました。取り繕えていたのか、かなり疑問ですが。あの時、適当なこと言って本当にごめんなさい。)
 そして、色んなことがありながらも時刻は2時半になり、皆もおもむろに動き始めました。みんなも稽古をしてこの時間まで飲んでいるんです。同じように疲れています。明日のことを考えれば、この辺りがお互いに限界です。やっぱりお酒が入っていても別れは辛いです。すぐに会える距離に住んでいるわけではありませんから。込み上げてくるものを感じます。別れの言葉は何がいいのか、そんなこと考えたりします。言葉よりも先に目の奥が熱くなって……。
 もちろん、そんなことにはなりません。近くから「ノレバン。ノレバン」(노래방)という言葉が聞こえてきます。私は思わず「嘘でしょ」と日本語で呟きました。3次会はカラオケ。「ノレバン」とは韓国語でカラオケの意味。別れを惜しむどころか、「そろそろ別れたい」と思ってしまいました。ですが、韓国でカラオケに行ったことがなかった私は悩みました。経験したことが無いことをしてみたいじゃないですか。お酒が入った頭で冷静な判断をしようと必死に考えていたら、断ることもできずにカラオケに着いていました。お店が道の反対側(川の反対側)にあればそんな事態にもなるというものです。仕方がありません。カラオケを最後に帰ると心に誓い、友人との掛け替えのない時間を過ごすことを決めました。そして私は自分が壊れて行くことを感じながら友人たちと笑い合いました。
 気がつけば、ホテルに戻ってきたのは朝の6時でした。うすうす分かってはいたのですが、実は4次会までありました。そうですよね、あそこまで飲んだら始発で帰りますよね。私は、その日の午前10時半に違う友人と合う約束があり、眩しい朝日を恨めしく見つめながら横になり「寝坊をしちゃ駄目、私!!」と気合いを入れたか入れないかの瞬間に眠りへと落ちていきました。
 私の韓国の旅が毎回このような旅であるわけではないのですが、行けば友人たちと共に本当に素晴らしい濃密な時間を過ごさせてもらっています。
 しかも、4次会までの全ての会計で私は一銭もお金を払っていません。韓国はそういう文化だからと言ってしまえば、それまでなのですが、彼らは本当に優しく、温かく、そして力強く私のことを受け入れてくれます。だから、申し訳ないと思いお金を払うと伝えても受け取ってもらえなかったり、気がつけば会計を済まされていたりと本当に良くしてくれます(この時もちゃんと払おうとしたんですよ)。お金だけではありません。翌日に予定が有るとか無いとか関係なく、一緒にお酒を酌み交わす時間をわざわざ作ってくれるのです。どんな言葉で感謝すればこの気持ちは伝わるのでしょうか。ですから、そんな彼らへのせめてもの感謝の印に、高い日本酒や人気のある日本のお土産を携えて渡韓するようにしています。もちろん、日本に彼らが来ることがあれば、しっかりとサービスさせていただいています。(なかなか来てくれないのですが)
 私にとって韓国の特産物は、キムチとか韓国海苔とかマッコリはありません。私とこんなにも素敵な時間を過ごしてくれる人々、友人たちなんです。だから、韓国に行かなくなった自分が想像できません。どんなに朝帰りでしんどくても居酒屋韓国で素敵な人々に会って一献酌み交わすために出かけていくわけです。
 そういう機会を作るのは簡単ではないでしょうが、ぜひ多くの方にこんな素敵な時間を経験してほしいものです。(もちろん韓国での朝帰りを推奨しているわけではないですよ。異国での朝帰りは予想を遥かに超えてしんどいですから)


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