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泥の涙

小学校の横を
ちょろちょろ流れていた川が
先週末から降り続いた雨で
メコン川のように氾濫し
校庭は泥の池となり
卒業式の日に埋めた
タイムカプセルが
泥の底から湧きだし
大量に浮かんだ

太陽が作る時刻を
告げることができなくなった日時計は
泥の流れの上に
飛行機の尾翼のような先端を出して
子午線の歪みを測定している
タイムカプセルは
狭い場所へ狭い場所へと
流れて行った

あぁ
あんなことをしなければよかった
落胆と後悔を積み重ねた日々が
土壁のように崩れ
濁流のなかに沈んでいった
大人になったら
みんなで集まろうと約束した場所は
跡形もなくなり
父親が遺した本棚は
切れ端となって
代々読み残した本から解き放たれ
下水臭い水に揉まれながら
漂流していった
小学校の屋上から見える交差点が
陥没し
泥水が家財道具を道連れにして
崖から流れ墜ちていった

これは鎮魂なのか
ベナレスの沐浴場のように
川のほとりで
死体を薪で焼かなければ
収まらないのか
それとも
雨のなかで
井戸の上に座っていた女の
罠なのか
しびれた記憶が
背骨の湾曲に沿って昇ってくる

晴れた日曜日の午後は
稲荷山古墳の横穴式石室に
ひとりで入って夢をみていた
大村三兄弟と一緒の時もあった
雨に濡れそぼった
褐色の石組みの上に立ち
幻の舟を出す
世界が泥の砂漠になり果てる前に
タイムカプセルを救い出さなければ
三千年前
櫂を漕いで
南から海を渡ってきた甲斐がない

泥の波をかきわけ
泥の涙をかきわけ
波立つ地平線が見えるまで
切り捨てた悲しみの端数を
ごくりと喉の奥に呑み込み
櫂を漕ぐ
漁師の網は舟に積んである


※この詩は前回の1月18日に投稿した『タイムカプセル』とセットで書いたので、2つ一緒に読むといろいろ楽しめます。

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